渡辺亨チームが医療サポートする:急性前骨髄球性白血病編
白血病の再発。同種骨髄移植で2度目の危機を脱出
大宮栄一さんの経過 | |
2002年 4月9日 | 「急性前骨髄球性白血病」と診断。入院、完全寛解導入療法(ATRA療法)へ |
5月26日 | 完全寛解。地固め療法の全身化学療法を開始 |
8月20日 | 地固め療法計3コース終了。退院、外来通院 |
2003年 9月4日 | 再発で再入院、ATRA療法を再開 |
11月15日 | ATRA療法では完全寛解に至らず、ATRA+アントラサイクリン系抗がん剤併用で完全寛解へ。 |
11月22日 | 弟から骨髄提供を受け、同種骨髄移植を実施 |
12月20日 | 骨髄の生着を確認 |
急性前骨髄球性白血病を発症し、ATRA療法で寛解した大宮栄一さん(35)は、1年後に病気が再発。
弟の白血球の型(HLA)が一致したことから骨髄提供を受け、造血幹細胞移植が行われ、再び寛解を得ることができた。
再発に対しATRA療法で再挑戦
2002年8月にATRA療法、地固め療法を受けて退院した大宮さんは、9月になると職場の市役所に戻って働き始めた。1カ月後には少し残業をするくらい体力に自信を取り戻している。もちろん月に1度はエビデンス病院で白血病の再発が起こっていないか定期チェックを受けている(*1再発のチェック)。
2003年9月4日、例によって定期検査を受けた大宮さんは、採血の結果、汎血球が減少していることを知らされた。「すぐにマルクをやりましょう」と植野医師。骨髄穿刺(急性前骨髄球性白血病編-1*5参照)である。
その日、骨髄穿刺が終わると、大宮さんはそのまま帰宅した。翌朝病院から電話で病院に来るようにとの指示があった。大宮さんは嫌な予感がしたが、すぐに病院へ行った。
植野医師は落胆ぎみに「白血病の再発です(*2白血病の再発)」と告げた。
ショック。以前から「再発の可能性」は聞かされていたが、自分では体調がよく、「治った」と思い込んでいたのだ。
「治療はありますか?」
「まずATRA(=オールトランスレチノイン酸、一般名トレチノイン、商品名ベサノイド)を再開しましょう。初回治療で寛解に達していたのですから、ATRAが効いていたことは間違いありません。しかし、顕微鏡で調べても見つからない微小の白血病細胞が残っていたために、また白血病細胞が出てきたわけです。ですから、もう1度ATRAをやってみる価値はあると考えます(*3急性前骨髄球性白血病の再発時の治療)」
大宮さんは、またもその日のうちの入院となった。
ATRA療法はすぐに再開された。もちろん飲み薬を1日3回に分けて服用するのは、初回治療のときと同じである。

