渡辺亨チームが医療サポートする:慢性骨髄性白血病編

サポート医師●楠本 茂 名古屋市立大学病院血液・膠原病内科チーフレジデント
取材・文●林 義人
発行:2007年5月
更新:2019年7月

渡辺亨チームが医療サポートする:慢性骨髄性白血病編―3

楠本茂さんのお話

*1 グリベックの副作用
[グリベックの副作用]
図:グリベックの副作用

グリベックは、慢性骨髄性白血病の症状を生じさせるチロシンキナーゼという物質を狙い撃ちにする分子標的薬なので、抗がん剤のように正常細胞に作用することはあまりなく、多くの場合は継続治療することが可能です。

注意すべき主な副作用としては投与初期の血球減少があり、最初の1カ月間は血液検査を何度も行い、程度に応じて薬の減量や中止をします。

他に、筋肉の痙攣や目蓋のむくみ浮腫、嘔気、嘔吐、筋肉痛、皮膚の発疹、骨痛、関節痛などが見られます。また、頻度は多くありませんが、心不全の報告がありますし、過剰反応の現れる人や妊婦や妊娠の可能性のある女性への投与は禁忌となっています。

*2 注意すべき併用薬や食品

グリベックは他の薬と一緒に飲むと、その薬の影響を強く出させてしまったり、逆に併用薬がグリベックの作用を強め過ぎたり弱めたりすることがあります。

注意を要する代表的な薬は、抗生物質、高脂血症治療薬、催眠剤、抗不安薬などです。また、一部の健康食品やグレープフルーツジュースなどと一緒に摂取することを避けるよう指示されています。

グリベックの治療を受ける場合、他の薬を飲んでいたり、新しく飲みたい場合は、必ず主治医に相談してください。

[グリベックとの併用に注意する必要のある薬剤と食品]

薬剤名(製品名) 薬の種類 臨床症状
アゾール系抗真菌剤(フルコナゾール) 水虫などカビによる感染症の薬 グリべックの血中濃度が上昇し、グリべックの作用が強く出る可能性があります
エリスロマイシン(エリスロシンなど) 抗生物質
クラリスロマイシン(クラリシッドなど)
フェニトイン(ヒダントールなど) 抗てんかん薬 グリベックの血中濃度が低下し、グリベックの効果が落ちる可能性があります
デキサメタゾン(オルガドロンなど) 副腎皮質ホルモン剤
カルバマゼビン(テグレトールなど) てんかん、躁病などの薬
リファンピシン(リマクタンなど) 抗結核薬
フェノバルビタール(フェノバールなど) 不眠症や不安などの薬
セイヨウオトギリソウ
(セントジョーンズワート)含有食品
不安や気分の落ち込みに
よいとされている健康食品
シンバスタチン(リポバスなど) 高脂血症(高コレステロール血症)の薬 グリベックにより、これらの薬の代謝が抑えられ、これらの薬の血中濃度が上昇する可能性があります
シクロスポリン(ネオーラルなど) 免疫機能を抑える薬
ピモジド(オーラップ) 統合失調症や自閉症の薬
トリアゾラム(ハルシオンなど) 不眠薬の薬
ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗剤
(アダラートなど)
高血圧や挟心症の薬
ワルファリン(ワーファリンなど) 血液を固まらないようにする薬 ワルファリンの血中濃度が上昇する可能性があります
アセトアミノフェン(ビリナジンなど) 非ピリン系の解熱鎮痛剤
(市販のかぜ薬に多く含まれています)
肝臓障害作用が強く出る可能性があります
グレープフルーツジュース   グリベックの血中濃度が上昇し、作用が強く出る可能性があります

*3 完全寛解と部分寛解

白血病の治療効果を示す上で、「寛解」という言葉をよく用います。寛解とは、病気が改善した状態を言います。病気は見た目では改善しても、検査で残っている場合は「部分寛解」と呼んでいます。病気を思わせる症状がなくなり、検査でも病気に関係する数値が正常になった状態を「完全寛解」と言います。ただし、その検査にも限界があって、検査で見つからなくても白血病細胞が残っている場合があります。そのために本当に病気が治った「治癒」と区別して「完全寛解」という言葉が用いられています。

慢性骨髄性白血病の治療では、病気の状態を見る検査法(6月号参照)によって、「血液学的完全寛解」「細胞遺伝学的完全寛解」「分子遺伝学的完全寛解」といろいろなレベルの寛解があります。

