渡辺亨チームが医療サポートする:膀胱がん編
再発予防のBCG膀胱内注入療法で、自信を得て社会復帰
佐々木秀樹さんの経過 | |
2005年 6月13日 | 血尿に気づき、病院へ。膀胱がんの疑い |
6月20日 | 膀胱鏡検査で膀胱がん発見 |
7月11日 | 経尿道的腫瘍切除術のため入院 |
7月12日 | 経尿道的腫瘍切除術でがんを摘出 |
7月15日 | 術後補助療法の説明を受けて退院 |
7月22日 | 1回目のBCG膀胱内注入療法開始 |
9月9日 | BCG注入療法終了 |
内視鏡を使った腫瘍切除術で表在性膀胱がんの切除を受けた佐々木秀樹さんは、再発予防のためにBCG膀胱内注入療法を勧められた。
副作用の恐れは小さくないとのことだが、「今後も自分の膀胱を温存したい」との思いから、この治療を選択している。治療の結果、佐々木さんは、再発予防に自信を深めることができた。
主治医はBCG注入療法を推奨
内視鏡的膀胱腫瘍切除術から4日経った7月15日の朝、佐々木さんは目が覚めると尿意を覚えてトイレに立った。手術のあと、1日は血尿が続いていたが、今は尿の色ももうすっかり平常に戻っている。
部屋に戻ると午後の退院のために、身の回りの片づけを始める。とはいえ、たった3泊4日の入院だから、たいして荷物になるものもなく、すぐに準備は終わった。そこへ、石田医師が回診で訪れる。
「おや、ずいぶん気が早いですね。具合はどうですか?」
「あ、先生。おかげ様で快調です。最初に先生から『がん』と聞かされたときは『どうなることか』と思いましたよ。それがあんなに簡単な治療でがんが治るのですから、ほんまにいい時代になったものですわ」
「それで今後のこともあって、ご説明に来ました」
そういうと、石田医師は佐々木さんと並んで、ベッドサイドに腰を下ろす。
「確かに表在性膀胱がんの治療は、わりと簡単です。ただ、前に申し上げている通り、膀胱がんが本当に消えてしまったかどうかはわからないので、定期的な観察が必要です(*1表在性膀胱がんの手術後の経過観察)。
とくに腫瘍の周りが赤くなっている部分には生検の結果からがん細胞が見つかっているので、再発する可能性が強いのです。これをCIS(*2)と呼びます。たちの良いがんなら、また乳頭状腫瘍が出ても経尿道的腫瘍切除術で繰り返し治療できます。
ただ人によっては1年間に数回も出て切除する方もいらっしゃいますので、そうなるとたいへんです。それにがんが粘膜より深く進むと、膀胱そのものを取らなければならなくなるかもしれないし、そうなるとインポテンスになります。やはりこの先もできるだけ再発を抑えて膀胱を残せる可能性を高めるには、このあと術後補助療法を受けていただいたほうがいいと思いますね」
「それはどんなことをするのでしょうか」
「結核のワクチンのBCGというのをご存じですね? そのBCGを使ったBCG膀胱内注入療法(*3)という治療をしたいと思います。一種の免疫療法ですね(*4がん免疫療法)」
「えっ、結核に対する抵抗力をつけると、がんに対する抵抗力もつくわけですか?」
佐々木さんが、思わぬことを聞くので、石田医師はちょっと戸惑った。
「いや、結核予防のBCGと膀胱がんのBCG療法とは、使い方も作用機序も違います(*5BCG注入療法のメカニズム)。結核のBCGは皮下注射をして、全身の免疫力を上げようとすることを狙ったものです。BCGは皮下注射ではなくて、尿道からカテーテルを挿入して膀胱内に直接注入するものです。こちらはがんにかかった膀胱に、炎症を起こすことにより免疫細胞の白血球やリンパ球を集めて、それらにがん細胞を攻撃させるものと考えられています。再発を抑える効果があることは認められています」
そういいながら、石田医師は紙の上に、BCG注入療法のしくみを描いてみせた。

強い副作用が出るBCG注入療法
退院から1週間後の7月22日、佐々木さんは1回目のBCG膀胱内注入療法を受けるために、エビデンス病院泌尿器科外来を訪れる。石田医師から「治療中は2時間ほどおしっこをがまんしていただかなければなりません」と言われているので、順番待ちを見計らってトイレに行っておいた。10分ほどで、「佐々木さん、中へどうぞ」と呼ばれる。
