診断技術の向上が治療の向上につながる AIで腫瘍性血液疾患の鑑別に成功
さらなる実用化研究の推進を目指す
「なぜ、MDSとAAにフォーカスしたのかを説明します。まず、通常、血液疾患を診断するためには、血球の多さ少なさで見るのです。血球は、白血球、赤血球、血小板の3種類の細胞から構成されています。この3つとも少ないことを汎血球減少症と言います。
MDSとAAという2つの疾患は、両方ともこの汎血球減少症を呈するのです。そしてそれぞれ形態的に違う特徴がありますので、それをAIに教え込めば、MDSとAAが鑑別できるのではないかということからここにフォーカスしました。ただし、この鑑別ができるようになったといっても、それはまだまだスタートラインに過ぎません。
MDSは1つの疾患ではない症候群ですから、予後の悪いもの、良いものも含めて、いろいろと層別化していかなくてはならないのです。
そして、その層別化が進んでいくと、最終的には急性白血病の診断につなげていけると考えられています。したがって、我々の研究はまだその一歩を踏み出しただけです」と、大坂さんは繰り返す。
「今後はこの研究成果をもとに、技術改良を進め、AIシステムを医療現場に少しでも早く還元できるように、実用化研究を推進していく」と大坂さんは話す。
最終目標は日常の臨床現場での診断に貢献すること
「例えば、血球の数と形態学的な異常がわかれば、かなりの確率で白血病であるということがわかります。これらの異常が簡便かつ迅速にわかれば、たとえ地域の診療所であっても、その日のうちに血液内科の専門施設に患者さんを紹介することができます。患者さんが急性白血病であれば、それだけでも大きな救いになるはずです。必ずや患者さんの福音となることでしょう」
地域の診療所で診療に従事する医師たちでもわかるようにして、日常の臨床現場での診断に貢献できるようにすることが最終目標なのだ。そして、専門医へ一刻も早く紹介するためのツールとして大いに貢献できる。患者のたらい回しも回避できる。これらの点は、早急な治療が必要な白血病の治療においては重要なことだろう。
多施設共同研究が必要
「診断できる疾患の種類を広げることと、骨髄検査へ応用できるようにすることも目指しています。ただし、その一方で、末梢血だけで診断に辿(たど)り着くことが一番臨床現場に貢献できるとも思っています。もちろん確定診断には骨髄検査が必要ですが、先述したように、とにかく一刻も早く専門医に辿り着いてもらうための手助けとなるということが大切だからです」
末梢血から骨髄の顔がわかるようにすることと、末梢血でより多くの疾患を診断できるようにするという2つの方向を目指していくことになるという。
そして、臨床現場での実用化へ進むためには、多施設共同研究を行うことも必要だと話す。
「できる限り多くの熟練した専門医により診断された教師データが必要です。AIの鑑別能力はこの教師データの精度によって大きく変わるからです。
そのためにも多施設共同研究を行うことによって、多くの施設のデータを得ることは大切です。亀の歩みのようにゆっくりでも良いので、とにかく一歩ずつ確実に実用化へ向けての研究に励んでいきたいです」
大坂さんのその力強い言葉に期待しよう。血液がんの診断技術の向上は、自ずと血液がんの治療の向上へつながっていくことは確かだ。診断の精度と省力化の両方を兼ね備えるAIによる診断技術の普及は、今後ますます重要性を増すだろう。
<掲載論文>※許可なく図表類を転載することは禁じられています
英国科学雑誌「Scientific Reports」2019年9月16日号掲載論文のPDF
Figure 2. t-SNE visualization of the“DLS last hidden layer”representations of 17 blood cell types. The 17 types of cell clusters are colored and labeled with abbreviations of the cell types (inset)
図2.AI血液細胞自動分析システムによる血液細胞の特徴分布図
<図解説>
AIが鑑別した血液細胞クラスター(集団)を色分けして表現。この分布図により顆粒球系細胞(分葉好中球、SNEからの前骨髄球、PMY)やリンパ球系細胞(リンパ球、LYと反応性リンパ球、VLY)など血液細胞の由来ごとに細胞クラスターが形づくられておりAIが的確に細胞形態を捉えていることがわかる。この分析システムを用いることで。MDS症例とAA症例の血液細胞の形態異常を鑑別できるようになった。
<タイプ別の血液細胞>
・SNE(Segmented Neutrophil):分葉核(好中)球
・BNE(Band Neutrophil):桿状核(好中)球
・MMY(Metamyelocyte):後骨髄球
・MY(Myelocyte):骨髄球
・PMY(Promyelocyte):前骨髄球
・BL(Blast):芽球
・EO(Eosinophil):好酸球
・BA(Basophil):好塩基球
・LY(Lymphocyte):リンパ球
・VLY(Variant Lymphocyte):反応性リンパ球
・MO(Monocyte):単球
・ERB(Erythroblast):有核赤血球
・TAG(Platelet Aggregation):血小板凝集
・LP(Large Platelet):巨大血小板
・MEK(Megakaryocyte):巨核球
・SMU(Smudge):破壊細胞(腫瘍細胞が急速な細胞分裂を繰り返すことで、母組織本来に持つ機能や形態が全く異なる。細胞に変化すること)
・ART(Artifact):アーチファクト