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乳がんを24の病型に分類し、それに適した治療法を見つける 『乳癌診療ガイドライン(薬物療法)』のポイントをわかりやすく

監修:渡辺亨 浜松オンコロジーセンター長
取材・文:柄川昭彦
発行:2008年3月
更新:2014年1月

グレードDがつけられた2つの動注化学療法

[推奨グレードD(実践しないよう推奨)]

  • ホルモン受容体陰性乳癌に対してホルモン療法は有用か
  • 早期乳癌術後にホルモン補充療法を行うことは推奨されるか
  • 閉経前乳癌に対して、アロマターゼ阻害薬の単剤使用は有用か
  • 局所進行乳癌に対して局所動注化学療法は有用か
  • 妊娠期乳癌に対する化学療法の安全性は確立されているか
  • 乳癌肝転移に対して動注化学療法は有用か
  • 化学療法終了後、ホルモン療法中~終了後に妊娠は可能か
  • 乳癌治療として補完代替療法は有用か

推奨グレードDは、07年版で初めて登場した。04年版では、推奨グレードDを今回同様、定義はしてあったが実際に「D」という判定はくだされなかった。Cは「日常診療で実践することは推奨できない」となっていた。07年版では、Cは「実践する際は十分な注意をようする」となり、「実践しないよう推奨する」というD判定が、8つのクリニカルクエスチョンに下されたというわけだ。

推奨グレードDがつけられているのは、表(右)に示したような治療法である。これらは実践しないように推奨されている治療法なので、患者も知っておくとよいだろう。

注目したいのは、2つの動注化学療法が含まれていることだ。

『局所進行乳癌に対する局所動注化学療法は行うべきではない』

『乳癌肝転移に対して、動注化学療法を行うべきではない』

動注化学療法とは、動脈に入れたカテーテルを病変部近くまで送り込んでから、抗がん剤を注入する治療法。血管内治療とも呼ばれている。

「乳癌学会が、この2つの治療に推奨グレードDをつけた主な理由が2つあります。1つは、この治療が有用であることを示すエビデンスが不足していること。もう1つは、カテーテルトラブルで出血などを起こす危険性が高いことです。初版ではCでしたが、この3年間でエビデンスを重視するという考え方が定着してきたので、新版ではDとせざるを得ませんでした」

推奨グレードDをつけられた治療法は、07年ガイドラインが公表された後も、まだ行われているという。ガイドラインによれば、推奨グレードDは「患者に害悪、不利益が及ぶ可能性がある」治療法という意味だから、患者さんは十分注意すべきである。この件ついて、渡辺さんは次のように強調した。

「一部の施設で、血管内治療として、動脈内化学療法が行われているようですが、そもそも、がんは全身に広がっている状態では、一部の血管だけに薬を入れても意味がありません。
また、薬を動脈に入れても、結局は血液循環���乗って全身に効果を及ぼすわけですから、動脈に入れるという手技自体、あまり意味があるとは思えません。ガイドラインでは、正しい治療を普及させるという意味がありますから、動脈内注入には、厳しい対応となっています」

保険適応外の治療でもエビデンスがあれば推奨

ハーセプチンに関しても、初版にはなかった新しい内容が加えられている。

ハーセプチンは、HER2が過剰に発現している乳がんに効果がある治療薬で、従来は転移・再発治療に用いられてきた。渡辺さんによれば、この薬の登場は劇的な治療効果をもたらしたという。

「かつてなら手がつけられなかったようなタチの悪い乳がんに対して、ハーセプチンは効果を発揮します。そういう暴れん坊の乳がんが、ハーセプチンが登場したことによって、むしろ手なずけやすいがんになってしまったといえます」

ハーセプチンが転移・再発治療で素晴らしい治療成績をあげただけに、初期治療ではどうだろうかという点に関心が集まった。そして、HER2陽性の早期乳がんに対して、術後化学療法の有用性を調べた大規模な臨床試験が行われた。