「先日お話ししたように、BCG膀胱内注入療法はわりと副作用が強い治療です(*6BCG膀胱内注入療法の副作用)。現在はとくにほかの病気にはかかっていませんね?」
石田医師はこう確認した。佐々木さんはすぐに「大丈夫です」とはっきり答える。
「現在うちから出しているお薬以外には飲んでいませんね?(*7BCG膀胱内注入療法の禁忌)」
この質問に対しても佐々木さんは「はい」と、明答した。石田医師は「では、あちらへ」と治療台のあるところへ導く。そこに登って横になった。
「何かつらい症状が現れたら、すぐに言ってくださいね」
そう言うと、石田医師は、キシロカインゼリー麻酔剤が塗られたカテーテルをゆっくりと挿入していく。
「痛くありませんか?」
石田医師は何度か繰り返し聞いた。
「ええ、痛くはありません」
その都度返事する。そうはいっても、やはり違和感があるため、佐々木さんはちょっと顔をゆがませていた。
「では、BCGを入れますよ」(*8BCGの投与法)
鈍痛とともに尿意も伝わってくる。
「ちょっと痛いです」
佐々木さんが訴える。
「我慢できないほどですか?」
「いえ、それほどでもありませんが……」
石田医師はカテーテルを抜去したあと、しばらく様子を見ていたが、「では、そのままの姿勢で動かないでいてくださいね」と言って部屋を出て行った。もちろんすぐかたわらにブザーボタンがあり、何か起こったらすぐ医師を呼べるようになっている。
残された佐々木さんは持ってきた週刊誌を開き始める。あらかじめ「2時間ほど、時間つぶしをしなければならない」と聞いていたのだ。
こうして時間が過ぎ、石田医師が部屋に戻って来た頃、佐々木さんは尿意が我慢の限界に達していた。
「先生、もう漏れそうです」
「あ、ではそこの容器の中にお願いします」
腰を掛けて排尿できるようになっており、そこに容器が備えられている。BCGの混じった尿は消毒してから捨てられる。
「おしっこのとき、痛くないですか?」
排尿を終えると石田医師は確認する。佐々木さんが「とくになんでもありませんが」と答えると、石田医師は「ご苦労さまでした。では、また来週お越しください」と告げた。
BCGが効かない場合の次の手
9月9日、佐々木さんは「全部で8回」と言われていたその最後のBCG注入療法を終えている。この間、当初医師から警告されていたような副作用はあまり自覚せずに済んだ。そして翌週の16日、石田医師から治療効果の判定についての説明を受けるため、妻の節子さんも伴ってエビデンス病院を訪れた。
「現在は、がんはすっかり顔を引っ込めているようで、まずは安心できる状態です。中にはBCGが全く効かない人もおられて、治療中にも次々がんが出てくるという方もおられるのですから、おそらく佐々木さんはこの治療がぴたりと合ったのでしょう」
石田医師は、手術前と現在の膀胱内の写真を並べて見せながら、こう説明した。膀胱上皮の赤くなっていたところも、現在は色が薄くなっている。
「すると、これでもう再発しないわけですね」
節子さんがうれしそうな声をあげる。が、石田医師は慎重な話し方をした。
「確かにその可能性は高いと思いますが、膀胱がんは膀胱が存在する限り、膀胱内に再発する可能性は常にあります。あまり可能性は高くありませんが、BCGが効かなくなって再発することもありえます」
「そうなると、やはり膀胱切除の心配も出てきますね?」
今度は佐々木さんが聞いた。
「これも、あまり心配のいらないことですが、これまで表在性膀胱がんでBCGが効かなくなったら次の手がなくなると考えられてきました。でも、最近アメリカの臨床腫瘍学会で、これまで転移性の膀胱がんに使ってきたジェムザール(一般名ゲムシタビン)という抗がん剤が、表在性がんにも使えるという報告もなされています(*9BCG抵抗性の表在性膀胱がんの治療)。もちろん万一転移性の膀胱がんになって、膀胱切除が必要になっても、治療法はあります。ですから現在は定期的に外来に通院して、チェックを受けていただいている限り、膀胱がんで大変なことになるという心配はほとんどないといっていいと思います」
佐々木さん夫妻は、石田医師に心から感謝を述べた。
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