「やわらかくて温かく、自然に近い乳房」を取り戻すために 脂肪と細血管で理想的な乳房を。オーダーメイドの新再建術
どこの脂肪が合うのか
40~50代で出産経験のある人は、たいてい乳房もやわらかく下垂しています。こうした人には腹部の脂肪が向くそうです。20~30代で出産経験がない女性だと、乳房も硬くて張っています。こういう人には臀部の脂肪が向くとのこと。お尻の脂肪は厚みがある上、繊維が多いので移植してもあまり下垂しないで張った乳房を作ることができるからです。
また、妊娠出産を希望する人に対しては、基本的に腹部の脂肪は使わず、お尻と太ももの脂肪を使っています。「筋肉が残っていれば、腹部から組織を移植しても大丈夫だという人もいますが、腹部の脂肪があるのにも理由がありますから」と佐武さん。お尻は、下側から組織をとると、お尻のくびれで傷跡も目立ちにくいそうです。
また、やせて腹部に脂肪がない人でも、太ももやお尻にはたっぷり脂肪がついているといいます。それでも、1カ所の脂肪では足りない場合は、「乳房の下側は太ももの脂肪を使ってボリュームを出し、上側は股の内側の組織を使って再建する」といった方法もあるそうです。このようにいくつかの異なる組織を組み合わせて行う再建術を、キメラ型乳房再建術と呼んでいます。
さらに、患者さんの希望に応じて「大きすぎる健常側の乳房を小さくして大きさを合わせたり、逆に再建術に使った組織の残りを健常の乳房に入れて、同時に豊胸術をすることもある」そうです。まさに、患者の希望が第一に考えられているのです。
乳房全摘術と一緒に再建を行う場合は、「正面から傷が見えないことが前提なので、胸の脇を切開して移植する組織を入れることが多い」と佐武さん。形成外科の仕事なので、さすがに傷もきれいです。

長い手術時間と最高齢
皮下脂肪が厚く残っている
皮下に自家組織移植
●大胸筋下にエキスパンダー挿入
皮下脂肪が薄い
皮下に自家組織移植

術前
↓

エキスパンダー挿入後
↓

エキスパンダー除去後に、
下腹部からの皮弁移植と乳頭乳輪再建術を行った
乳房再建にも、がんの摘出手術と同時に再建する1期再建と、がん手術が終わってから改めて再建を行う2期再建があります。
2期再建の場合は、すでに皮膚が萎縮していることが多いので、ほとんどの人がエキスパンダーを使って皮膚を伸ばしてから自家移植を行います。エキスパンダーとは文字通り「広げるもの」。実際は風船のようなもので、そこに生理食塩水を注入して少しずつ膨らませ、胸の皮膚を伸ばします。一般的には半年以上かかるそうです。
かつては、乳がん手術といえば胸の筋肉まですべて摘出し、あばらが浮きでる手術(ハルステッド法)が行われていた時代もありました。こうした手術を受けている人は胸の皮膚の量が足りず、エキスパンダーで皮膚を伸ばすことができないので、皮膚も含めて広範囲に移植をすることになります。こうした場合も、どこからでも組織をもってこられる穿通枝皮弁法が向くそうです。佐武さんは、広範囲の皮弁が必要な場合には、穿通枝をつなげて連携させて移植するなど、さまざまな方法を工夫しています。
そして、再建の仕上げが乳首や乳輪の再建です。乳首が大きければ反対側の乳房から半分もってきたり、乳輪は太もものつけねの少し色の濃い皮膚を使って作るのが一般的。入れ墨を入れることもあります。しかし、「このような方法は乳首の高さが失われ、しかも乳輪が広がる傾向があり、形態的にも新しい手法の開発が必要です」と佐武さん。今、耳の軟骨を土台に太ももの皮膚を巻き付けて乳首を作るなど、新しい手法を開発中です。
こうした方法で乳房再建術を受ける人は、年々増え続け、今では年間100人ほどの人が佐武さんの再建術を受けています。最高齢は80歳の女性だそうです。実際には、非常に精密な手術なので、再建には平均8時間、難しい場合だと10時間近くかかることもあるそうです。そのため、1日1人の手術が精一杯。手術は1年半待ちというのが現状です。

