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乳がんを24の病型に分類し、それに適した治療法を見つける 『乳癌診療ガイドライン(薬物療法)』のポイントをわかりやすく

監修:渡辺亨 浜松オンコロジーセンター長
取材・文:柄川昭彦
発行:2008年3月
更新:2014年1月

ザンクトガレン2007の合意内容を盛り込む

乳がんの治療に関しては、2年に1回、スイスのザンクトガレンにおいて国際会議が開かれている。その最終日に行われるコンセンサス会議は、世界の乳がん治療の方向性を決定づける重要なもの。ガイドラインの改訂に当たって、コンセンサス会議の合意内容を、意識しないわけにはいかなかったという。

ザンクトガレン2007が開催されたのが3月で、ガイドラインの新版刊行が6月だったため、日程的にはかなり厳しいものがあった。しかし、渡辺さんがコンセンサス会議のパネリストだったこともあって、公表される前の段階で、ザンクトガレン2007の合意内容を盛り込むことができたのだという。

「ザンクトガレン2007の合意事項は、従来とあまり変わっていないように見えるかもしれませんが、実は劇的に変わっています。治療の基本となる考え方が、がらりと変わっているからです。
これまでは、転移したリンパ節の数などからリスク分類し、そこから治療に入っていくという方向でした。それが、まずターゲットを見極めよ、というように変わりました。治療の入口がこれまでとは違っているのです」

ここでいうターゲットとは、ホルモン受容体とHER2を指している。まず、ホルモン受容体の状況はどうか、HER2は陽性か陰性か、といったことを見極めることから治療が始まるわけだ。そして、次の段階でリスクを検討し、その患者にふさわしい治療法を選択することになる。この考え方は、前に引用したクリニカルクエスチョン1の回答に反映されている。

ホルモン受容体の状況は、「高度内分泌反応性」「不完全内分泌反応性」「内分泌非反応性」という3段階に分類されている。また、HER2の状況は、「陽性」と「陰性」の2段階に分類されている。したがって、ホルモン受容体とHER2の状況にから、6つのカテゴリーに分けられることになる。

さらに、再発のリスクがどの程度あるかを判定する。この判定には、05年のザンクトガレンで採用されたリスク分類が、そのまま使われることになった。わきの下のリンパ節転移の数、腫瘍の大きさ、がん細胞のグレード(悪性度)、年齢、HER2状況、ホルモン受容体状況などから、「低リスク」「中間リスク」「高リスク」の3段階に分ける方法である。

新版のガイドラインでは、ザンクトガレン2007のこの考え方が、巻頭のクリニカルクエスチョン1に取り入れられている。そういう点からも、世界の乳がん治療に足並みをそろえた診療ガイドラインになっていると言えるだろう。

[治療手順の選択(ザンクトガレン 2007年)]

  ��度内分泌反応性 不完全内分泌反応性 内分泌非反応性
HER2陰性 内分泌療法
再発リスクに応じて
化学療法を考慮
内分泌療法
再発リスクに応じて
化学療法を考慮
化学療法
HER2陽性 内分泌療法
+ハーセプチン
+化学療法
内分泌療法
+ハーセプチン
+化学療法
ハーセプチン
+化学療法

基本24病型分類が公式に採用された

ザンクトガレン2007の合意内容には、渡辺さんが提唱した「基本24病型分類表」が表4として、採用された。日本から参加したパネリストの意見が全面的に取り入れたという点も画期的といえる。

ホルモン受容体状況、HER2状況といった生物学的特性でまず分類し、そこに3段階のリスク分類を取り入れ、さらに閉経状況(閉経前か閉経後か)を加えると、このような表ができる。

[治療標的およびリスクカテゴリーに基づく治療選択]各セル内の治療選択肢は推奨される順序で記載している

リスクカテゴリ| HER2/neu 遺伝子の過剰発現および/または増幅 HER2陰性 HER2陽性
内分泌反応性a 高度反応性 不完全反応性 非反応性 高度反応性 不完全反応性 非反応性
閉経状況 前および後 前および後
低リスク リンパ節転移陰性かつ以下のすべてに該当する症例:
pT≦2cm、グレード1、脈管浸潤がない、HER2(-)、
ERおよび/またはPgRが発現している、年齢≧35歳
Eb Eb Eb Eb            
中間リスク リンパ節転移陰性かつ以下の少なくとも1つに該当する症例:
pT>2cm、グレード2~3、脈管浸潤がある、HER2(+)、ERおよびPgRがともに発現していない、年齢<35歳
E
C→E
E
C→E
C→E
E
C→E
E
C C→E
+Tr
C→E
+Tr
C→E
+Tr
C→E
+Tr
C
+Tr
リンパ節転移1~3個陽性、かつERおよび/またはPgRが発現している、かつHER2(-) E
C→E
E
C→E
C→E
E
C→E
E
           
