渡辺亨チームが医療サポートする:膀胱がん編

取材・文:林義人
発行:2006年3月
更新:2013年6月

T1N0M0の早期がんを内視鏡で治療。でも、再発が心配

 佐々木秀樹さんの経過
2005年
6月13日
血尿に気づき、病院へ。膀胱がんの疑い
6月20日 膀胱鏡検査で膀胱がん発見
7月11日 経尿道的腫瘍切除術のため入院
7月12日 経尿道的腫瘍切除術でがんを摘出
7月15日 術後補助療法の説明を受けて退院

膀胱鏡検査で膀胱がんと診断された佐々木秀樹さん(59歳)は、エビデンス病院泌尿器科で内視鏡を使ってがんを切除できた。

さいわい早期のがんだったが、医師は、膀胱がんは再発の可能性も大きいと説明する。

がんは腎盂へ広がっていなかった

6月20日、膀胱鏡検査を終えてエビデンス病院から帰った佐々木秀樹さんは、居間のソファに腰を下ろす。かなり疲れを覚えていた。石田医師からはっきりがんを告知されたことで、それなりに精神的ショックもあった。妻の節子さんは普段より元気のなさそうな佐々木さんの様子に気づいている。

佐々木さんはいつもの癖でタバコに手を伸ばそうとし、ハッと気づいてやめる。

「どうしたの? 今日は吸わないの?」

普段は「タバコを止めたら」と口うるさい妻の節子さんが、いぶかしがる。

「うん、お前の言うとおり、タバコはもう止めようと思ってね」

「まあ、どこか具合が悪いの?」

「じつはね……」

佐々木さんは初めて妻に自分の病気のことを話し始める。

「今日、エビデンス病院へ行って、膀胱鏡検査というのを受けてきたんだ。それで、膀胱がんだと言われたよ」

あまりに突然の話なので、節子さんは「えっ」と小さく声を出すが、あとは言葉を詰まらせる。

「いや、今のところは、そう心配するほどのものでもないらしい。俺だって別に痛いわけでも苦しいわけでもないんだから」

「……。でも、がんの検査を受けに行くんだったら、どうして話してくれなかったのよ」

妻が思わぬことでとがめる。その声が尖っているので、佐々木さんは少しあわてた。こんなことで夫婦がごたごたを起こしている場合ではない。

「お前に言わなかったのは、悪かったよ。血尿が出て最初は石かなんかじゃないかと思ってね。だから、何の病気かわからないのに、よけいな心配をかけたくないと思って黙っていたんだ。それにがんと言っても詳しいことは明日画像検査をしてみないとわからないんだ(*1膀胱がんの画像検査)。どうやって治療するかという説明も来週聞きにいくことになっているんだから、まだ状態がよくわかっていないんだよ」

こうして佐々木さんは、どうにか妻をなだめることができた。

1���間後の6月27日、佐々木さんはエビデンス病院へ膀胱がんの治療の説明を受けるために訪れた。この日は節子さんも、

「私も一緒に行く」と言って佐々木さんに付き添っている。石田医師は2人にこう説明した。

「MRIでがんはリンパ節や離れた臓器には転移をしていないことがわかりました。また排泄性腎盂造影*2)という検査で、腎盂などにも広がっていないこともわかりました。やはり表在性がん*3)だろうと思われます。がんは内視鏡で切除できるので、膀胱は温存できます。ただし、検査のときに見ていただいたまわりの赤いところは組織をとって生検して、ここにもがんが広がっていないかどうか検討する必要があります (*4内視鏡生検)」

佐々木さんは入院生活には慣れておらず、入院期間が4泊5日と短期間なので、その場で節子さんと相談して個室を予約することにした。2週間後の7月11日に空き室が出るとのことである。

腰痛麻酔で内視鏡的腫瘍切除

7月11日、佐々木さんはエビデンス病院泌尿器科へ入院する。病室に入ると石田医師が「サインをお願いしたいと思いまして」と書類を持ってきた。翌日の手術のための承諾書だ。医師は腰椎麻酔をした上で内視鏡で膀胱がんを切除する経尿道的膀胱腫瘍切除術を行うことを改めて説明する。承諾書には、「状況により術式を変更する可能性があります」「合併症の予防、治療に全力を尽くします」などの但し書きが書かれており、これらを理解したことを示す署名をする。家族が署名する覧も設けられている。

