渡辺亨チームが医療サポートする:若年性乳がん編
術後のホルモン治療で予期しない様々な副作用に悩まされた
倉田美樹さんの経過 | |
2005年 3月20日 | 左乳房、乳首の外側に小さなしこり |
9月20日 | 乳腺外科で乳がんの疑い |
10月3日 | F大学病院を受診 |
10月10日 | 大学病院を受診、乳がんの確定診断 |
10月27日 | 手術のために入院 |
11月7日 | 退院し、通院での放射線治療を開始 |
12月 | ホルモン治療を開始 |
乳房温存術を受けた倉田美樹さん(32)は、希望していた通り乳房にはあまり大きな傷が残らずひと安心する。ところが、術後のホルモン治療が開始されると、副作用で生理がぴたりと止まり、様々な更年期症状が現れ始めた。
ホルモン剤の副作用がもたらす心や体の変調をどう克服していくことができるだろうか。
(ここに登場する人物は、実在ではなく仮想の人物です)
乳房はほとんど傷つかずに残った

倉田美樹さんの手術の日、朝8時に達也さんが病室にやってくると、そのあとまもなく看護師が訪れ「手術のための点滴をします」と言う。そして、9時にストレッチャーが迎えに来て、美樹さんは手術室に搬送された。すぐに全身麻酔が施され、そのあとのことは覚えていない。
「倉田さん、倉田さん、終わりましたよ。がんは取れましたからね」
こう言って起こされたことは覚えているが、美樹さんはそのまま再び眠ってしまった。あとで聞くと、乳房温存術の手術時間は1時間15分だったとのことである。
いつのまにか病室に戻されていたようで、夫が「今日は帰るよ」と言ってそこから出ていったこともぼんやりとしか覚えていない。そのあとまた眠ってしまった。
手術翌日の目覚めは、爽快だった。胸には大きな半透明のテープが貼ってあるが、痛みも苦しさもほとんど感じない。ナースコールを使って「トイレに行ってもいいでしょうか?」と聞くと、看護師が介助に駆けつけたが、自分で起き上がり、トイレまで歩くことができた。
7時半に朝食が運ばれる。驚いたことにおかゆではなく、もう普通の硬さのご飯だった。食欲もすっかり戻っていて、残さずに食べてしまう。
8時過ぎに松本医師が訪れる。美樹さんはベッドの上で自分から上半身を起こして、「ありがとうございました」と礼を言いながら迎えた。
「手術は成功しましたよ。手術中に脇の下のリンパ節を取って調べましたが、転移は見つかりま��んでした(*1腋窩リンパ節郭清とセンチネル生検)。あまりリンパ節を郭清しなくて済んだわけです。また切除したがんの断端(切り口)にがんは見つかっていません。あまりおっぱいを傷つけずに済んだと思います。今、痛みはありますか?」
「いえ、全然。手術を受けたのが嘘のようです」
「そうですか。乳がんの手術はがん手術の中でも最も経過が安定しているので、だいたい昨日お渡ししたクリニカルパスの通りにいくはずです。7日の月曜日には退院していただけると思いますよ。あとでナースがご指導しますから、左腕のリハビリを始めてくださいね」
リハビリ指導の看護師は午後1時に訪れた。このとき、初めて脇の下にビリッと痛みが走り、ここを切開したあとだということを思い知らされた。
「左腕を挙げられるところまで挙げてみてください」
言われるようにしてみたが、今度は体が怖がってしまい、あまり思い切って動かせない。せいぜい肩の高さまでしか腕が挙がらなかった。また、看護師は、乳がん手術のあと「リンパ浮腫」への注意を促し、その予防法について説明した(*2術後のリハビリとリンパ浮腫へのケア)。
手術の痕はほとんどわからない
手術から1週間目の朝、回診した医師は美樹さんに、「今日は手術の痕を見てもらいましょう」と話した。傍らの看護師に「お願いしますね」と指示する。創を覆っていたテープがはがされた。
乳房温存術とはいえ、がんも含めて3センチくらいのかたまりを摘出したあとである。美樹さんは「どんなふうになっているかしら?」と言って、どきどきしている。看護師の手の隙間から、見慣れているはずの自分の胸が現れた。
「鏡でご覧になりますか?」との看護師の問いにどきどきしながらも小さくうなずくと、看護師が手鏡で傷口付近が見えるようにしてくれた。左乳房の乳輪のさらに左外側にうっすらと線が入っているのがわかる。その部分に引っ張られるように、乳首がちょっと左側を向いてしまっていた。それでもあまり不自然さはなく、自分の目から見てもとても乳がん手術をしたあとの乳房とは思えない。