高リスク リンパ節転移1~3個陽性、かつERおよびPgRがともに発現していない、またはHER2(+)         C C→E
+Tr
C→E
+Tr
C→E
+Tr
C→E
+Tr
C
+Tr
リンパ節転移4個以上陽性 C→E C→E C→E C→E C C→E
+Tr
C→E
+Tr
C→E
+Tr
C→E
+Tr
C
+Tr
a内分泌療法に対する反応性は本文で定義している。
b内分泌療法は予防およびDCISに有効であるため、極めて低リスクの浸潤性乳癌でも考慮してよい。

C=化学療法 E=内分泌療法(閉経状況に応じて選択) Tr=トラスツズマブ(ハーセプチン)

(注意1:原発腫瘍径が<1cmで液窩リンパ節転移陰性の患者では、トラスツズマブは標準的治療とはみなされない。このことは、とくに高度内分泌反応性の患者、またおそらくは不完全内分泌反応性の患者にも当てはまる;注意2:トラスツズマブは、現在報告されている臨床試験のエビデンスに従い、化学療法と同時およびその後、あるいはすべての化学療法施行後に投与すべきであるが、パネリストの大多数は、将来的には、トラスツズマブは特定の患者で化学療法を事前または同時に投与することなく使用することが適当になるだろうと考えている。)

この表によって、乳がんは24の病型に分類され、それぞれの病型に適した治療法がわかるようになっているのだ。

「この表を提案したとき、ザンクトガレンのパネリストの間では、ちょっと複雑すぎるのではないか、という意見がありました。しかし、生物学的特性に基づいてターゲットを見極め、そこにリスク分類を加えれば、このくらいの数にはなるはずです。そう説得したところ、最終的には採用されることになり、ザンクトガレン2007の公式の報告書にも掲載されています」

ちょっと難しいかもしれないが、例をあげて表の使い方を説明してみよう。

まず、HER2の状況、ホルモン受容体の状況、閉経の状況によって、縦の帯が決まってくる。たとえば、HER2が「陰性」、ホルモン受容体が「高度内分泌反応性」、閉経状況が「閉経後」だとすると、左から2番目の帯に入るわけだ。

次に、リスク分類を行って横の帯を決める。たとえば、年齢が60歳の閉経後の女性で、リンパ節転移が陰性、病理学的腫瘍径が2.5センチ、病理検査の結果がグレード2だとすると、中間リスクの上の段に当てはまる。

このように縦の帯と横の帯を決めることで、1人1人の患者さんについて、表のどの箱に当てはまるかを探っていく。それによって、その患者さんにふさわしい治療法にたどり着けることになる。

例にあげた患者であれば、治療は、ホルモン療法単独か、化学療法を行ってからホルモン療法を行うことが考えられる。もし、患者の希望により、ホルモン療法だけで行きたいということならば、閉経後なので、ホルモン療法で使われるのはアロマターゼ阻害剤を選択することになる。その場合、骨粗鬆症などの副作用にも配慮する必要がある。

「基本となる24病型の中で、さらにリスク分類することも考えられます。たとえば、遺伝子の発現パターンからがんのリスクを探るオンコタイプDXという方法が開発され、すでにアメリカでは商業ベースで使われています。こうした新しい技術によって細分化が進めば、その患者により適した治療が行えるようになるでしょう。
しかし、あまり細かく分類すると、治療が複雑になりすぎてしまいます。現在の段階では、24病型に分けるのは、ほどほどで臨床的にもちょうど使いやすいと思います」

渡辺さんの浜松オンコロジーセンターでは、浜松医療センターの乳腺外科と協力して、2週に1回、乳がん治療検討カンファレンスを開催している。このカンファレンスでは、この24病型分類表にすべての患者さんをあてはめながら、治療選択について討論を進めている。

この表を使用するようになって、研修医や看護師、薬剤師からも、治療方法決定の道筋がわかりやすい、と評価されているという。

がんの治療が、個別化の方向へと進歩していることは間違いない。いずれは1人ひとりに合わせたオーダーメイド治療が実現するのかもしれない。乳がんの治療は、この24病型分類表によって、個別化治療に向かって大きく1歩を踏み出したことになる。