その結果、化学療法だけの場合に比べ、化学療法にハーセプチンを併用すると、再発率が52パーセントも減少することが明らかになった。この結果は、世界最大のがん治療学会であるASCO(米国臨床腫瘍学会)で報告され、注目を集めた。

「2005年のASCOでこの結果が発表されたときには、会場の出席者が総立ちになり、10分ほどの間、拍手が鳴り止まないほどでした。そのくらいインパクトのあるデータだったわけです」

こうしたエビデンスがあるため、新版のガイドラインには、初期治療にハーセプチンを使う治療が、『推奨グレードB』として加えられている。Aではなく、Bになっているのは、臨床試験の観察期間が短く、長期の安全性などについてわかっていないためだ。

『HER2陽性早期乳がんに対してトラスツズマブ投与は有用である』

ガイドラインには、このように明記されている。しかし、この治療法を、厚生労働省はまだ承認していないのだ。

「術後にハーセプチンを使う治療法は、ヨーロッパやアメリカでは実用化し、すでに標準治療になっています。ところが、わが国では、現在の段階でも厚生労働省の承認が得られず、保険適応外の治療となっています。手続き上の問題とはいえ、行政の対応の遅さが目につきますね。患者さんのことを考えると、柔軟な対応が求められるのが現状です」

新版のガイドラインは、厚生労働省の承認が得られていない治療法であっても、エビデンスがあるなら推奨するという立場を取っている。これも、このガイドラインの特徴の1つといっていいだろう。

補完代替療法は存在せず行うべきでない

新版で新しく加わった内容に、補完代替療法がある。

『乳癌として補完代替療法は有用か』

というクリニカルクエスチョンに対し、『推奨グレードD』で、はっきりと次のような回答が記載されているのだ。

『乳癌の進行抑制や延命効果のある補完代替療法は存在せず行うべきでない』

補完代替療法には、(1)代替医療システム(伝統医学系統、民族療法、東洋医学など)、(2)エネルギー療法(気功、レイキなど)、(3)肉体的療法(カイロプラクティック、マッサージ療法など)、(4)精神・心体介入(精神療法、催眠、瞑想など)、(5)薬物学・生物学に基づく療法(漢方、サメ軟骨、食事療法、免疫療法などの先端医療)、といった内容が含まれている。 こうした治療法に手を出す患者さんが多いが、その理由を渡辺さんはこう説明する。

「乳がんの標準治療は進歩していますが、それでも限界があることは確かです。その一方で、がんの告知は進み、エビデンスも明らかにされています。つまり、がん治療の限界を明確にしたうえで、治療が進められていくわけです。たとえば、すでに転移している乳がんであれば、治るかもしれないという幻想を抱かせながらの治療ではなく、完治しないことを前提にして治療が進められるのです。患者さんが、どこかに救いを求めたいという心理状態になっても無理はないでしょう。しかし、代替療法への行き過ぎた依存は危険ですし、そこにつけこんで、無数の代替療法がはびこっている現状には、警鐘を鳴らしておく必要があります」

そこで、新版のガイドラインでは、エビデンスに基づき、補完代替療法を「実践しないよう推奨する」ことにしたのだ。進行抑制や延命効果を示すエビデンスがないのに加え、アガリクスによって劇症肝炎を起こした例が報告されるなど、有害事象が起こる可能性があることも、Dがつけられた理由の1つになっている。

これまでに主ながんに対する診療ガイドラインが出版されているが、補完代替療法に対してはっきりと判断を下しているのは、このガイドラインが初めてだという。

補完代替療法
・代替医療システム(伝統医学系統、民族療法、東洋医学など)
・エネルギー療法(気功、レイキなど)
・肉体的療法(カイロプラクティック、マッサージ療法など)
・精神・心体介入(精神療法、催眠、瞑想など)
・薬物学・生物学に基づく療法(漢方、サメ軟骨、食事療法、免疫療法などの先端医療)


★乳がんの進行抑制や延命効果のある補完代替療法は存在せず、行うべきでない!


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