造血幹細胞移植も選択肢のひとつ
大宮さんは2回目のATRA療法を開始したが、4週間後の10月初めの骨髄検査では完全寛解には到達していなかった。
「残念ながら血液検査の所見でも、白血病細胞はまだ残存しています」
「それはもう治らないということでしょうか?」
「いえ、まだまだ打つ手はあります。今度は初回治療の地固め療法と同様に、ATRAにアントラサイクリン系抗がん剤を併用することにしましょう。ただし、これまでの経過から、たとえこの治療で寛解が得られても再々発の可能性は高いと思います。ですから寛解に達したとき、すかさず造血幹細胞移植も選択肢のひとつとして考えていくべきです」
植野医師は、造血幹細胞移植について説明をした。大宮さんの選択肢としては自家移植と同種移植がある(*4造血幹細胞移植)。そのうち、同種幹細胞移植のほうがGVL効果(Graft Versus Leukemia=移植片対白血病効果)が得られ、より再発のリスクは少ないという(*5GVL効果)。
「骨髄の提供者(ドナー)を探しておく必要があります。理想的なのは、大宮さんのご兄弟の中で、白血球型の同じ方が見つかることですね(*6白血球型(HLA))。GVHD(Graft Versus Host Disease=移植片対宿主病)の発生頻度も重症度も低いからです(*7GVHD)。まずご兄弟に協力をお願いしてHLAの検査をさせていただきましょう」
植野医師の話に応じて、大宮さんは結婚して東京に住む3歳年上の姉の貴美子さん、そしてやはり東京でデパートに勤務する4歳年下の弟の信二さんにそれぞれ電話をする。「白血球型を調べるために、病院へ来て欲しい」と伝えると、2人とも快諾してくれた。
弟の骨髄が生着し移植に成功
2003年11月初旬、大宮さんはATRAにアントラサイクリン系抗がん剤の治療を行った結果、再び完全寛解が得られた。ただし、ここで植野医師は、「これは見た目の寛解であり、遺伝子を調べるPCR法という検査では白血病細胞が残っているという証拠が見られます」と話している。この状態では「再び再発する」が可能性が極めて高いということである。これに対して大宮さんは、植野医師から提案された同種造血幹細胞移植を選択することにした。
もっとも、この治療法の選択は、「苦渋の選択」でもあった。まず、HLA一致のドナーがいること、臓器障害がないこと、そして病気のコントロールが可能であることなどの条件をクリアすることが求められた。また、同種造血幹細胞移植には移植関連合併症が他の治療法と比べると多いため、かえって命を縮めてしまう可能性もある。そのことを了解する必要もある。なおかつ、この治療をしたからといって必ずしも再発しないとは限らないことも知らされた。
こうしたなかで、大宮さんは移植の条件を整えられる見通しができた。そこで、再発せずに治癒する可能性が高い治療法に賭けてみることにしたのである。
11月22日、大宮さんは骨髄移植の日を迎えた。すでに大宮さんをそれまで経験したことがないような倦怠感と食欲不振が襲っている。1週間前から抗がん剤を使って、白血病細胞が残っている骨髄を破壊する治療が始まっており、その副作用のためだ(*8同種骨髄移植の流れ)。
新しい骨髄は、さいわいにも白血球型が一致した弟が提供してくれた。すでに午前中には骨髄採取も行われている(*9ドナーの負担)。
いよいよ移植が始まる。クリーンルームのベッドに寝ている大宮さんの肩に、スパイラル状の点滴チューブを通してドナーから提供された骨髄液が入ってくるのが見えた。

腕に見られた典型的なGVHDの発疹。
病状が進むと個々の発疹が癒合してくる
「弟のおかげで自分の中で新しい命が生み出される」
大宮さんは不思議な感動を覚えずにはいられなかった。午後1時から始まった骨髄液の輸注は4時間かけて行われて、終わったのは午後5時であった。
しかし、骨髄移植後、移植前処置によるさらなる吐き気、倦怠感が襲ってきた。加えて発熱、悪寒、さらに口内炎による痛みが同時に起こってきてパニックになりそうだった。
「今が大事なときです。なんとかここを乗り越えましょう」
植野医師は、こう励まし続けた。内服薬はすべて点滴に切り替えられ、抗生剤や痛み止めの点滴がどんどん使用された。
移植から2週間がたって、白血球が急に上がってきた。移植時には110(/マイクロリットル)しかなかったのに、12月13日には220、14日800、15日2100、16日3840とぐんぐん上昇する。輸血で補っていた血小板と赤血球(ヘモグロビン)も、どんどん増えてきた。すると発熱や倦怠感、そして口内炎の痛みも改善してきた。
移植から1カ月経った12月20日、大宮さんはうれしい知らせを受けた。
「骨髄穿刺の結果、弟さんの骨髄細胞が無事に生着しているのが確認されました(*10生着)。まずは第1関門を突破しました」
大宮さんは、ずっと付き添ってくれた妻と手を握り合った。その後、幸いにも急性GVHDは皮膚に出現したのみで、免疫抑制剤も順調に減量できた。移植後に調べた骨髄には遺伝子レベルでも白血病細胞が残存している証拠は見つからなかった。こうして大宮さんは3度目の完全寛解を得ることができたのである。

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