術後48時間のフォロー
その背景には、徹底したモニタリングによる成功率の高さもあります。「自家組織を移植する場合、失敗すれば傷は残る、バストはないままと、患者さんは非常に落ち込んでしまいます」。トラブルが起こるとすれば、術後48時間。万が一、この間につなげた血管が詰まるなどの事故があっても、早く見つければもう1度つなぎ直すことで移植した組織を助けることができるのです。そこで、術後48時間は1時間おきに、血流や移植した皮膚の色、温度、腫れなどをチェックしています。これほど厳密にチェックする機関は世界にもないそうで、その結果、横浜市立大学付属市民総合医療センターでは成功率98パーセント以上という高い数値を出しているのです。
ところで、乳房再建術は乳房を全摘した人に必要な手術と思いがちですが、佐武さんの患者さんは4分の1が乳房温存療法を受けた人です。温存療法が普及するにつれ、きれいとは言い難い形で乳房が残される人も増えてきたのです。
実は「温存療法後の再建のほうがはるかに難しい」と佐武さんはいいます。この場合、望ましいのは1期再建です。手術が1度ですむだけではなく、とった組織の大きさがすぐにわかる、放射線治療をまだ受けていないという利点があるからです。放射線照射を受けてしまうと、皮膚が壊死したり、乳房の周辺の血管も障害されて安全に移植できない心配が出てくるからです。
ちなみに、背中の脂肪組織を血管をつけたままグルリと反転させるような形で移植できれば、温存手術に再建手術を1時間足す程度で終わるそうです。乳房の下側を摘出した場合には、乳房の下の組織を同じように移植します。再建後に放射線治療を受けても、血流がしっかりしていれば、移植した組織が硬くなることもないそうです。
温存手術後の2期再建、つまりすでに放射線照射を受けている場合は、条件が厳しい上にエキスパンダーで皮膚を伸ばして移植し、さらに修正が必要になるので、1年半くらいかかります。全摘手術後の再建よりはるかに大変になるのです。
強い意志と具体的イメージを
このように、佐武さんが行っている自家組織による乳房再建術は、非常にフレキシブルで成功率も高く、個々の患者さんの希望を何より大切に考えられています。とはいえ、以前と全く同じ乳房が再建できるわけではなく、手術である以上、万が一の事故も考えられます。そうした点も十分に理解し、「医師まかせではなく、乳房を再建するという強い意志を持ち、どういう胸が欲しいのか具体的なイメージをきちんと伝えてほしい」と佐武さんは語っています。
また、新しい手法を工夫する中で新たな期待も出てきました。乳がん手術の後遺症で腕にリンパ浮腫のある患者さんの再建手術をした時、一緒にリンパ節も移植しました。すると1カ月でむくんでいた腕が5センチも細くなったのです。移植したリンパ節が伸びてリンパ液が流れるようになった可能性が考えられるとのこと。リンパ浮腫が改善できれば大きな朗報です。
ヨーロッパではすでに脂肪組織の元になる脂肪幹細胞を腹部や腰、太ももから採取し、胸に注入して乳房を作る技術も開発されています。こうした技術は日本でも研究が進んでおり、豊胸術や温存手術後の修正治療に用いられ始めていますが、「5年後ぐらいにはもっと普及するのではないか」と佐武さんは期待しています。そうなれば、乳房再建の方法もさらに進化するかもしれません。
同じカテゴリーの最新記事
- 高濃度乳房の多い日本人女性には マンモグラフィとエコーの「公正」な乳がん検診を!
- がん情報を理解できるパートナーを見つけて最良の治療選択を! がん・薬剤情報を得るためのリテラシー
- 〝切らない乳がん治療〟がついに現実! 早期乳がんのラジオ波焼灼療法が来春、保険適用へ
- 新規薬剤の登場でこれまでのサブタイプ別治療が劇的変化! 乳がん薬物療法の最新基礎知識
- 心臓を避ける照射DIBH、体表を光でスキャンし正確に照射SGRT 乳がんの放射線治療の最新技術!
- 術前、術後治療も転移・再発治療も新薬の登場で激変中! 新薬が起こす乳がん治療のパラダイムシフト
- 主な改訂ポイントを押さえておこう! 「乳癌診療ガイドライン」4年ぶりの改訂
- ステージⅣ乳がん原発巣を手術したほうがいい人としないほうがいい人 日本の臨床試験「JCOG1017試験」に世界が注目!
- 乳がん手術の最新情報 乳房温存手術、乳房再建手術から予防的切除手術まで
- もっとガイドラインを上手に使いこなそう! 『患者さんのための乳がん診療ガイドライン』はより患者目線に