浸潤性膀胱がんでも膀胱を温存する動注化学・放射線治療 膀胱機能を温存し再発も防ぐ、QOLを維持する新しい治療法

監修:赤座英之 筑波大学付属病院泌尿器科教授
取材・文:松沢 実
発行:2004年8月
更新:2013年4月

膀胱を摘出せずにQOLが保たれる

[浸潤性膀胱がんに対する動注放射線治療の治療前後のCT]
写真:浸潤性膀胱がんに対する動注放射線治療の治療前後のCT

膀胱内腔を占めていた大きな腫瘍がほとんど消失している

永井順一さん(仮名)が筑波大学付属病院で動注化学・放射線治療による膀胱温存療法を受けたのは1998年9月、74歳のときだった。その2カ月前に突然、血尿が出た。慌てて同病院を受診したところ、膀胱壁の筋層までがんが浸潤したT2の浸潤性膀胱がんと診断された。

「永井さんの腫瘍は一つで、大きさは約30ミリでした。通常は手術で膀胱を全摘するのが標準的な治療ですが、膀胱が温存できる動注化学・放射線治療で治療できるというアドバイスと、そのメリット・デメリットについて十分なインフォームド・コンセントを行ったところ、後者の膀胱温存療法を選択し受けることになりました」(赤座さん)

永井さんにはまず経尿道的腫瘍切除術で、腫瘍が可能な限り切除された。その後、動注化学・放射線治療を行ったところ、腫瘍が完全に消失し、陽子線による追加照射を患部に行った。

現在、動注化学・放射線治療を行ってから6年近く経過しているが、再発の兆候はまったく見られず、健やかな生活を送っている。以前と同じように膀胱が機能し、自然な排尿も可能であることはもちろんだ。

「膀胱温存療法の対象となったこれまでの症例としては、腫瘍の数が2個以上で、サイズは50ミリ×40ミリの大きさのものもあります。もっとも若い患者さんは37歳で、最高齢の患者さんは89歳です」 (赤座さん)

89歳の患者は女性で、膀胱周囲の脂肪組織への浸潤が画像診断で確認されたT3bの浸潤性膀胱がんだった。治療を受けてから3年2カ月後に他の病気が原因で亡くなったが、生存中は腫瘍が完全に消失したままで、膀胱・排尿機能はしっかりと保たれていた。

奏効率は手術に勝るとも劣らない

[筑波大で膀胱温存療法を受けた患者の5年生存率]
図:筑波大で膀胱温存療法を受けた患者の5年生存率

膀胱温存療法を受けた患者の生存率は手術で膀胱全摘を行った場合の生存率より優れている

動注化学・放射線治療は膀胱が温存できるうえに、術後の障害がほとんどないことも大きな特長だ。通常の放射線に陽子線を追加照射し、患部に70グレイ以上の放射線量があたるのに、副作用や障害を招くことはほとんどない。

「治療中に放射線の副作用として下痢や排便痛を起こすこともありますが、治療後2~3カ月で治癒し解消します。まして膀胱や直腸から持続的に出血する放射線性膀胱炎や放射線性直腸炎が生じた患者さんは一人もいません」 (赤座さん)

筑波大学付属病院で動注化学・放射線治療による膀胱温存療法を受けた患者は、これまで52人にのぼる。膀胱を温存した患者の5年生存率は76パーセントで、5年無再発生存率は65パーセントだ。再発の恐れが少ない患者を選んで膀胱温存療法を行ってきたということもあるが、いずれも手術による膀胱全摘の5年生存率や5年無再発生存率より優れ、表在性膀胱がんの5年生存率に迫る優れた治療成績である。

一方、膀胱温存療法を受けた患者の中で再発を招いた患者は9人で、そのうち膀胱外に再発した人は肺転移の1人のみだった。

「8人の膀胱内再発の患者さんのうち3人は表在性膀胱がんでしたから、経尿道的腫瘍切除術で再発巣を切除するだけで治癒し、再び膀胱が温存できました。ほかの5人は手術で膀胱を全摘したのですが、重要なのはその切除した患部を顕微鏡等で調べてみると、膀胱を全摘しなくても、再発巣を経尿道的腫瘍切除術で切除するだけで十分であるという事実がわかってきたことです」(赤座さん)

筑波大学付属病院における先駆的な膀胱温存療法の試みによって、膀胱が温存できる浸潤性膀胱がんの条件というものが次第に明らかになりつつある。少なくとも腫瘍の数が1個で、大きさが3センチ未満のT2、T3の浸潤性膀胱がんは、近い将来、手術による膀胱全摘より、動注化学・放射線治療による膀胱温存療法が第一選択の治療法となる可能性は非常に大きい。

自分の膀胱で自然な排尿ができるか否かは、人間の尊厳にかかわる重要な問題だ。膀胱の温存が可能な浸潤性膀胱がんの条件の明確化と、動注化学・放射線治療の早急な普及が強く望まれている。

現在、浸潤性膀胱がんに対する膀胱温存療法は、動注化学・放射線治療で行う筑波大学付属病院のほかに、四国がんセンターや北海道大学付属病院をはじめ、いくつかの病院で行われている。いずれも抗がん剤と放射線を用いるのは共通しているが、使用する抗がん剤やその組み合わせ、放射線の照射方法や照射する放射線量などが微妙に異なる。

その意味ではまだ確立された治療法とはいえないため、膀胱温存療法を望む患者とその家族は、そのやり方、方法、メリット・デメリット、治療成績などについて十分納得できるまで尋ねることが必要だろう。


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