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高齢の肝細胞がん患者さんに朗報! 陽子線治療の有効性が示された

監修●奥村敏之 筑波大学附属病院 放射線腫瘍科 病院教授
監修●飯泉天志 筑波大学附属病院 放射線腫瘍科 病院助教
取材・文●菊池亜希子
(2021年12月)

「がん病巣にだけ照射できるという陽子線治療の特徴が、肝細胞がんにとって非常に大きな意味を持ちます」と語る奥村敏之さん

「陽子線治療は、高齢の肝細胞がん患者さんにとって有効な選択肢になると思います」と語る
飯泉天志さん

放射線治療の一種である陽子線治療の将来性に国内でどこよりも早くから着目し、取り組み続けてきたのが筑波大学だ。今年(2021年)9月、欧州臨床腫瘍学会(ESMO2021)において、筑波大学から「高齢の肝細胞がん患者に対する陽子線治療の有効性」を示す報告がされた。長年、筑波大学で陽子線治療の指揮をとる筑波大学附属病院放射線腫瘍科病院教授の奥村敏之さんと、研究発表をされた病院助教の飯泉天志さんに話を聞いた。

肝細胞がん患者は高齢者が多い

肝臓は、飲食によって吸収した栄養分を必要成分に変換したり、体外から取り込んでしまった有害物質を解毒して排出するという大切な役割を担っている。

その一方で、肝臓は「沈黙の臓器」と称されるように、炎症が起こっていても自覚症状が現れにくい。さらに、肝炎ウイルス感染による慢性肝炎やアルコール性肝炎、生活習慣病などが原因の脂肪肝(肝細胞の中に脂肪が過剰に溜まった状態)といった疾患からスタートし、長い年月をかけて、肝臓の繊維が硬くなってしまう肝硬変、そして肝細胞がんへと移行していくケースが多いという特徴がある。

「がんは全般的に年齢が上がるにつれて罹患者数が増えますが、中でも、肝臓は症状が出にくい上、長い時間をかけてがんに移行することが多いので、高齢の患者さんが多い傾向が顕著です」と筑波大学附属病院放射線腫瘍科の飯泉天志さんは指摘する。

高齢患者の治療エビデンスが不足している現状

ただ、がん治療に限らず、一般的に臨床試験は若い人を対象に行われることが多く、高齢患者さんに対する治療エビデンス(科学的根拠)が不足している状況が続いている。それは高齢患者さんの多い肝細胞がんも例外ではない。

そのことに疑問を持った飯泉さんは、2017年、高齢の肝細胞がん患者さんに対する陽子線治療のデータ分析を始め、今年9月、欧州臨床腫瘍学会(ESMO2021)で、その長期追跡結果を発表した。

なぜ陽子線治療だったのだろうか。

「当時、臨床現場で高齢の肝細胞がん患者さんと接していると、痛みを伴う治療を避けたい、という切実な希望を訴える方が多くおられました。年齢を重ねて体力も衰えてくる中、そうした心持ちになるのも理解できると感じました。また、合併症や体力的な理由から、そもそも手術が難しいケースも少なくありませんでした。そうした状況の受け皿になる治療法を、しっかりした形で提示できるようにしたいと思ったのです」

実際、これまでに同院で陽子線治療を受けた高齢の患者さんは、手術を拒否した人だけではない。合併症のため手術が難しかったり、体力的に手術は厳しいと判断されたり、さらには、がん病巣が門脈や大静脈の近くにあって手術が物理的に難しかったなど、手術したくてもできないと判断されたケースにも、陽子線治療は力を発揮してきた。

陽子線治療の調査結果とは

ここからは、ESMO2021で飯泉さんが発表した「高齢の肝細胞がん患者に対する陽子線治療」の調査結果に触れていきたい。

調査対象は同院陽子線治療センターで2001年11月から2014年11月に根治的陽子線治療(PBT)を受けた75歳以上の肝細胞がん患者201人。内訳は、75~79歳98例(48.8%)、80~84歳74例(36.8%)、85歳以上29例(14.4%)。追跡期間中央値34.9カ月という長期追跡の報告だ。

生存期間中央値は40カ月。全生存率は、1年が89.7%、3年が54.1%、そして5年は32.1%となった。また、無増悪生存率については、1年63.1%、3年28.5%、5年16.0%。ちなみに、3群に分けた年代による有意差は認められず、85歳以上においても、75~84歳と同様の成績が示された(図1)。

提供:飯泉天志氏

特記すべきは、陽子線治療による副作用の程度だ。グレード3以上の毒性は1例もなく、急性期の障害として、グレード1の皮膚炎が58例、グレード2の皮膚炎14例、晩期障害としてグレード1の色素沈着過剰4例などは認めたものの、高齢者対象ということを考慮しても、忍容性良好といってよい結果となった。

陽子線治療は高齢患者さんの有効な選択肢

この結果を受けて、どんなことが見えてくるのだろうか。

「治療後、5年(以上)生存した人が32.1%というのは、一般的には、そんなに少ないの? と思うかもしれませんが、今回の対象者は全員75歳以上。しかも80歳以上の方が5割を超えている中で、その32.1%の方が、肝細胞がんを抱えて陽子線治療を受けた後、5年以上生存しておられるということです」と飯泉さんは話し、さらに続けた。

「現在、日本の85歳の男女の平均余命は、それぞれ6.67年、8.67年です。そのことを考え合わせても、今回の結果は前向きに受け取るに値するものだと考えます」

また、同院では、2012年に、対象年齢を制限しない形で、肝細胞がんに対する陽子線治療の治療成績(266人)が発表されている。

飯泉さんは「単純比較できるものではありませんが……」と前置きしつつ、「今回の高齢者に限った201人の治療成績は、対象年齢を制限しなかった266人の治療成績の数値と遜色なかったのです」と付け加えた。

年齢制限なしで行った治療成績にも劣らなかった今回の高齢患者に対する陽子線治療の成績結果。

「ご高齢の方の肝細胞がんに対して、陽子線治療は一つの有効な選択肢と言ってよいと思います」と飯泉さんは力強く語った。

陽子線治療ってどんな治療法?

ここで、陽子線治療について見ておこう。

陽子線治療とは、放射線治療の一種ではあるが、通常の放射線治療で使うX線や電子線ではなく、よりエネルギーの大きい粒子線を使用する。

通常の放射線治療で使われるX線やγ(ガンマ)線は、がん病巣に体外から照射すると、体の表面近くで最大の放射線量になり、体内に進むに従って徐々に減弱していく。つまり、体内深部にあるがん病巣に十分なダメージを与えるためには、がん病巣以外の正常細胞も大きなダメージを受けることを避けられない。

一方、陽子線や重粒子線といった粒子線は、体内のがん病巣で粒子を止めることができ、粒子が止まったところで最も大きな線量を出して消えてしまう。つまり、病巣にのみエネルギーを集中させ、皮膚表面はもちろん、がん病巣周辺の正常細胞をほとんど傷つけずに治療できるというわけだ(図2)。

出典:筑波大学附属病院陽子線治療センターHPより

治療に痛みをほとんど伴わず、手術はもちろん、ラジオ波焼灼療法(RFA)よりも格段に侵襲性の低い陽子線治療は、高齢者に優しい治療法だと言える。