[乳がん治療に使われる薬剤一覧]

  一般名 商品名 投与方法 薬効分類名
ホルモン治療薬 アナストロゾール アリミデックス 経口 アロマターゼ阻害薬/閉経後乳がん治療剤
エキセメスタン アロマシン 経口 アロマターゼ阻害薬/閉経後乳がん治療剤
塩酸ファドロゾール アフェマ 経口 アロマターゼ阻害薬/閉経後乳がん治療剤
塩酸ラロキシフェン エビスタ 経口 骨粗鬆症治療剤
クエン酸タモキシフェン ノルバデックス など 経口 抗乳がん薬
クエン酸トレミフェン フェアストン 経口 乳がん治療剤
酢酸ゴセレリン ゾラデックス 皮下注 LH-RH(黄体形成ホルモン放出ホルモン)アナログ
酢酸メドロキシプロゲステロン ヒスロンH200 など 経口 抗悪性腫瘍経口黄体ホルモン製剤
酢酸リュープロレリン リュープリン 皮下注 LH-RH誘導体 マイクロカプセル型徐放性製剤
メピチオスタン チオデロン 経口 抗乳腺腫瘍薬
レトロゾール フェマーラ 経口 アロマターゼ阻害薬/閉経後乳がん治療剤
抗体治療薬 トラスツズマブ ハーセプチン 静注 抗HER-2ヒト化モノクローナル抗体 抗悪性腫瘍剤
細胞毒性抗がん剤 塩酸イリノテカン カンプト など 静注 抗悪性腫瘍剤
塩酸エピルビシン ファルモルビシン など 静注 抗腫瘍性抗生物質製剤
塩酸ゲムシタビン ジェムザール 静注 代謝拮抗性抗悪性腫瘍剤
カペシタビン ゼローダ 経口 抗悪性腫瘍剤
カルボプラチン パラプラチン など 静注 抗悪性腫瘍剤
シクロホスファミド エンドキサン 経口,静注 抗悪性腫瘍剤
シスプラチン ブリプラチン など 静注 抗悪性腫瘍剤
酒石酸ビノレルビン ナベルビン 静注 ビンカアルカロイド系抗悪性腫瘍剤
テガフール フトラフール など 経口 代謝拮抗剤
テガフール・ウラシル配合剤 ユーエフティ 経口 代謝拮抗剤
ドキシフルリジン フルツロン 経口 抗悪性腫瘍剤
ドキソルビシン塩酸塩 アドリアシン 静注 抗悪性腫瘍剤
ドセタキセル水和物 タキソテール 静注 タキソイド系抗悪性腫瘍剤
パクリタキセル タキソール など 静注 抗悪性腫瘍剤
フルオロウラシル 5-FU 静注 抗悪性腫瘍剤
マイトマイシンC マイトマイシンS 静注 抗悪性腫瘍剤
ミトキサントロン塩酸塩 ノバントロン 静注 アントラキノン系抗悪性腫瘍剤
メトトレキサート メソトレキセート 静注 葉酸代謝拮抗剤
好中球増加因子 ナルトグラスチム ノイアップ 静注,皮下注 遺伝子組換えヒトG-CSF誘導体製剤
フィルグラスチム グラン 静注,皮下注 G-CSF製剤
レノグラスチム ノイトロジン 静注,皮下注 遺伝子組換えヒトG-CSF誘導体製剤
ビスフォスフォネート製剤 ゾレドロン酸 ゾメタ 静注 骨吸収抑制剤(抗悪性腫瘍剤)
パミドロン酸二ナトリウム アレディア 静注 骨吸収抑制剤(抗悪性腫瘍剤)
制吐剤 塩酸アザセトロン セロトーン 経口,静注 5-HT3受容体拮抗型制吐剤
塩酸インジセトロン シンセロン 経口 5-HT3受容体拮抗型制吐剤
塩酸オンダンセトロン ゾフラン 経口,静注 5-HT3受容体拮抗型制吐剤
塩酸グラニセトロン カイトリル 経口,静注 5-HT3受容体拮抗型制吐剤
塩酸トロピセトロン ナボバン 経口 5-HT3受容体拮抗型制吐剤
塩酸ラモセトロン ナゼア 経口,静注 5-HT3受容体拮抗型制吐剤
デカドロン デカドロン など 経口,静注 副腎皮質ホルモン剤
注)各表に挙げた薬剤は一般名の五十音順 ジェネリック薬が使用可能

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