渡辺亨チームが医療サポートする:慢性骨髄性白血病編

サポート医師●楠本 茂 名古屋市立大学病院血液・膠原病内科チーフレジデント
取材・文●林 義人
発行:2007年5月
更新:2019年7月

フィラデルフィア染色体が再び増加。グリベックの増量にドナーリンパ球輸注

 杉田健次さんの経過
1998年
5月30日
慢性骨髄性白血病と診断
6月20日 妹から骨髄提供を進言
7月10日 骨髄移植
2005年
11月
移行期再発と診断。グリベックによる治療開始
2006年
1月
血液学的完全寛解。フィラデルフィア染色体が減少し、細胞遺伝学的部分寛解に
10月 再びフィラデルフィア染色体の増加。グリベック増量ドナーリンパ球輸注の準備
12月 ドナーリンパ球輸注実施

慢性骨髄性白血病の移行期再発が認められた杉田健次さん(50)は、分子標的薬グリベックの治療を受けると、2カ月ほどで血液学的完全寛解になるまで回復した。

しかし、9カ月後には再びフィラデルフィア染色体の増加が認められた。

医師はグリベックの増量をはかるとともに、ドナーリンパ球輸注を行うことを提案。

杉田さんはこの治療に希望を託すことになった。

(ここに登場する人物は、実在ではなく仮想の人物です)

3カ月で白血球数は正常に

2005年11月28日、3日前に慢性骨髄性白血病の再発を告げられた杉田さんはT大学病院へ入院する。7年前に骨髄移植ドナー(提供者)となってくれた妹・圭子さんも病院に駆けつけ、主治医の太田医師から現在の状況や今後の治療方針についての説明を一緒に受けた。

杉田さんが、グリベック(一般名メシル酸イマチニブ)の服用を始めたところ、1~2週間ぐらいで顔面のむくみや吐き気が出現した(*1グリベックの副作用)。白血球と血小板の数値も低下傾向にあったが、幸いその後も輸血は不要で、発熱もないまま治療が継続できた。

再発がわかるまで、杉田さんは高脂血症の治療を受けていたが、医師から服用を止めるようにとの指示があった。グリベックは、高脂血症治療薬の体内代謝を抑えて薬効を強め過ぎる心配があるからだという。

また、抗生物質などを使用するとグリベックの血中濃度が高まり、その作用が強く出過ぎる心配があるので、怪我をしないようにと注意を促された(*2注意すべき併用薬や食品)。

入院から1カ月が過ぎた年の瀬、まだ顔面��むくみは残っていたが、検査を受けると白血球、血小板の数値が正常範囲になっていた。

そんななか、太田医師からうれしい話があった。

「お正月はご自宅でお迎えください。それで何もなければ、そのまま退院していただくことにしましょう。移植後、再発に対するグリベックの効果はまだ報告が少ないため、慎重に経過観察する必要があります。今後も定期的に採血や骨髄穿刺を行っていきます」

家で年を越した杉田さんは、年明け早々に無事退院した。

2006年1月の骨髄検査の結果では、20個中10個だったフィラデルフィア染色体陽性細胞が2個に減少していることが確認された。

グリベックを飲み始めて3カ月を過ぎた頃には、顔面のむくみもなくなり、体調も以前と同じ状態となっていた。

太田医師が話す。

「まだフィラデルフィア染色体は残っていますが、グリベックの効果は持続しています。現在は細胞遺伝学的部分寛解と言えます。今後もさらに効果が現れることもあるので、完全寛解を目指して、グリベックの使用を継続しましょう(*3完全寛解と部分寛解)」

グリベック増量の間にドナーリンパ球輸注を

2006年10月の受診で、医師から杉田さんに先月の骨髄検査の結果や今後の治療法が話された。

「じつは先月の染色体検査でフィラデルフィア染色体が20個中5個まで増えてきています。この数字は、グリベックの効果としては十分ではありません(*4グリベック抵抗性)。現在1日600ミリグラム投与のグリベックを800ミリグラムに増量してみましょう。その間にドナーリンパ球輸注の準備を進めてはどうかと考えています(*5ドナーリンパ球輸注の選択)」

その理由についてもこう述べている。

「グリベックが出る以前は、慢性骨髄性白血病の移植後再発にはドナーリンパ球輸注が効果的な治療法の1つでした。この治療法は、腫瘍量が少ない慢性期再発には高い効果が得られるものの、移行期や急性転化再発においては効果が限られています。また、副作用として、GVHD(移植片対宿主反応病)を伴うこともあり、致死的になるケースもあります。したがって、移行期での再発だった杉田さんの場合はすぐにドナーリンパ球輸注をするよりも、まずグリベックを使って悪い細胞を減らすことがより良い方法だと判断したのです。
再度、造血幹細胞移植を行うことも可能です。しかし、ドナーリンパ球輸注でも長期間持続した効果が得られることが報告されています。直接、比較はされていませんが、悪い細胞が少ない状況では造血幹細胞移植と遜色ない成績と考えられています」

ドナーリンパ球輸注で分子遺伝学的完全寛解に

杉田さんは10月30日から、1日800ミリグラムという高用量グリベックの治療投与を受け始めた。

1カ月後の骨髄検査では、フィラデルフィア染色体の増加が見られないものの、明らかな改善はなかった。そして、12月3日には、ドナーリンパ球輸注目的で入院することとなった。

その1週間後、圭子さんの静脈より輸注した。造血幹細胞移植と異なり、前処置と呼ばれる抗がん剤や全身放射線照射はなく、免疫抑制剤も併用しなかったので副作用が現れた自覚もない。

2週間後のクリスマスイブの日、医師から、年始年末は自宅で過ごすよう告げられる。

2007年1月15日、GVHDの兆候はなく、体調はすこぶる良好である。しかし、医師から「先週の骨髄検査では血液学的完全寛解は保たれているものの、まだFISH法(6月号参照)ではフィラデルフィア染色体は残っています」と聞かされた。そのため前回の約5倍の細胞数を使って、2回目のドナーリンパ球輸注が行われた。

2月20日、医師よりうれしい説明があった。

「先週の骨髄検査で、フィラデルフィア染色体が消失しました。それに、GVHDなどドナーリンパ球輸注の副作用はほとんど出ていません。今後、その症状が出てくることがあるかもしれないので要注意ですが、採血結果も良好なので外来通院としますが、グリベックは継続していきましょう」

その後、3月下旬の外来では、細胞遺伝学的完全寛解を維持しているだけでなく、ついに分子遺伝学的寛解になった。

そんななか、自宅でインターネット検索をしていた杉田さんは、慢性骨髄性白血病の治療の新薬として、ダサチニブ*6)(商品名スプリセル)という分子標的薬の臨床試験が海外で進められていることを知った。その薬は、グリベックに耐性・治療抵抗性を持った患者さんに対しても効果が期待されているという。 後日、杉田さんは医師に尋ねた。

「ダサチニブというのはどのような薬なのでしょうか?」

「まだデータは不十分ですが、最近、新薬の承認が少しずつ早くなっているので、おそらく数年のうちに日本でも保険適用になるでしょう。再発した慢性骨髄性白血病でもあきらめる必要のない時代になってきたのです」


同じカテゴリーの最新記事