最初にきちんとした治療をしっかりやることがいかに大事か 乳房温存療法――あなたがまだ知らないその真実
遠隔再発は生存率の低下を招く
ところで、乳がんというのは、手術で取り切ったと思っても、まだ目に見えないがんが残っている恐れがある。手術以前にすでにがんが血管やリンパ管に入り込んで遠くの臓器に飛んでいる可能性もある。そうした微小がんが種になって、やがて再発を起こしてくるわけだ。再発の時期としては、リンパ節転移の有無に関わらず、早期の、術後2年ぐらいにピークがある。

「だから、治療の最初にしっかりと再発を防ぐ必要があります」

その再発のうち、局所の再発は放射線で、全身(局所および遠隔)の再発は薬物療法でたたき、再発を未然に防ごうというのが、乳房温存療法の考え方である。したがって、乳房温存療法は、手術だけではなく、手術後の放射線治療も、薬物療法も必須で、それらが三位一体となった治療なのである。
「放射線については、切除断端が陰性なら放射線を省略してもいいという考えもありますが、現在はかけるというのが基本です。ただ、放射線は嫌だという患者さんにはできませんし、膠原病の患者さんには放射線は禁忌となります」
これに対して、もう1つの薬物療法はとくに重要だと、神尾さんは言う。
「なぜかというと、遠隔再発(転移)は予後(生存率の低下)に影響があるというデータがあるからです。だからしっかりとした薬物療法で再発の芽をきちんと抑えておきたいのです」
閉経前と閉経後で異なる治療
では、この術後の薬物療法はどうしたらいいのだろうか。
「基本的には女性ホルモンに感受性のあるがん(ホルモンレセプター陽性)にはホルモン療法、女性ホルモンに感受性のないがん(ホルモンレセプター陰性)には化学療法、HER2が陽性の場合はハーセプチン(一般名トラスツズマブ)による治療が適応になります。実際にはリスクに応じてこれらを組み合わせて治療を行っていきます。ただし、非浸潤��んの場合は、転移はしないので基本的には薬物療法をする必要はありません」
簡単に言うと、女性ホルモンに感受性のあるがんというのは、女性ホルモンの働きを利用して増殖するタイプのがんで、女性ホルモンに感受性のないがんとは女性ホルモンに関係なく増殖するタイプのがんである。前者のタイプのがんは乳がん全体の約6割、後者のタイプは約4割とされている。ホルモンレセプターにはエストロゲンレセプターとプロゲステロンレセプターの2つがあるが、どちらか片方が陽性ならホルモン療法を行い、両方とも陰性の場合に化学療法を行うというのだ。
ただし、ホルモン感受性があっても、リンパ節転移がある場合などは、まず化学療法を行ってから、その後でホルモン療法を行うという。
ホルモン療法で注意しなければならないのは、閉経前と閉経後の女性では治療の種類が異なるという点だ。これは女性ホルモンの分泌の仕組みと関わっている。
閉経前の女性は、卵巣からエストロゲンが分泌されている。ところが、閉経になると、卵巣からはエストロゲンが分泌されなくなる。代わって、副腎皮質で分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)を材料にして、脂肪組織の中でアロマターゼという酵素の働きでエストロゲンが作り出される。
「閉経前の女性には卵巣からのエストロゲン分泌を止める薬であるLH-RHアゴニスト剤のリュープリン(一般名リュープロレリン)やゾラデックス(一般名ゴセレリン)を使いますが、通常これとともにエストロゲンの働きを抑える抗エストロゲン剤のノルバデックス(一般名タモキシフェン)などを併用して使用します。これに対して閉経後の女性にはアロマターゼの働きを阻害するアロマターゼ阻害剤という薬を用います」
閉経後の女性ならアロマターゼ阻害剤を
実は、以前は、閉経後の女性でも、術後の再発予防にノルバデックスが使われてきた。まだアロマターゼ阻害剤が開発されていなかったからだ。しかし、アロマターゼ阻害剤が出現すると、従来のノルバデックスの再発予防効果を凌駕することが明らかになった。そこで神尾さんは「閉経後の女性にはアロマターゼ阻害剤をファーストチョイス(第1選択)に使っています」と言う。
そのアロマターゼ阻害剤には3種類ある。フェマーラ(一般名レトロゾール)、アリミデックス(一般名アナストロゾール)、アロマシン(一般名エキセメスタン)の3つだ。効果はほぼ同等とされているが、術後早期の遠隔再発の抑制効果、ノルバデックス開始2~3年でアロマターゼ阻害剤にスイッチした場合の効果、ノルバデックスを5年間使った後にさらにアロマターゼ阻害剤を使った場合の効果をみるなど、いろいろな臨床試験が行われ、それぞれで有効性が確認されている。
「フェマーラについてのデータでみると、フェマーラは早期の遠隔再発を抑える効果が高く、ノルバデックスと比較して術後2年までの遠隔再発を30パーセント多く抑制したという結果が出ています。また、ノルバデックスを5年間施行後フェマーラをさらに使うことにより、リンパ節転移のある患者さんでの死亡リスクを有意に下げるという効果も示されています」
前述したように、術後早期に遠隔再発が多いことを考えると、遠隔再発を抑える効果は患者さんにとって喜ばしいものといえよう。また、長期内服でリスクが低下するとの結果にも期待し、注目したい。
こうしてみると、乳房温存療法は、最初の治療をきちんとやることが最も肝心ということのようだ。

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