手術とガンマナイフの長所を生かした計画的コラボレーション 難しい脳腫瘍をより安全・確実に摘出

監修:小原琢磨 三愛病院脳神経外科部長
林基弘 東京女子医科大学脳神経外科講師
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2008年5月
更新:2013年4月

術前治療計画に3D画像を利用

この計画的コラボレーションで大きな役割を果たしているのが、ガンマナイフの治療計画用に林さんが作った3D画像だ。

ガンマナイフの照射部位は、0.1ミリ単位の精度でコンピュータ制御されている。しかし、いくらコンピュータが精密に照射しても、正常な脳を避けてどこにどのくらいの量のガンマ線を照射するか、どの穴の大きさのヘルメットを使って腫瘍全てに十分な量のガンマ線を照射するか、そのプランを立てるのは術者だ。その計画次第で、治療結果には大きな差が出る。だから、林さんはプランニングにこだわるのである。

ガンマナイフによる治療は、フレーム装着、画像検査、治療計画、治療という4つの過程に分かれる。フレームは、MRIやCTの画像から位置情報を割り出す指標になるもので、治療時には頭をガンマナイフ本体に固定する器具になる。そこで、皮膚に注射で局所麻酔をして4つのネジで頭にガッチリと止める。その上で、MRIで0.5ミリの厚さにスライスした画像を数百枚撮影する。これを専用のコンピュータに入れて、ガンマプランというソフトで再構成し、脳腫瘍の形や位置を確認して、プランニング、つまり治療計画を立てる。ここまでしっかりやっておけば、あとはコンピュータが照射してくれる。実際の治療時間は1~2時間だそうだ。

この過程で、林さんは患者さんに腫瘍の大きさや位置などをわかりやすく説明するために、ガンマプランで3D画像を作っていた。「これが非常に鮮明な画像なので、術前評価に使えないか」と考えたのだ。

腫瘍や血管、神経まで立体的に見える3D画像は、自由自在に回転させることができる。あらゆる方向から腫瘍を見て、血管や神経が腫瘍にからんで危険なところはガンマナイフ、ここまでは手術と、治療前に相談しながら計画をたてることができる。小原さんは「脳の中の腫瘍の位置や形をあらゆる角度から見ることができるので、どこから腫瘍にアプローチするか、進入路もあらかじめ計画できるので、非常に役立ちます」と語っている。

そこで、治療前に3D画像を作り、治療戦略を立てることにしたのである。ちなみにこの時には、患者さんの負担を考えて麻酔が必要なフレームではなく、ボックスで頭を固定して画像撮影を行うそうだ。

手術前の腫瘍の画像

腫瘍の3D画像

↑(左)手術前の腫瘍の画像(中央)3D画像、手術で摘出する部位(緑)、ガンマ線を照射する部位(赤)、神経(青)、血管(オレンジ)に色分けされている(右)腫瘍摘出後のMR画像(ガンマ線を照射する前)

←腫瘍の3D画像(緑色が手術でとる部分、赤はガンマ線を照射するところ、青は神経、オレンジ色は血管)

↓(左)照射するガンマ線の線量が色分けしてある(右上 左の画像をヨコに切ったもの右下 左の画像をタテに切ったもの)


照射するガンマ線の線量が色分けしてある

がん治療の新しい方向性

脳外科の手術では、今、ナビゲーションシステムといってMRIなどの画像を元に横断面や輪切り面など脳の断面図を3方向から再現し、今脳のどの部分で手術しているか、現在地がわかるようになっている。手術室に並べられた画像を見ながら立体像をイメージして手術していた時代とは、雲泥の差だ。さらに、メーカーに協力してもらって、最新のナビゲーションシステムには、林さんが開発した3D画像も術野に投影できるようになったそうだ。

「最新の手術用顕微鏡は、顕微鏡で見た術野の中に3D画像をはじめCT、MGIなどあらゆる情報をボタン1つで引き出せます。ですから、術者は術野から目を離さないで助手とディスカッションもできる。これによって、手術はより安全に早くできるようになりました」と小原さんは語る。

こうしたシステムを利用して、コラボレーション治療が始まって1年半あまり。対象となった患者は8例に上っている。いずれも、頭蓋底など難しい位置にできた良性腫瘍だ。ところが、「このシステムを利用するようになってから手術が非常にうまく行くようになって、結局3分の1の患者さんは腫瘍が取りきれてガンマナイフの必要がなくなってしまいました。合併症も一過性の眼瞼下垂が1例あっただけで、全員元気に退院しています」と小原さん。

頭蓋底の手術には、ふつう10時間以上かかるというが、この8例の手術時間は平均すると5時間前後。半分近くに短縮している。基本的に、手術から半年おいてガンマナイフを実施するが、まだ始めたばかりなので、ガンマナイフまで治療が進んだ人は2人だけだそうだ。半年に1度経過を観察しているが、経過は良好。

どちらがいいかではなく、ピンポイントで攻撃するガンマナイフの利点と確実に腫瘍を減量する手術の利点を生かせば、難しい部位の脳腫瘍もより安全、確実に早く治療できる。林さんと小原さんのように専門の違う医師が同等の立場で手を組んで治療にあたることはまだ多くはないが、がん治療の新しい方向性をも示した治療ではないだろうか。

[これまでの手術実績]

性別 年齢 腫瘍の場所と大きさ 手術時間 術後の髄液漏 外転神経麻痺
F 71 前頭蓋底に位置し、鞍結節~蝶形骨縁内側~
海綿静脈洞から発生7cm大
10:37~17:18 6h41m なし なし
F 65 小脳橋角部
25×30mm
10:22~14:39 4h17m なし なし
F 73 中頭蓋窩(蝶ネクタイのような形をした窩み)左
35×40mm
10:17~14:42 4h25m なし なし
F 63 右前頭蓋底~中頭蓋底にかけて
35×38mm
10:33~15:47 5h14m なし なし
M 55 右 錐体斜台部髄膜腫
33×35mm
11:38~17:25 5h47m なし なし
M 47 左 錐体斜台部髄膜腫
30×22mm
11:15~17:36 6h21m なし なし
F 70 左前頂 巨大髄膜種
57×56mm
10:17~13:00 2h43m なし なし
M 52 嗅溝(大脳縦裂に最も近く、これと並行して走る溝)
の頭蓋底腫25×28 mm
10:46~14:21 3h35m なし なし


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