・血液学的完全寛解
採取した血液中の赤血球、白血球、血小板の数と白血球分画(白血球の種類)を測定し、それらが正常値を示し、さらに骨髄中の芽球の消失・脾腫(脾臓が腫れて大きくなった状態)がなく、髄外病変の消失が認められた状態を差す、いちばん低いレベルの寛解と言えます。この段階では慢性骨髄性白血病の原因となるフィラデルフィア染色体を持った白血病細胞が体内に数多く残っていると考えられます。

・細胞遺伝学的完全寛解
20~100個の骨髄細胞のうち、何個(何パーセント)が白血病細胞であるかを調べる細胞遺伝学的検査を行い、フィラデルフィア染色体を持つ白血病細胞を見つけることができなくなった状態を言います。ちなみにフィラデルフィア染色体が1~35パーセントまで減少した状態を細胞遺伝学的部分寛解と呼びます。骨髄細胞を特殊な方法で染色して、染色体を顕微鏡下で調べる「Gバンド法」や、目的とする遺伝子に蛍光色素による印を付け、色の変化をもとに、異常細胞を見付け出す「FISH法」などで検査する中間レベルの寛解です。

・分子遺伝学的完全寛解
PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法)という特殊な検査で10万~100万個の細胞について調べ、白血病細胞が検出されなくなった状態の、いちばん高レベルの寛解と言えます。

[慢性骨髄性白血病の寛解のレベル]

図:慢性骨髄性白血病の寛解のレベルみ

*4 グリベック抵抗性

移行期の患者さんを対象としたデータで、グリベック開始後1年時の治療失敗割合は、治療開始時血液学的進行と付加的染色体異常を両方示す場合で68パーセント、血液学的進行のみでは31パーセント、付加的染色体異常のみでは0パーセントとの報告があります。

どのようなメカニズムでグリベック治療抵抗性が現れるのかについては、いくつかの報告があります。グリベックはBCR-ABLチロシンキナーゼにくっつき、その働きを抑えるように設計された薬ですが、そのチロシンキナーゼの構造が変化し、くっつくことができなくなっていることが多く報告されています。

一般にグリベックの効果が十分でないときの対策として、グリベックの増量やインターフェロンやキロサイドの併用、条件が整えば同種造血幹細胞移植療法などがあります。

しかし、チロシンキナーゼの構造が変化するケースでは、グリベックの増量が全く奏効しない場合があることも報告されています。移植後再発では、ドナーリンパ球輸注も選択肢となります。

*5 ドナーリンパ球輸注の選択

ドナーリンパ球輸注(DLI=donor lymphocyte infusion:6月号参照)は条件が良ければ、GVHDを伴わずに長期間の寛解状態にすることができます。ただし、十分な効果があるのは「慢性期再発でかつフィラデルフィア染色体が少ない場合」という報告が多いのが現状です。

ドナー細胞を損傷させずに腫瘍細胞だけを選択的に少なくすることができるグリベックの登場により、移行期再発や急性転化再発においてもドナーリンパ球輸注の可能性が広がってくるかもしれません。

*6 ダサチニブ

ダサチニブは、慢性骨髄性白血病の原因となるBCR-ABL融合遺伝子とSRCキナーゼの両方を阻害する物質で、グリベック耐性になった患者さんにも効果が期待されている薬です。まだ、予備的なデータですが、2006年6月のASCO(米国臨床腫瘍学会)で、グリベックに耐性になった慢性骨髄性白血病患者に対しては、グリベックを増量するよりも、ダサチニブを投与したほうが有効であるとの試験結果が発表されました。

この臨床試験では、グリベック(1日に600ミリグラム以下投与)耐性となった慢性骨髄性白血病慢性期の患者さん150人を対象に、ダサチニブ(1日に140ミリグラム)投与群(101人)と、グリベック(1日に800ミリグラム)投与群(49人)とで比較をしました。

その結果、投与12週で、ダサチニブ投与群では、35パーセントが部分寛解、21パーセントが完全寛解となりました。それに対して、グリベック投与群では、29パーセントが部分寛解し、8パーセントが完全寛解となりました。

FDA(アメリカ食品医薬品局)は2006年、あらゆる病期(慢性期、移行期、急性(転化)期)の慢性骨髄性白血病で、グリベックなど既存の治療法が無効、または抵抗性となった成人患者を対象に、ダサチニブを迅速承認しました。現在、日本でも治験が進められているところです。


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