慢性骨髄性白血病~新薬の登場で完全治癒への期待がふくらむ 新しい分子標的治療薬がもたらすインパクト

監修:高橋直人 秋田大学医学部血液・腎臓・膠原病内科講師
取材・文:七宮 充
発行:2011年9月
更新:2013年7月

選択性が最も高い分子標的治療薬タシグナ

[図2 ニロチニブのBcr-Abl蛋白への選択力とブロック力]
図2 ニロチニブのBcr-Abl蛋白への選択力とブロック力

[図3 ニロチニブの効果(分子遺伝学的効果の累積達成率)]
図3 ニロチニブの効果(分子遺伝学的効果の累積達成率)

[図4 ニロチニブの効果(分子遺伝学的完全寛解の累積達成率)]
図4 ニロチニブの効果(分子遺伝学的完全寛解の累積達成率)

繰り返しになりますが、CMLの治療では、白血病細胞を早いうちに減らして、移行期、急性期への進行を食い止めることが重要です。

また、CMLはBcr-Abl病ですから、Bcr-Abl蛋白の働きのみを強く抑える必要があります。タシグナは、グリベックの構造を改良したもので、発症原因であるBcr-Abl蛋白により強く結合するように設計されています。このためBcr-Abl蛋白をブロックする力が強く、試験管レベルではグリベックの20~30倍にのぼることが明らかにされています(図2)。

また、グリベックも当初は、発症原因であるBcr-Abl蛋白だけをターゲットにする薬として開発されましたが、実際にはそれ以外の蛋白を阻害する作用のほうが強く、Bcr-Abl蛋白をブロックする力は3番目でした。タシグナはこの順番を入れ替え、発症原因であるBcr-Abl蛋白にもっとも強く結合するよう工夫されています。

さらに、タシグナはBcr-Abl蛋白以外のターゲットを阻害する作用がグリベックより抑えられているため、副作用で グリベックが飲めなかった患者さんにも継続して服用できるようになる可能性があります。

一方、スプリセルはこれとはまったく異なるコンセプトで開発されたものです。もともとは、別の酵素をブロックするのが目的でしたが、Bcr-Abl蛋白も阻害することがわかり、CMLの治療薬として導入されました。

発症原因のBcr-Abl蛋白だけでなく他のさまざまな蛋白の働きを抑えるところから「マルチキナーゼ阻害薬」と呼ばれており、これがスプリセルの大きな特徴となっています。

タシグナの効果は、臨床試験でも実証されています。その1つが「ENESTnd」と呼ばれる国際共同試験です。

CMLの患者さんを、タシグナ群とグリベック群に分け、治療効果を比較したもので、投与2年の段階でグリベック群では分子遺伝学的効果()���MMR)に達したのが44パーセントだったのに対し、タシグナ群では71パーセントにのぼっていました(図3)。

分子遺伝学的効果(MMR)とは、治療開始前100パーセントだった白血病細胞が0.1パーセントまで減少したことを意味します。また、白血病細胞が0パーセントに極めて近づく分子遺伝学的完全寛解()(CMR) は、グリベック群の9パーセントに対し、タシグナ群では25パーセントでした(図4)。

分子遺伝学的効果=MMR(major molecular response)
分子遺伝学的完全寛解=CMR(complete molecular response)

実際、臨床の場でも有効性の高いタシグナ

[図5 症例Aさん(20歳代の男性):
ニロチニブの投与によって9~12カ月でMMRに到達]

図5 症例 Aさん(20歳代の男性):ニロチニブの投与によって9~12カ月でMMRに到達

(提供:秋田大学医学部 高橋ら)

[図6 症例Bさん(70歳代の男性):
イマチニブからニロチニブへの切り替えによって6カ月でMMR、12カ月後にはCMRへ]

図6 症例Bさん(70歳代の男性):イマチニブからニロチニブへの切り替えによって6カ月でMMR、12カ月後にはCMRへ

(提供:秋田大学医学部 高橋ら)

こうした結果を踏まえて、高橋さんもグリベックではなくタシグナを第1選択薬として使い、効果を実感しています。たとえば、20歳代のAさん(男性)は、別の病気で秋田大学病院を受診。白血球が16万個を超えていたため精密検査を行い、CMLと診断されました。発見が遅れたため、病状はかなり進んでいました。そこで、タシグナで治療を開始したところ、9~12か月で分子遺伝学的効果(MMR)に達し、以後もその状態で安定しています(図5)。

また、70歳代のBさん(男性)の場合は、グリベックによる副作用に加え、BCR-ABL遺伝子の突然変異のためグリベックが効かなくなり、タシグナに切り替えました。

その結果、グリベックによる皮疹と疲労感は消失し、約12カ月で分子遺伝学的効果(MMR)よりさらに上の治療目標である分子遺伝学的完全寛解(CMR)まで到達しました(図6)。タシグナの副作用としては、発疹、頭痛、貧血、出血しやすいなどがありますが、問題となるような重い症状はみられなかったということです。

最終ゴールは治癒をめざす

分子標的治療薬グリベックは、 CMLの治療を劇的に変えまし た。そして第2世代のタシグナ、 スプリセルは新たな扉を開こう としています。

高橋さんは「治療のゴールは分子遺伝学的完全寛解(CMR)から治癒をめざし、新しく戦列に加わった2剤で、その目標にどこまで迫れるかが今後の課題です」と話す。


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