肉腫の治療を牽引する、GISTの患者、医療者一体の取り組み
腫瘍が巨大化・転移しても、新しい分子標的薬で明日へつなぐ

GIST患者の櫻井雄二さん。
精力的に患者会活動も行っている
前述のスーテントという新しい分子標的薬を用いて危機を脱し、生き生きと生活するGIST患者さんの事例を紹介しよう。
櫻井雄二さん(43歳)。家業の食品卸問屋で仕事をしている。
櫻井さんは、事が起こる前からお腹に異変を感じてはいたが、気にとめていなかった。それが2004年6月、突然腹痛をおこし救急車で病院へ運ばれた。MRI(磁気共鳴画像診断装置)で撮った画像には腹腔内に20センチ大の腫瘍が映し出されていた。
手術をすると、腫瘍は巨大になっているばかりか、すでに中心部は壊死して破裂しており、腹腔内に播腫が多数みられた。診断結果は「GIST」。
初めて聞く病名に、櫻井さん夫婦は呆然とした。
しかし、奥さんの公恵さんは思い直し必死の思いでインターネットを駆使してその病気のことを調べた。このネット情報が何よりのよりどころであった。
「真っ暗な部屋の中にいるのは怖いけど、明かりがあれば状況が見えて安心する。この病気についてわからないことばかりで、不安だったけど、同じ病気の患者さんから情報を得て、心強くなりました」
櫻井さんはそう述懐する。
綱渡りで危機脱出
その年の9月から、グリベックによる治療が始まった。最初は順調だった。むくみや吐き気など、多少の副作用はあったが、さほどひどくはなかった。
しかし2007年2月、便秘が悪化。MRIの検査をすると、取りきれなかった腫瘍が大きくなり再発していた。2008年2月に手術をし、3月からグリベックが増量された。
しかし、その効果もなく、3カ月後、今度は骨盤内に再々発が判明。ついにグリベックは中止となった。
望みの綱は絶たれた。新しい治療薬が出なければ、櫻井さんはそんな窮地に追い込まれていたかもしれない。
しかし、幸運なことに、綱は近くにころがっていた。グリベックに代わる新しいGISTの治療薬、スーテントがGIST患者さんたちの手で13万人の署名が集められ、米国承認から2年のタイムラグを経て、4月に承認になったばかりだった。
仲間の中で初のスーテント服用

「まさに綱渡りです。本当に認可されてよかった。再発により手術を繰り返すと体への負担がどんどん大きくなり大変です。スーテントが飲めるようになって助かりました」(櫻井さん)
GISTの患者仲間のうちでも、スーテント服用は櫻井さんが初めて。スーテントは、50ミリグラムを通常4週服用2週休薬のサイクル。しかし、櫻井さんは当初、血小板・白血球減少や甲状腺ホルモン低下をはじめ、口内炎、味覚症状などの副作用に悩まされた。とくに手を焼いたのは手足症候群といって、手足にしびれや発赤、腫れなどが起こる皮膚症状だ。
「とくに足の炎症がひどく、歩くのもつらいほどで、手もペットボトルを開けるのが困難な時もあります」(櫻井さん)
そのため、この用法・用量は2サイクルで止め、以後は37.5ミリグラムへ減量し、副作用の状況を見ながら投与している。
それからは副作用も随分と楽になり、仕事や生活も精力的にできるようになったという。
「スーテントは、休薬期間を長くとると耐性が出やすくなると聞いています。せっかく効いているのだから、そんなことはせず、副作用とも上手に付き合いながら長く飲み続けたいと思います」(櫻井さん)
転んでもタダでは起きない
こうした櫻井さんの闘病や副作用について、公恵さんの手でネット上に情報が流されている。
「私たちがネットから情報を得てとても勇気づけられたように、今度は恩返しがしたい。効果や副作用は人によって違うけど、具体的な事例を書けば皆さんの参考になるのではと思って」
はたして公恵さんのこの書き込みに対する反響は大きかった。
「皆さん、実体験に基づいた情報を欲しがっていることを実感しました」(櫻井さん)
「希少ながんになったのは仕方がない。でも転んでもタダでは起きない! この精神で行きたいです」
櫻井さん夫妻は、がんに負けず、とことん前向きだ。
GISTががんの一種であることすら知らない患者さんもたくさんいることも知った。
「それならば、勉強して、この希少な病気に関する情報を発信し、アピールしていくことが患者のつとめ!」