術前に「これだけの治療をすると手術、合併症の危険を高める」はウソ 再発抑制に光明!? 進行胆管がんの術前化学放射線療法

監修:片寄友 東北大学消化器外科講師
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2009年10月
更新:2013年4月

術前化学放射線療法に注目

もちろん、治療成績の向上を目指して手術の方法もずいぶん進歩してきました。

たとえば、右側の肝門部胆管にがんができた場合、肝臓の右葉(右側)も切除しなければなりません。しかし、肝臓は生命の維持に不可欠な臓器なので最低3分の1以上は残さなくてはなりません。ところが、がんを取りきるために肝臓の右葉をとると、肝臓の3分の2以上を切除することになってしまい、がんを取りきることが難しかったといいます。

これに対して、現在は門脈塞栓術が併用されています。門脈塞栓術は肝臓がんの治療に利用されている方法で、たとえば右側の肝臓への栄養を遮断すると、左側の肝臓が機能を補うため大きくなります。これを胆管がんにも応用して、肝臓の右葉を大きく切除することができるようになったといいます。そのおかげで「治療成績は大幅に向上したのです」と、片寄さんは語っています。

しかし、こうした手術法の革新もすでに限界といわれています。胆管がんの治療成績を向上させるためには、新たな治療法が必要とされていたのです。ここで、片寄さんが注目したのが、術前化学放射線療法でした。

術前化学放射線療法で再発予防

片寄さんによると、胆管がんでは、化学療法や放射線療法を手術前に行うと、手術のリスクがあがるのではないかといわれ、即手術というのが標準になっていたといいます。ところが、その考え方に疑問をなげかけた例があったのです。

患者さんは、70歳代前半の女性で、すでに他の病院で化学放射線療法を受けていました。胆管がんの場合、治療の基本はあくまでも手術です。ただし、遠隔転移がある場合はもちろん、肝動脈や門脈にがんが広がり、切除すると複雑な血行再建が必要な場合、あるいは生存に必要なだけ肝臓を残せない場合には、手術はできません。この場合は、抗がん剤による化学療法か放射線療法を併用します。

この患者さんの場合も、中部胆管がんですでに門脈浸潤(門脈にがんが入り込んでいること)があり、放射線と化学療法を受けていました。通常、これで治療は終わります。しかし、患者さんはどうしても手術で胆管がんを切除して欲しいと、片寄さんの施設に懇願してきたのです。

「がんの大きさは2センチほどでしたが、放射線を照射すると組織が繊維化したり(組織が異常増殖し、本来の機能が失われてしまうこと)、血管が固くなって手術が難しくなるし、抗がん剤の影響もあります。予期しないことが生じることも考えられ、手術はしたくなかったというのが本音です」と片寄さんは語ります。けれども、患者さんの熱心な希望に根負けする形で手術に踏み切ったのです。

その結果、切除した組織を病理検査で調べてみると「わずかにがんが残っていました。しかし、手術そのものは思ったほど放射線や化学療法の影響を受けなかったのです」。つまり、それほど術前治療による弊害はなかったのです。ここから、片寄さんは、化学放射線療法を術前に行ってから手術を行えば、延命効果があるのではないか、と考えました。

つまり、胆管がんは手術による取り残しが再発を招き、生存率を低下させる大きな原因になっています。手術でとりきれるかどうか、ギリギリの人に化学放射線療法を行ってから手術でがんを摘出すれば、取り残しの危険が減り、再発予防につながるのではないか、と考えたのです。あるいは、手術不可能と診断された人でも、術前化学放射線療法によってがんが縮小し、手術ができるようになる人がいるのではないかと考えたのです。

さらに、この頃(2005年)アメリカのメイヨークリニックから、肝門部胆管がんに対し、術前化学放射線療法を行ってから手術を行い、肝臓移植を行うと、予後が著しく改善するという報告がありました。日本では、胆管がん治療に肝臓移植の適応はありませんが、これも術前化学放射線療法に踏み切るきっかけになったのです。

こうして2006年、術前化学放射線療法が開始されました。

[胆管がんの治療方針]
図:胆管がんの治療方針

抗がん剤と放射線で進行を抑制

「放射線や化学療法は、手術不可能な人にかなり行っていましたから、大丈夫だろうと思っていました」と、片寄さん。東北大学には、3期、4期で手術不可能な進行した胆管がんの患者さんが多く集まるので、抗がん剤や放射線治療には、慣れていたのです。

「2004年に成績をまとめたときには、積極的な治療は行わず、胆管にステントを留置して胆汁が詰まるのを防ぐ治療だけを行った場合、生命予後は1年ぐらい。それに対して、化学放射線療法を行うと、倍の2年ぐらい予後が長いという結果でした。この時期の患者さんにとって、余命が1年伸びるというのは大きな意味があるので、積極的に化学放射線療法を勧めてきたのです」と片寄さんは語っています。

では、術前治療として化学放射線療法を行い、ここに手術を加えた場合はどうなのでしょうか。

前述の中部胆管がんの患者さんは、遠隔転移がないことを確かめて局所手術をしたのですが、現在治療して3年。再発もなく元気に暮らしているそうです。「おそらく、化学放射線療法だけで終わっていたら、再発していたでしょう」と片寄さんはみています。


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