経過観察から移植まで幅広い治療の選択肢がある 高齢者に多い急性骨髄性白血病 生活の質を重視した治療が大切!
高齢者に対して標準治療は確立していない

しかし、このような治療方針には、ある問題点があります。
「標準的な治療はあくまで、60歳くらいまでのいわゆる壮年期の患者さんにとっての治療法。残念ながら、それを超える高齢者に対しての標準治療は確立されていないのが現状です」
とくに移植は、移植の前処置として、強力な放射線治療や化学療法を行い、白血病細胞や正常細胞も含めて骨髄を空っぽにする必要があり、それに耐えられるだけの体力がいるため、適応年齢は50~55歳以下となってしまうのです。
谷口さんの病院では、60歳でも70歳でも、受けられる治療法を探すべく、さまざまな試みがなされています。その1つとして、さい帯血を使ったミニ移植療法です(写真4)。
60歳を超えると兄弟も高齢化するためドナーが確保しにくい問題がありました。日本のさい帯血バンクは発達しており、90%以上の患者さんに移植を可能とするほどになっています。高齢者にとっても大きなメリットとなりました。
また、移植後長期間患者さんを苦しめる可能性がある、移植された細胞が患者さんの正常細胞を攻撃する「慢性移植片対宿主病(GVHD)」という合併症が軽いこともメリットになっているかもしれません。
高齢者向きの移植治療

そして高齢者のさい帯血移植を可能としたのが、移植前の抗がん薬や放射線の量を少なくして、体への負担を減らす「ミニ移植」と呼ばれる移植法の開発です(図5)。
「ミニ移植の概念が広がってきたのは、造血幹細胞移植によって多くの患者さんが治るのは、必ずしも大量の抗がん薬と大量の放射線によるものではなく、移植したあとに起こる免��反応が白血病の治癒に有効だからとわかってきたからです。造血幹細胞移植を行うと、新しく移植された細胞が患者さんの正常細胞を攻撃する移植片対宿主病が起こりますが、これが患者さんの体に残っている白血病細胞を攻撃します。その免疫反応をうまく使って治療効果を期待します」
前治療を軽くすることで、高齢者でも受けることが可能になるそうです。
経過観察も1つの手

高齢者には経過観察も大切だと谷口さんは言います。
「急性骨髄性白血病の病態には、いろんなパターンがあって、症状は千差万別です。高齢者の患者さんの中には抗がん薬治療も移植もせずに、経過観察を行ったほうがいい人もいます」
たとえば高齢者の場合、骨髄異形成症候群から急性骨髄性白血病に移行するケースがしばしばみられます。
「骨髄異形成症候群は造血幹細胞に遺伝子レベルで傷がつき、赤血球や白血球などができにくくなる病気です。細胞の遺伝子に傷がついているので遺伝子異常はさらに起きやすくなり、やがてがん化を起こして急性骨髄性白血病に移行します」と谷口さんは説明します。
このタイプの急性骨髄性白血病では、遺伝子レベルで異常があるため、化学療法が効きにくいという特徴がありますが、病気の進行は比較的ゆっくりなので、経過観察で十分なことが多いといいます。
「進行が遅いタイプの方には、副作用がある化学療法や治療死のリスクのある移植を極力避け、貧血とか血小板の減少などを輸血で補えば、十分にQOL(生活の質)を保つことができます」
ただし、急性骨髄性白血病は、ある時期から急激に白血病細胞が増えるときがあります。ですので、そのタイミングに合わせて、積極的な治療が必要になるそうです。
経過観察が上手く行っているケースとして、こういった方もいらっしゃいます。
「現在、70代半ばの男性は、7年前に、別の病院で化学療法を受けていたのですが、寛解にならないので移植してくれないかと相談に来ました。この患者さんは進行が遅いため、治療はせずに経過をみながら週に1回輸血して足りない成分を補う治療をしています。現在も温泉に行ったり、釣りに出かけています」
高齢者の場合はリスクとメリットを考えた治療を考慮する必要があるのです(図6)。
最善の治療とは?
もちろん、「病気を治す」ことが最優先課題ですが、とくに高齢者の治療に当たっては、何がその患者さんにとってベストな治療かをきちんと考える必要があると、谷口さんは強調します。
「多くの医者は、白血病が発症すると当然ですが、治癒をめざして、抗がん薬投与などの積極的な治療を患者さんの体調の良い状態で行おうとします。しかし、それがよい治療といえるかどうかは必ずしも違うのでは? と思います。とくに高齢の方でしたら、『生活に支障がなくてご家族と一緒の暮らしができる』『普通の生活ができる状態をできるだけ長くする』ことが大切。もちろん、移植は欠かせない手段ですが、重要なのは、追い込まれる前にどうすべきかということ。化学療法を行うのか、輸血や支持療法だけで様子をみるのかを見極めることが大切。移植は大きなリスクを伴う治療で、最悪の場合、命を落としてしまう危険性があるので、慎重に行わなければなりません」
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