手術ができないと診断された患者さんにも根治治療の可能性 術前化学療法により胆道がんの治療成績が向上!?

監修:遠藤格 横浜市立大学大学院医学研究科消化器・腫瘍外科学教授
取材・文:柄川昭彦
発行:2012年10月
更新:2019年7月

化学療法を行い1カ月休んでから手術

[図3 術前化学療法における抗がん剤の投与スケジュール]
図3 術前化学療法における抗がん剤の投与スケジュール

術前化学療法の対象となるのは、手術を行っても、再発の可能性が高い患者さん。リンパ節転移もなく、血管への浸潤もない場合は、手術だけで5年生存率が50%程度になるので、基本的に術前化学療法の対象とはならない。

「患者さんを慎重に選ぶのは、抗がん剤治療がすべての患者さんに効くわけではないからです。TS-1()とジェムザールという抗がん剤の併用療法を行いますが、効くのは7割の患者さんで、3割には効きません。術前治療中に進行してしまうこともあるので、手術だけで5年生存率が50%程度あるなら、すぐに手術することが勧められるのです」

手術だけでは再発しやすい患者さんを対象に、9週間の抗がん剤治療が、図に示したようなスケジュールで行われる(図3)。

内服薬のTS-1は、「2週間連日投与・1週間休薬」の3週サイクルを繰り返し、その3週サイクルの8日目と15日目に、ジェムザールの点滴が加わる。

「ほぼ2カ月の化学療法の後、1カ月間、体を休めてから手術になります。抗がん剤治療の副作用で骨髄抑制が起きるので、それが回復してから手術となります」

骨髄の働きが低下すると、免疫力が低下して感染に弱くなるし、肝臓の回復にも大きな影響を及ぼす。手術では肝臓の半分を取ることがあるが、肝臓が再生するときに骨髄の働きが欠かせないのだ。

TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム

治癒切除率は90%に達した

[図4 術前化学療法の治療成績]
図4 術前化学療法の治療成績

手術が難しかった患者さんに根治治療が行えるようになった

 
[写真5 ゲムシタビンとTS-1併用術前化学療法の効果]

写真5 ゲムシタビンとTS-1併用術前化学療法の効果

術前化学療法を行う前(左)は腫瘍がくっきり写っているが(丸で囲ったところ)、抗がん剤により腫瘍がほとんど消失した(右)

術前化学療法の臨床研究は07年から始まり、昨年12月までに49人がこの治療を受けた(図4)。この患者さんたちは、2つに分類できる。

1つは、切除手術は可能だが、リンパ節転移があったり、血管への浸潤があったりして、手術しても5年生存率が15~20%と低い患者さんたち。このような人が29人いた。

「2カ月間の術前化学療法を行い、その間に病気が進行した2人を除く27人が手術を受けました。ただし、開腹してから転移が見つかった人もいて、切除手術が行えたのは22人。ほぼ4人に3人が切除手術を受けられました」

もう1つは、肝臓などに転移があり、手術できないと判定された患者さんたちだ。この人たちには6カ月間の化学療法が行われ、20人中7人が、手術する価値があるところまでがんが縮小した。この7人は、すべて切除手術が可能だった。

「切除手術の場合、切断面を顕微鏡的に調べ、がんが残っていないかどうかを調べます。その結果、がん細胞が見つからなかった手術を『治癒切除』と言います。術前化学療法を行って切除手術ができた患者さんの場合、治癒切除率は90%に達していました」

治癒切除ができたからといって、再発しないとは言い切れない。しかし、手術しても5年生存率が15~20%の人や、手術できないと判定された人を対象に、これだけ治癒切除が行えたのは、術前化学療法を行った成果と考えていいだろう。

臨床研究がスタートして今年でようやく5年なので、5年生存率などは出ていない。これからも研究が進められ、数年後にはそうしたデータも発表されることになる。

実際の症例を紹介しておこう。患者さんは60代の女性。上部胆管がんで、PET検査でリンパ節転移があることがわかっていた。TS-1とジェムザールによる術前化学療法を行ったところ、これが非常に効果的で、CT画像ではがんはほぼ消失していた(写真5)。

それでも再発の可能性があるため、手術を行った。治癒切除ができ、手術から4年以上経過した現在も元気に毎日を過ごしている。

術前化学療法を行っても手術の合併症は増えない

[図6 TS-1やゲムシタビンで見られる副作用]

副作用 30人中
発症数(%)
30人中
重症例(%)
血液関連    
白血球減少 66.7 16.7
好中球減少 66.7 40
血小板減少 76.7 10
貧血 70 3.3
その他    
発疹 36.7 3.3
食欲不振 16.7
悪心 3.3
口内炎 3.3
TS-1やゲムシタビンの服用で発症する可能性のある副作用。骨髄抑制関連の副作用が多くみられる

化学療法を行ってからの手術だと、手術による合併症が増えるのではないか、という心配がある。しかし、そのような傾向は見られなかった。

「術前化学療法を行って手術した場合、手術に伴って合併症が起きた人の割合は38%でした。横浜市立大学のデータですが、術前化学療法を行わずに手術を受けた人でも、合併症が起きる率は約40%。ほぼ同じなのです」

抗がん剤の副作用を気にする人もいる。前述した術前化学療法の場合、骨髄抑制が3分の2の人に現れ、食欲低下、吐き気、口内炎などが約2割の人に、皮膚障害が約4割の人に現れる。ただ、副作用で手術できなくなった人は1人もいなかった(図6)。

「胆道がんで『手術できない』と診断された患者さんでも、化学療法がよく効けば、切除手術に持ち込めることがあります。肝胆膵外科を専門とする医師のセカンドオピニオンをぜひ受けてください。また、化学療法を、必要以上に恐れないことも大切です」

化学療法に関しては、何が危険なのかをよく知れば、あまり怖がらなくていいことがわかってくる、と遠藤さんは言う。

臨床研究の成果がまとまり、この治療が広く普及することを期待したい。


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