「何だか大げさですね。内視鏡的腫瘍切除術*5)というのは、そんなに危険な手術ではないはずですよね?」

笑って見せながら佐々木さんはボールペンでサインし、そばにいる節子さんにもサインするように促した。

「治療についてちゃんとご説明したということを確認するためのものです。少ないとは言ってもそれなりに体への負担はあるし、麻酔も使いますので」

医師はこう説明し、返された書類に2人のサインがあることを確認した。

いよいよ手術当日の12日、佐々木さんは朝から絶食だった。浣腸でお腹は空っぽになっている。

10時頃、病室には節子さんと、すでに嫁いでいる2人の娘、洋子さんに啓子さんまで姿を現す。妻には、「命に関わるような病気ではないのだから、洋子と啓子には言わなくていいぞ」と言ったのに、「がんという病気はそんな簡単なものじゃないでしょ」と聞き入れなかった。

「娘とは言っても、女性にシモの病気で見舞いに来られるのは、ちょっとなあ」

佐々木さんはこう照れて見せたが、それでもおかげで手術の前の緊張感や心細さがずいぶん和らげられているようだった。

そこへ看護師が訪れ、「これから手術室に行きます」と話す。佐々木さんはストレッチャーに乗せられ手術室に向かった。

手術室に入るとまず待機していた麻酔医から前投薬の筋肉注射が行われる。治療台に上ると、

腰椎麻酔*6)をします」と説明があり、長い針が背中に入れられて注射が行われる。佐々木さんは、まもなく下半身の感覚がなくなっていくのがわかった。

写真:手術室

治療台で仰向けになった佐々木さんは、下半身はスクリーンで覆われているため見ることはできないが、すぐ右手にモニターがあり、自分の体内の様子が映し出されている。それを見つめていると、内視鏡が進んでいき、膀胱の中に入りこむのがわかった。あのイソギンチャクのように見えるがんがある。そこへ電気メスが伸びてがんを削り始める。5分間ほどのうちにがんが切除された。続いてがんの根元の赤くなっている組織が摘み取られている様子も見えた。

こうして佐々木さんの内視鏡的腫瘍切除術は、30分くらいのうちにすべてが終わる。痛みらしい痛みを覚えたわけでも出血があったわけでもない。がんの手術を受けたとは信じられないほどダメージはまったく感じていない。ストレッチャーに載せられて病室に帰ると、妻や娘たちが、「無事に終わったのね!」

「よかったわ!」などと感動の声をあげるが、「何を大げさなことを言っているんだ」と強気に話していた。

そのうち下半身の麻酔が徐々に覚めてくると、尿道に留置されたままのカテーテルが気になり始める。医師から「切除箇所の出血を止めるためのものです。1晩だけ我慢してください」と言われているが、その違和感のためあまりよく眠れなかったようだ。

T1N0M0の早期がん、でも再発が心配

手術の翌朝、佐々木さんはもう普通食になっている。午前中回診に訪れた石田医師は、カテーテルを抜去し、「もう自由に動いても大丈夫ですよ」と話した。そこで佐々木さんは病院の中を歩いたり、院内の喫茶店でコーヒーを楽しんで過ごし、午後になると共同浴室に出かけた。

「就職してから40年間近く働きづめで、ジョギングをする以外は体を気づかう余裕もなかったな。これからは少しのんびりやっていきたいな。むしろ今度の膀胱がん発見は健康のありがたさに気づくいい機会になったかもしれない」

湯船の中で手足を伸ばしていると、佐々木さんはそんな気になってくる。タバコは止めてからまだ1カ月にもならないが、病院の中では「吸いたい」という気も起こらず、「これできっぱりと忘れることができるかもしれない」と考えている。

7月14日、翌日が退院という日に回診に訪れた石田医師は、生検の結果を伝えた。

「石田さんのがんは、がんが粘膜下まで浸潤していましたが、膀胱筋層には達していませんでした。これはT分類でT1という状態です。リンパ節や他の臓器にも転移していません。TNM分類という分類法では、T1N0M0で、膀胱がんでもごく早期のほうだとわかりました(*7膀胱がんの病期分類)。今後の転移の可能性を予測するがんの顔つきでは、グレード2で悪性度もそれほど悪性ではありません。この状態では5年生存率は95パーセントくらいといえるでしょう」

佐々木さんも医師にいろいろ聞いておきたいことがあった。

「100パーセントとはならないわけですね?」

「そうですね。完全治癒の可能性もあります。ただ、内視鏡で膀胱がんを切除した人は、半分以上膀胱内に再発しますので、100パーセント治ったとは言い切れませんね」

「よくがんは再発が怖いと聞きます。半分以上は命に関わるがんということでしょうか?」

「いえ、膀胱内で再発しても、それほど怖いことはありません。今回と同じように内視鏡で切除すればいいのです。モグラたたきのように何回も内視鏡的切除を行っている患者さんもおられます」

佐々木さんは、ほっと息ついた。


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