術前に「これだけの治療をすると手術、合併症の危険を高める」はウソ 再発抑制に光明!? 進行胆管がんの術前化学放射線療法
放射線の照射方法を工夫

さらに、肝門部胆管がんで特殊な細菌による胆管炎を併発した患者さんがいました。このままでは手術に危険がおよぶので、しばらく抗生物質などを投与して、胆管炎の管理が必要です。
この間に化学療法を行うと同時に放射線の腔内照射を行いました。腔内照射とは、腹腔内に線源を入れて、直接内部から胆管などに放射線を照射する方法です。
胆管がんでは、胆汁を排泄するために設けたチューブ(経皮経肝胆管ドレナージ)を利用して、腹腔内に放射線の線源(イリジウム192)を挿入、1日10分ほど放射線を照射します。線源を直接腹腔内に入れてしまうので、全身への影響が少なく、局所に集中的に放射線を照射できるのが利点です。抗がん剤はジェムザール(一般名ゲムシタビン)を6回投与しました。
その結果、「ふつう手術を待機している間にがんが広がってしまうのですが、この人は2~3カ月の間、こうした治療で待つことができました。化学放射線療法によって、がんの進行を抑えられたからと考えられます」と片寄さんは語っています。その後、片寄さんらは治療法を決めて、ジェムザールの用量を設定するための第1相臨床試験を開始しました。

ただ、腔内照射は線源から1センチの範囲に効果があります。局所に集中して効果がある反面、周囲のリンパ管などには効果がありません。しかし、胆管がんは周囲に広がることが多いので、放射線照射は体外照射(体の外から放射線をあてる方法)に変更されました。
片寄さんによると、「体外照射を行ってから切除した組織をみると、がんの中心部にはあまり変化はないのですが、がんの辺縁部に効果がある」といいます。がんが広がったその縁の部分でがんが死滅��ている可能性が高いのです。とすれば、取り残しを少なくできる可能性が期待できるわけです。
そこで、上図のように、ジェムザールは週に1回2週連続して投与し、1回休んでまた2回投与します。この間、平行して1回1.8グレイずつ週に5回、計25回放射線治療を行います。手術は、基本的に化学放射線療法が終わってから2週間待って行います。こうした治療を説明し、同意を得た患者さんは、2006年3月からこれまでに、計30例にのぼります。
これは、東北大学で胆管がん手術を受ける患者さんのおよそ半数にあたります。辺縁部のがんを叩き、手術の治療効果を高めて、再発を防ぐことを目的にした治療であることが分かると、参加したいという患者さんが多いのです。
「局所で進行した胆管がんや動脈に浸潤した患者さんを対象に術前療法を行っています。第1相臨床試験に参加していただいた最初の10人での検討から、ジェムザールは通常の6割ぐらいの量で、治療スケジュールを完遂できるという結論に至りました」と、片寄さんは話しています。
少ない量のように感じますが、「もともと胆管や胆のうなど、胆道にできるがんに対するジェムザールの効果は3割ほど。おそらく放射線のほうが効果は大きいのだと思います」と片寄さんはみています。
たとえば、肝動脈にがんが浸潤したAさんの場合、胆管を切除してもその切り口にがんが残る可能性が高かったといいます。そこで、術前化学放射線療法を実施。この方の場合「これだけ進行して肝動脈に浸潤しているとふつうは手術はできません。そうなれば余命は半年から1年です。しかし、この方は今のところ手術から1年2カ月、再発もなく無治療で過ごしている」そうです。
術前療法は手術の危険性高めず
進行した胆管がんに術前化学放射線療法を行うにあたり、片寄さんがまず心配したのは合併症の問題でした。従来、術前化学放射線療法は、手術を難しくして合併症の危険を高めるといわれていたからです。
「切断した胆管と腸をつないだところ、うまくつながらずに胆汁がもれたり、腹腔内膿瘍(お腹の中にうみがたまって発熱すること)、肝不全などの危険が高くなるのではないかといわれていたのです。しかし、実際には術前療法を行っても合併症の発生率に差はありませんでした」と片寄さん。いわれていたほど術前療法は手術に影響がないらしいのです。下図のように、術後合併症はもちろん、手術時の出血量や手術時間、手術をしてから退院するまでの日数にも、有意な差はなかったのです。つまり、術前化学療法を行うことによるデメリットはなかったといえるのです。

術前療法で再発が抑えられる!?
では、治療成績はどうなのでしょうか。まだ、術前化学放射線療法を行ってから長い場合で3年ほど。観察期間が短いこともあり、生存率に統計的な差は出ていません。つまり、治療成績は同じです。しかし、長く胆管がんの手術を行ってきた片寄さんは、ある手応えを感じているといいます。
「局所再発が少ないのではないか」というのです。胆管がんの場合、手術後にがん性腹膜炎を起こすことが多いといいます。手術で胆管などを切除したときに、切り口のがん細胞が腹腔内にこぼれ落ちて、腹膜炎を起こすのです。
ところが、術前化学放射線療法を受けた患者さんには、これが少ないのです。これまで、術前化学放射線療法を受けた患者さんの中で、残念ながら7人が亡くなっています。その死因をみると、肺転移やリンパ節転移など遠くの臓器に転移した人が多く、腹膜炎を起こして亡くなっている人は少ないのです。
これは、がんの辺縁部に化学放射線療法が効果を示して、手術で切断した断面からがん細胞がこぼれ落ちる危険が少なくなったから、とも考えられるのです。だとすれば、手術で取りきれるかどうかギリギリの状態の人に、化学放射線療法を実施して手術の安全性、確実性を高めるという術前療法の目的は十分達成されていることになります。
そこから、片寄さんは「症例が多くなれば、おそらくよい結果が出るのではないか」と大きな期待を寄せています。