筋層浸潤性膀胱がんの最新情報 きちんと理解して、治療選択を!

監修●菊地栄次 慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室講師
取材・文●伊波達也
発行:2017年5月
更新:2017年5月


膀胱全摘術と温存療法の長所・短所

膀胱全摘術と膀胱温存療法では、治療選択する上でそれぞれ長所、短所がある(図3、4)。

長所としては、膀胱全摘術では、放射線照射によって起こり得る下痢、頻尿などが避けられると同時に、膀胱温存療法と異なり、頻回の経過観察が避けられるという点がある。

一方、膀胱温存療法では、当然ながら全摘という大きな手術が避けられると同時に、手術では勃起神経(ぼっきしんけい)を一緒に摘出してしまう場合が多く、勃起不全となる可能性があるが、温存療法ではそういったリスクが大幅に低下する点があがる。

短所としては、膀胱全摘術の場合、社会復帰するまで2~3カ月時間を要する点、手術によって勃起不全のリスクが高まったり、また皮膚に装具を付けている関係で性的活動が低下することも考えられるという。

膀胱温存療法に関しても、放射線照射のために2カ月程度の通院が必要な点や、膀胱を残しているため、局所再発のリスクがある点があげられる。もし再発が認められた場合は全摘する必要が出てくる場合があり、結局大きな治療を2回も受けることになりかねない。また、放射線照射による合併症として、下痢・疲労・膀胱炎症状を来す場合もあり、放射線照射によって膀胱が硬くなり尿失禁のリスクもあるという。

「治療成績では、やはり膀胱全摘のほうが安定していると言えます。温存療法は施設によって方法が様々で、放射線照射の度合いなどによってがんの制御率も異なってきます」

あくまでも、筋層浸潤がんの標準治療は膀胱全摘術だ。様々な理由で全摘術が受けられない人、またどうしても全摘術を望まない人に対して、標準治療外の選択肢として温存療法があることを、患者としては理解しておきたい。

図3 膀胱全摘術と膀胱温存療法の比較(長所)
図4 膀胱全摘術と膀胱温存療法の比較(短所)

術前GC療法で治療成績向上

筋層浸潤性がんの治療は、今述べてきたとおり、標準治療は膀胱全摘術と尿路変向術のセットだが、膀胱全摘術を行ったとしても、予後(よご)は必ずしも良いとは言えない。菊地さんの施設では、少しでも治療成績を上げようと、手術の前に化学療法を組み入れた術前化学療法を積極的に行っている。

「筋層浸潤性がんに対しては、シスプラチンを含む術前化学療法を行うことによって予後が改善するというエビデンス(科学的根拠)があります。ただし、投与スケジュールについては明確な基準が定められておらず、議論が残る部分ではあります」

海外の報告では、術前にMVAC療法(メソトレキセート+エクザール+アドリアシン+シスプラチン)を行うことで、膀胱全摘術単独と比較して、平均生存期間を延長することが明らかになっているという。

「ただし、MVAC療法は好中球減少や敗血症など副作用の発現が高いため、同じ治療効果が期待できるGC療法(ジェムザール+シスプラチン)を私たちの施設では取り入れています」

2006年~2014年にかけて、慶應義塾大学病院およびその関連病院を含む7施設において、術前化学療法の長期予後を調べた結果、がんが筋層を越えて膀胱周囲の脂肪組織にまで浸潤しているT3の症例に対しては、GC療法による術前化学療法を行うことで、手術単独群と比べて、がん特異的生存率を有意に改善することが示されたという。

ただし、シスプラチンは腎臓への負担が大きく、腎機能が悪い人や、腎臓が腫れて水腎症を引き起こしている場合などには、術前化学療法の適応とならない。また、がんを切除するタイミングが遅れてしまうリスクがあるなどデメリットもあるため、個々の状況を踏まえて慎重に実施することが大切だと菊地さんは話す。

そして今後は、こうした手術と組み合わせて行う化学療法に、今話題の免疫チェックポイント阻害薬が加わる可能性もあり、期待が寄せられている。

「術前にせよ術後にせよ、今後抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体といった新しいタイプの薬剤が治療に加わってくる可能性はあります。膀胱がんを含む尿路上皮がんでは、免疫治療が有効ではないかと考えられているので、今後免疫チェックポイント阻害薬のような新しいタイプの薬剤が手術と組み合わせて使えるようになれば、治療効果が上がるのではないかと期待されています」

予後改善に向けて、様々な取組みがなされている筋層浸潤性膀胱がん。QOLに関わる部分も大きく、治療を選択する上では、主治医とよく話し合った上で、納得して治療を選択したいものである。

メソトレキセート=一般名メトトレキサート エクザール=一般名ビンブラスチン アドリアシン=一般名ドキソルビシン ジェムザール=一般名ゲムシタビン

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