「きれいにできていますよ。よかったですね」
看護師がまるで自分のことのようにうれしそうに話す(*3ボディイメージの変容へのサポート)。美樹さんも「ほんとに」とうなずいた。「舞もきっと喜んでくれるはずだ」と、2歳の娘のことが頭に浮かぶ。その後、医師は、創が盛り上がらないようにと言って、創を寄せるように小さなテープをたくさん貼った。そのまま入浴できると説明されて、ちょっと驚いた。
11月7日の月曜日の午前中に1回目の放射線治療を受ける。照射線量はごく少量ということで、治療は数秒で終わっている。そして午後退院となった。翌日から放射線治療のために週5日通院し、5週間続いた。
ホルモン剤の更年期症状に苦しんだ
2005年の暮れからホルモン治療が始まった。薬は2種類投与されている。1つはノルバデックス(一般名タモキシフェン)という飲み薬で、1日2錠飲む。もう1つはゾラデックス(一般名ゴセレリン)という薬で、これは4週間に1回大学病院を訪れ皮下注射を受ける。
初めてゾラデックスの注射を受けるとき、注射針が太いのでちょっと恐怖心を覚えた。実際それがお腹へ刺し込まれると、想像していた通りかなり痛い。注射のあと松本医師からは「更年期障害みたいな副作用が出る人もありますが、一般にはそう問題になることはありませんから」との説明を受けた(*4ホルモン治療の副作用)。
が、更年期になったことがない美樹さんには、具体的にどんな障害が起こるのから分からない。気づいてみると月経期であるはずの時期を迎えても、生理がこなくなっていた。
それでも最初と2回目は、注射のあとも「大した副作用はないな」と感じていた。多少体がほてるような感じを受けたが、それが注射のせいとは思えなかったほどである。
ところが、3回目のゾラデックス注射の翌々日のこと、美樹さんは「体に熱があるのではないか」と思うほどカッカと暑く感じた。と思うと突然ゾクゾクと寒気を覚える瞬間もある。これに頭痛も伴っている。経験のなかった感覚を受けて、初めて不安になってきた。
2006年の春の暖かい日の夜、美樹さんが眠ろうとしていると、達也さんが突然ベッドに潜り込んできた。舞ちゃんが生まれて以来、美樹さんと舞ちゃんは達也さんとは別の部屋で寝ていたのだ。
「だめよ。今はそんな気にはなれないわ」
美樹さんは反射的に達也さんの手をはねのけてしまった。
「あっ、ごめん、ごめん」
美樹さんの反応に驚いたかのように、達也さんはさっさとベッドを出て行く。
が、この日から2人の間にどことなくぎくしゃくした空気が漂うようになってしまった。めっきり会話が少なくなり、達也さんは酒を飲んで帰ることが増えていく。美樹さんは、「あのとき悪いことをした」と感じていたが、なかなか素直に謝ることができなかった。
5回目のゾラデックスの注射を受けるために病院へ出かけたとき、美樹さんは乳腺外科の病棟にいる浅川看護師を訪ねた。以前美樹さんが治療を拒絶する気持ちになったとき、カウンセリングをしてくれた乳がんケアの認定看護師である。
「ホルモン剤注射をしたあと、具合が悪くて仕方がないのですが、どうしたらいいかご相談できないかと思って……」
美樹さんがこう相談すると、浅川看護師はすぐに状況を把握したようである(*5ホルモン治療を受けている患者へのケア)。美樹さんの症状について、「頭痛は?」「気持ちの落ち込みは?」といくつか確認したあと、こう話す。
「更年期様の症状が出始めても、半年ほどで落ち着く方もいますので、少し様子を見て、体温調整のできる服装を心がけると良いと思います」
さらにそのあと、こう尋ねた。
「ご主人と、うまくいっていないということもあるんじゃないですか?」
ずばり指摘され、美樹さんはとても驚いた。
「ええ、そうなんです。最近、夫の帰りが遅くなって……」
その後、2人はまた以前のように1時間以上ものあいだ、話し合うことになった。浅川看護師は、「夫婦円満は闘病の上でも、舞ちゃんの発育の上でもとても大切なことですよ」と話した。そして、達也さんとの仲直りの秘訣を教えてくれた。
「ありがとうございます。夫と舞との3人の生活を大切にしなければならないことがよくわかりました。自信を取り戻せたようです」
こう言うと美樹さんは、浅川看護師の手を握り締めた。
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