患者の視点に立ち、治療の流れに沿ってさまざまな治療法を集約してまとめた 乳がんの新『薬物療法ガイドライン』は、ここが大きく変わった
薬物療法は個別化治療へ
ガイドラインの改訂内容には、治療法の新しい潮流が現れていると考えていい。そこで、乳がんの薬物療法は、今、どのような方向に向かっているのか、中村さんに解説してもらった。
「かつての術後薬物療法では、腫瘍の大きさ、リンパ節転移の有無や個数などから、リスク分類を行い、それに応じた治療が行われていました。それが現在では、1人ひとりのがんの個性を見分け、それに応じた治療が行われる個別化医療の方向に変化しています。ホルモン感受性とHER2過剰発現の2つが前面に出て、さらに遺伝子分析なども行われるようになっています」
オンコタイプDX、マンマプリントといった遺伝子分析は、日本では保険適応外だが、世界的には、こうした検査を行うのが趨勢だ。
術前治療も進みそうだ。手術前に腫瘍を小さくすることで、乳房温存率が高まるというメリットもあるが、腫瘍がある段階で薬物療法を行うことにより、薬が効くかどうかを確認できるという点も重要視されている。
「高額な薬を使う必要が生じた場合、術後治療だと、本当に効くかどうかを判断できません。しかし、術前治療なら、腫瘍が小さくなるかどうかで、その患者さんのがんに対する効果がわかります。治療の効果予測という面からも、術前治療の意義は高まっています」
新しい薬が開発されているが、それらは高価なことが多い。だからこそ、本当に効く患者さんだけに用いることが求められているのである。

薬物療法以外の分野の今後の改訂ポイント
薬物療法以外の分野(外科療法、放射線療法、検診・診断、疫学・予防)のガイドラインは、08年に刊行され、それから2年余りが経過している。次回の改訂で変更されそうな内容について、中村さんがまず挙げたのは検診についてだった。
「検診に関しては、マンモグラフィ(*)のエビデンスレベルが下がってきたことについて、結論を出して、きちんと表記する責任がありますね」
08年版のガイドラインでは、40代のマンモグラフィ検診は推奨グレードがB、50代以上の場合はAである。一方、エコーについては、エビデンスが十分でないため、推奨グレードC。エコー検診の臨床試験は日本でも進行中だ。
結論がどうなるか、現時点ではわからないが、重要な改訂ポイントになりそうだ。
外科療法に関しては、センチネルリンパ節(*)生検の扱いが変わりそうだ。この検査は、リンパ節郭清が必要かどうかを判断する目的で、これまでも標準治療として行われていたのだが、今年の4月にようやく保険適応となっている。
「非浸潤がんでも行うべきかどうか。術前化学療法を受ける患者さんに行うなら、化学療法の前がいいか後がいいか。いろいろな方法のうち、患者さんの置かれている状況によって最適の方法はどれか――といったことについても、きちんと答える必要があります」
08年版では、乳房再建手術が登場した。早期乳がんの乳房切除後の乳房再建は、再発の発見を遅らせるようなことはなく、安全性の面からも、QOL(生活の質)の面からも勧められる、となっている(推奨グレードB)。
「無理な温存手術をして乳房の形が損なわれるくらいなら、全摘して再建したほうが、美容の点からも、根治性の点からも望ましいのではないか、ということで推奨されたわけです。最近、再建する人が増えたため、乳房温存率が若干下がりました」
ただし、現時点では、自家移植による再建(背中の筋肉と脂肪、あるいは腹部の筋肉と脂肪を乳房に移植する方法)は保険適応だが、シリコンなどを入れる人工乳房は保険適応外である。
「人工乳房の素材に関しては、薬事承認の申請がすでにすんでいます。いつ認可されるかわかりませんが、承認されれば、それを機に再建が一気に増える可能性はあります」
*マンモグラフィ=乳房専用のエックス線撮影法
*センチネルリンパ節=腋窩リンパ節のうち、乳がんのがん細胞が最初にたどり着くと考えられるリンパ節。センチネルとは、「見張り番」という意味
患者向けガイドラインの作成には患者も参加

日本乳癌学会は、一般向けの『患者さんのための乳がん診療ガイドライン』も刊行している。09年に改訂第2版が出た。
「患者さんの中には、医師向けに作成された『乳癌診療ガイドライン』を読みこなしてしまう人もいますが、やはり専門用語が多いですし、一般的にはわかりにくいと思います。そこで、患者さん向けのガイドラインも作ってきました」
ただし、患者向けのガイドラインを作るのは、決してやさしくはなかった。第1版は、最初の原稿を医師が書き、それを看護師、薬剤師、患者が読んで、理解しにくい部分を訂正したうえで刊行したのだが、わかりやすさの点で、高い評価は得られなかった。
「第2版は、看護師、薬剤師、それから患者会の方たちに、最初から原稿を書いてもらいました。がん医療やがん薬物療法に関する専門看護師や認定看護師、さらに専門薬剤師もいますし、患者会の方たちもよく勉強していますからね。その原稿を医師がチェックするという方法にしたら、とてもわかりやすくなりました」
こうして誕生したのが第2版の患者向けガイドラインである。全ページカラー印刷で、淡く優しい色づかいも、この種の出版物にはふさわしいものだろう。 「09年版ですが、10年版の薬物療法のガイドラインに比べて、内容的に古くなっている部分はほとんどないと思います。今後は一般向けのガイドラインも、医師向けが改訂された半年~1年後に改訂版を出せるようにしたいですね」
乳がん診療に関する知識を整理するのに絶好の1冊である。
ガイドラインを読むときは保険適応かどうかを確認
患者さんをはじめとする一般の人が、ガイドラインを読むときに何に注意すべきなのか。
「ガイドラインには新しい治療法が出てきます。今回改訂された薬物療法のガイドラインにも、たくさんの薬が出てきますが、保険で承認されている薬ばかりではありません。その点には十分注意して読んでほしいですね」
乳がんの薬には、日本では使用が許可されていない“未承認”の薬もあるし、ほかの病気には使用が許可されているが、乳がんには許可されていない“保険適応外”の薬もある。ガイドラインには、それが明記されているので、見落とさないようにしたい。
「使えない治療法も網羅しているのは、日本の乳がん医療が世界水準に比べてどうなのかを、明確にしておきたかったからです。それが社会を動かす力になればと思っています」
次回の改訂で、未承認や保険適応外といった文字が減っていることを祈りたいものである。
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