高齢男性に多い希少がん 慢性リンパ性白血病(CLL)に分子標的薬3薬が使えるように

監修●山本 豪 虎の門病院血液内科医長
取材・文●半沢裕子
発行:2019年12月
更新:2019年12月


すべての治療で選択肢となるリツキサンがやっと適応に

経過観察してきた慢性リンパ性白血病が活動性になる、つまり、病気が動き出したとき、治療開始となるが、ここ数年で治療は大きく変わったと山本さんは言う。

「慢性リンパ性白血病が日本人に少ないために治験にも患者さんが集まらず、日本人に対する安全性や効果が確認できないといった理由から、欧米で標準治療となっている薬の承認が日本では遅れているという状況がありました。いわゆるドラッグ・ラグですね。しかし、この1年間にリツキサン(一般名リツキシマブ)が保険適用になり、イムブルビカ(同イブルチニブ)が再発・難治例に対する2次治療だけでなく初回治療にも使えるようになり、さらに、ベネクレクスタ(同ベネトクラクス)が再発・難治例に対して承認されました。これら3つの分子標的薬の承認によりドラッグ・ラグはかなり解消されました」

最も大きかったのは、リツキサンが承認されたことと言えそうだ。慢性リンパ性白血病の腫瘍細胞の表面にはCD20、CD23などの分子があり、リツキサンはCD20をターゲットとする分子標的薬だ。悪性リンパ腫の治療薬として日本で販売開始となったのは2001年。リンパ腫に対しては20年近い実績を持つのに、「CD20陽性の慢性リンパ性白血病」の治療薬として保険が適用されたのは何と今年2019年3月だった。

『造血器腫瘍診療ガイドライン2013年版』には、リツキサンは初回治療で「通常量多剤併用療法可能」な患者に対し、当時の標準治療であるFC療法に組合せて使うことが、すでに推奨されている。FC療法とはフルラダ(一般名フルダラビン)とエンドキサン(同シクロホスファミド)という2つの抗がん薬の併用療法のことだが、これとリツキサンの組合せは広く使われているにもかかわらず、臨床現場で大っぴらに言いにくい状況が続いていたのだ。

同ガイドライン2018年版の初回治療アルゴリズム(治療手順)は、「活動性微候のある早期進行期」と判断された患者が「標準治療実施可能な状態」(Fit)な場合、標準治療は上記FC療法にリツキサンを組合せたFCR療法。そのほか、抗がん薬トレアキシン(同ベンダムスチン)にリツキサンを組合せたBR療法と分子標的薬イムブルビカによる治療も推奨されている。

また、「標準治療が推奨されない状態」(Unfit)でも、国内未承認のchlorambucil(一般名クロラムブシル)、トレアキシン、フルダラ、減量FC療法などとリツキサンの併用、またはイムブルビカが推奨されている。つまり、「緩和ケアが考慮される状態」(Frail)以外のすべての治療で、リツキサンは併用療法による選択肢として挙げられている。まさしく、やっとの保険適用だった。なお、トレアキシンは分子標的薬ではなく抗がん薬だが、日本で承認されたのは2010年。

「FCR療法より治療自体も軽く、副作用も少ないので、年齢の高い人やFCR療法では副作用が強すぎるというようなときには、BR療法を選択します」と山本さん。

予後不良例にも、しかも単剤で使える分子標的薬イムブルビカ

イムブルビカはがん細胞の増殖に関与するブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)の働きを阻害する分子標的薬で、2016年3月に再発・難治例の慢性リンパ性白血病に対して承認され、2018年7月から初回治療にも保険が適用された。

「現状ではFCR療法やBR療法が難しい人、副作用の強い人、効果が出なかった人などに使われることが多いのですが、簡易な経口薬で、服用している間はおおむね効果が続き、FCR療法やBR療法より副作用が少なく、臨床研究的には初回から使うと効果が高いと言われています。ただ、欠点としては薬価が高いことと、ずっと服用し続けなければいけないことですね」

慢性リンパ性白血病は染色体17pが欠失していたり、TP53遺伝子に異常がある場合、抗がん薬が効きにくく、予後(よご)が悪いことが知られている。しかし、イムブルビカは染色体17pが欠失していても効果が期待できる点も大きい。さらに、単剤で効果が得られるのも優れた点だが、様々な薬との併用療法の臨床試験も行われている。

例えば、今年8月にはリツキサンとの併用がFCR療法と比較して、70歳以下の慢性リンパ性白血病患者の初回治療に有効との報告も出されている。[E1912試験:3年無増悪生存率(PFS)89.4% vs. 72.9% 全生存率(OS)98.8% vs. 91.5%]。今後、最も広く使われる可能性の高い治療薬だ。

