乳がんは「全身疾患」と考えて、全身治療をすることが大切 これだけは知っておきたい乳がんの基礎知識
ガイドラインにそって、世界標準治療を行う

左乳房を手術、横から見た写真
(提供:聖マリアンナ医科大学乳腺・内分泌外科)
さて、そのガイドラインです。
今日では乳房温存治療が世界標準、とお話しましたが、患者さんにとっていちばん気になるのは、「自分のケースでは温存が可能なのか」ということだろうと思います。
患者さんが迷う理由の1つは、乳がんにはいろいろな治療法があるためです。手術があり、放射線治療があり、抗がん剤があり、最近ではがんが増殖するスイッチの1つが入らないようにしてしまう、分子標的薬(乳がんの場合はハーセプチンという薬が現在使えます)も使われます。さらに、女性ホルモンの影響を強く受ける、乳がんならではの特徴を利用した、ホルモン療法も行われています。
では、たくさんあるこれら治療法の中から、1人ひとりの患者さんにあった治療を、医師はどうやって決めているのでしょうか。
前段でもお話ししたように、今では乳がん治療の明確なガイドラインがつくられていますので、専門医はそれを参考に決めています。
ガイドラインは日本でも出されていますが、その主な情報源となっているのは、国際的合意が得られたガイドライン、ザンクトガレンの推奨(レコメンデーション)やNCCN(National Comprehensive Cancer Network 米国包括がんセンターネットワーク)のガイドラインです。
ザンクトガレンの推奨とは、2年に1度、スイスのザンクトガレンに世界中の乳がん専門医が集まり、情報交換した結果を、推奨という形で発表するものです。また、NCCNガイドラインとは、アメリカの代表的ながん専門病院の専門家によって運営されているネットワーク、NCCNが発表するガイドラインで、1年に少なくとも2回は最新情報を入れて再検討し、発表しています。
ちなみに、私たちの医療施設(聖マリアンナ医科大学)でも、これらのガイドラインを参考に患者さんの治療法を決めています。今日の乳がん治療において、「世界標準治療を適切なガイドラインにそって行うことで、一定の効果が得られる」ことは、1つの常識になっているといえるでしょう。
HER2の過剰発現 あるいは 遺伝子増幅 | HER2陰性 | HER2陽性 | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ホルモン反応性 | 高度反応性 | 不完全反応性 | 非反応性 | 高度反応性 | 不完全反応性 | 非反応性 | |||||
閉経状況 | 前 | 後 | 前 | 後 | 前と後 | 前 | 後 | 前 | 後 | 前と後 | |
リスク分類 | 低リスク | ホ | ホ | ホ | ホ | ||||||
中間リスク | ホ or 化→ホ | ホ or 化→ホ | 化→ホ or ホ | 化→ホ or ホ | 化 | 化→ ホ+ト | 化→ ホ+ト | 化→ ホ+ト | 化→ ホ+ト | 化+ト | |
ホ or化→ホ | ホ or化→ホ | 化→ホ or ホ | 化→ホ or ホ | ||||||||
高リスク | 化 | 化→ ホ+ト | 化→ ホ+ト | 化→ ホ+ト | 化→ ホ+ト | 化+ト | |||||
化→ホ | 化→ホ | 化→ホ | 化→ホ | 化 | 化→ ホ+ト | 化→ ホ+ト | 化→ ホ+ト | 化→ ホ+ト | 化+ト |
治療法を決める要素は、HER2、ホルモン、閉経状況、そしてリスク
では、たとえばザンクトガレンのガイドラインでは、どんな患者さんにどんな治療法が推薦されているのでしょうか。判断材料となる条件は以下の4つです。
- がん細胞にHER2受容体があるかどうか
- がん細胞に女性ホルモンの受容体があるかどうか
- 閉経前か、閉経後か
- リスクの程度
簡単に解説しましょう。HER2とは乳がん細胞の表面にあり、増殖に必要な情報を取り込む取り込み口(「受容体」といいます)の1つです。がんを増殖させるスイッチの1つ、ともいえます。これがたくさんあると、がん細胞がどんどん増殖してしまいます。分子標的薬ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)はこのHER2受容体にくっつき、HER2が細胞に情報を伝えるのを邪魔して、乳がん細胞の増殖を抑えます。しかし、乳がん細胞にHER2受容体が少なければ、その効果はあまり得られません。ですから、あらかじめがん細胞を採取し、HER2の多いタイプかどうかを調べ、陽性(多いタイプ)か陰性(少ないタイプ)かを判定するのです。だいたい3割の患者さんが、HER2陽性と判定されます。
(2)の女性ホルモン受容体も、同じような仕組みです。乳がんはホルモンに影響されますが、これは女性ホルモンががん細胞の「女性ホルモン受容体」にくっつくことで、がん細胞が増殖を始めるためです。
そこで、患者さんの女性ホルモンの分泌を抑えたり、体内の女性ホルモンが受容体にくっつかないよう、受容体をブロックしたりするのが、乳がんのホルモン療法です。しかし、この方法も同じく、乳房にできたがんの中に、女性ホルモン受容体のある細胞がたくさんなければ、治療効果は期待できません。そこで、がん細胞を採取して、あらかじめ陽性(受容体がたくさんある)か陰性(少ない)かを調べるのです。
また、女性は閉経前と閉経後では、体内のホルモン状況がまったく変わってきます。ですから、閉経前か閉経後かも大きな条件になります。そして、もう1つの条件が、がんの病理学的な状況です。これは「再発リスクの程度」で表されます。たとえば、しこりのサイズが2センチ以下、組織異型度は「グレード1」で、しこりの周辺に広がりがない、といったケースは、「低リスク」と判断されます。
4つの条件を一覧表にすると、上表のような24グループに分類した治療法の表になります。
実際のところ、乳がんは症状も、患者さんが望む治療や社会背景なども、1人ひとり違います。また、一口にがん細胞といっても、1つのがんの塊の中にはいろいろな細胞があり、HER2陽性のもの、陰性のもの、ホルモン感受性が陽性のもの、陰性のものなどが雑然と混じっています。
たとえば、採取したがん細胞のうち、10パーセント以上が陽性であれば、「ホルモン感受性が陽性」という言い方をしますから、中にはたった10パーセントしか陽性の細胞がふくまれていないケースもあります。
ですから、最終的にどんな治療法を選択するか、医師の判断が大きいのですが、それでもこうした治療法の表があると、患者さんは「自分のケース」を客観的に理解したり、医師の治療を信頼することができるのではないかと思います。
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