再発・難治例に保険適用された分子標的薬ベネクレクスタ

そして、今年5月、米国食品医薬品局(FDA)が慢性リンパ性白血病/小リンパ球性リンパ腫に承認したのが、BCL-2というタンパク質の働きを阻害する分子標的薬ベネクレクスタ(一般名ベネトクラクス)だ。米国でも希少疾患用医薬品指定を受けてのスピード承認だったが、その4カ月後、日本でも驚くような速さで承認された。11月19日に薬価(1日薬価30,404.4円)が決まり、まもなく販売開始となる予定だ。

ベネクレクスタも再発・難治例に対する2次治療の治療薬として保険が適用されたので、いずれはイムブルビカのように初期治療にも使えるようになるのではないかと期待したいところだが、「今日、初期治療としてはFCR療法、BR療法、イムブルビカと3つの治療法があり、とくにイムブルビカは副作用も少なく選択肢としての可能性が高いです。今のところベネクレクスタが初期治療においてイムブルビカより有効との報告もないので、欧米でも位置づけは2次治療です。すぐ初発に適用が拡がるわけではありません」と山本さん。

ベネクレクスタは現在、日本ではリツキサンとの併用が一般的とのこと。また、これら3つの分子標的薬は今、様々な薬剤との併用療法で複数の試験が同時に行われているという。まさに、ドラッグ・ラグが解消され、世界の最新治療が届き始めた印象がある。

「多くの製薬会社が米国での承認をめざして治験を行い、そこに日本や欧州諸国も参加して同時に試験を行うことが増えました。そうすれば同時に結果が出るので、比較的承認の遅れがなくなっていると思います」

なお、ベネクレクスタに関しても問題は薬価だそうだ。それでも、新しい2次治療薬が登場したことは、患者にとって大きなニュースだ。

遺伝子検査ができなくても治療はできる

相次いで分子標的薬が承認された慢性リンパ性白血病。予後因子として病期分類、全身状態、染色体17pの欠失やTP53遺伝子の変異のほかに、様々な染色体異常や遺伝子変異、がん細胞表面に発現する分子がある。つまり、患者の遺伝子を調べ、的確な分子標的薬を用いれば、効果が高くて副作用の少ない治療が受けられると考えられるが、実際にはそこまで現状は追いついていないと山本さんは言う。

「欧米では17p欠失とTP53の変異が治療アルゴリズムに載っていますが、日本ではTP53の検査が保険適用になっていないので、17pまでしか記載されていません。T細胞の抗原認識シグナル伝達に必須のZAP-70遺伝子の変異や免疫グロブリン重鎖可変領域(IgHV)の変異については、保険では検査ができません」

しかし、遺伝子検査ができないから治療に大きな支障が生じるかというと、そうでないという。

「研究面では不利だと思いますが、臨床的には遺伝子検査ができなくても治療はできます。患者さんの効きやすさを予測するという意味で、検査にもメリットはあると思いますが、それじゃ予後の悪い因子があったらどうするのかというと、悪くても今ある薬で治療することになります。やはり病期分類や患者さんの全身状態を見ながら治療開始時期を見定め、治療することになります」

しかも、慢性リンパ性白血病は白血病の中でも分子標的薬が広く効きやすいがんだと語る。

「例えば、急性骨髄性白血病でも急性リンパ性白血病にも非常にたくさんのタイプがあります。そのため、タイプが合えば分子標的薬は劇的に効きますが、効かないタイプも多いことになります。その点、慢性リンパ性白血病はむしろ変化の少ないがんで、割と『みんなに効く』という感じじゃないかと思います。白血病全体の中では分子標的治療がむしろ進歩していて、欧米と遜色なく治療できると思いますね」

高齢者に発症が多く、進行が非常にゆっくりなため、天寿をまっとうする人もいる。悪性腫瘍ではあるが、長い目で見て、病気を上手に抑え込み、症状が出ないようにしていくことが大切だ。

「完治しないというと悲観的に捕える人もいますが、糖尿病だって高血圧だって完治しないことが多く、一生薬を服用し続けますよね。慢性リンパ性白血病も治療が進歩し、こうした慢性病に近くなってきたと思います。選択肢が増えて、われわれ医療者には悩ましいこともありますが、今まで治療法が少なく、しかも薬が効かなくて治療が難しかった人も治療できるようになり、よかったと思います」

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