渡辺亨チームが医療サポートする:若年性乳がん編
再発リスクの高い若年性乳がんは、長期の術後ホルモン治療が不可欠
渡辺亨さんのお話
*1 腋窩リンパ節郭清とセンチネル生検

全乳がんの約30パーセントはリンパ節への転移があるといわれます。しかし、1センチ程度の乳がんでは、約90パーセントは転移がありません。
脇の下(腋窩)のリンパ節はがんが全身に転移する通り道と考えられ、従来は乳がん手術に伴い、このリンパ節を切除すること(郭清)が一般的に行われてきました。このことによって術後に上肢にリンパ浮腫と呼ばれる合併症が現れ、患者さんが苦しめられることが少なくなかったのです。
ところが、最近では早期乳がんに限りセンチネルリンパ節生検というものが取り入れられるようになり、リンパ節郭清を縮小できるようになりました。センチネルリンパ節は、乳がんが転移するとき最初に到達するリンパ節です。転移を見張ることができるという意味で「見張りリンパ節」とも呼ばれます。
センチネルリンパ節生検は手術の前に乳がんの近くに放射性元素を含んだラジオアイソトープや色素を注射してこれを目印にして、センチネルリンパ節からそれらの目印を見つけ出すことができるかどうかを調べるものです。このセンチネルリンパ節を2~3個だけ切除して、迅速診断という方法でそこに転移があるかないかを手術中に判断できます。
センチネルリンパ節生検により、陰性(転移がない)なら腋窩リンパ節の郭清は必要がないと判断されます。陽性の場合は腋窩リンパ節郭清を追加したほうがいいのかどうか、については現在臨床試験中です。ただし、多くの乳がん専門医は、センチネルリンパ節生検が標準的な検査法であることを認めています。

阿部恭子さんのお話
*2 術後のリハビリとリンパ浮腫へのケア
乳がん術後の患者さんケアのテーマの1つは、1日も早く社会復帰してもらうためのリハビリです。一般に手術が終わったその日もしくは翌日から、歩く練習を始めてもらいます。また、スムーズな手の動きを取り戻してもらうためにグーチョキパーをしたり、小さなボールを握るなど、少しずつ腕が上がるように訓練を指導します。もし回復が遅れるような人がいれば理学療法士にリハビリの指導や依頼したり、マッサージを依頼するというケースもあります。
乳がんのリハビリケアのなかで問題になっていることの1つは、リンパ浮腫です。センチネルリンパ節が陰性でリンパ節を郭清する必要がない場合は、まずリンパ浮腫は出てきません。ただリンパ節を郭清した場合は起こりうるものです。近年QOL(生活の質)の重視や、メディアで取り上げられるようになったことからリンパ浮腫への一般の関心も高まってきました。
ただ、リンパ浮腫の実態についてはほとんど調べられていません。医療現場でのリンパ浮腫の発生率についても、数パーセントから20パーセント台、さらには40パーセント台と統計の取り方によって様々に示されていて、科学的に裏付けのある数字もないのが現状です。
リンパ浮腫への対策は乳がん患者の退院後のリハビリ指導の1つとして、看護教育にも取り入れられてきました。臨床実習ではリンパ浮腫の予防法として、「重いものを持たない」「ケガをしない」「日焼けしてはいけない」「腕を締めるようなきつい服を着ない」といったことが伝えられてきたのです。
ところが実際には、同じ乳がんの手術を受けてもリンパ浮腫にはならない人、手術から10年以上経過してから発症する人、また術後太ってくると発症する人、家事などで腕を動かす運動をすると発症する人など、いろいろなパターンがあります。発症の時期もきっかけも様々なのですから、一律に「××をしてはいけない」という指導は通用しないことがわかってきました。
このようにリンパ浮腫の予防法や症状緩和法をアドバイスするためには、それぞれの患者さんの状態に応じて行う必要性があります。たとえば「きつい服装をするとリンパの流れが妨げられるから」「ケガをすると酸素供給を多くするために循環血液量が増えるから」という具合に根拠のある説明を行うことが必要です。そのことでその患者さんにとってよりよいリンパ浮腫対策がとられることになります。
実際のリンパ浮腫の治療や施術に関しては、それぞれ完成された教育プログラムを受けたセラピストがたくさん登場しています。乳がんの現場の看護師は、これら信頼できる専門家との連携をはかっていくことが必要になっていくでしょう。
*3 ボディイメージの変容へのサポート
乳がんでは、手術を受けた患者さんは、容姿が変化して、そのことに大変な精神的ショックを受けることになります。一般に乳房温存術のほうが乳房全摘術よりも患者さんの精神的ショックは少ないと考えられているようですが、実際にはしばしばこの期待が裏切られます。とくに乳房の小さい女性の場合は乳房温存術でも乳房に明らかな変形を生じるケースが少なくありません。患者さんのボディイメージとかけ離れた場合、患者さんが傷つくこともしばしばです。
今日、乳房切除術を受けたほとんどの女性が乳房を作り直す、乳房再建が可能になりました。乳がんの手術前から医師と相談して計画的に行うことが理想的ですが、術後何年か経ってから再建することも可能になっています。
一方、外科的な処置ではなく、ブラジャーの下にパッドを着用する方法もあります。看護師には患者さんが病気を克服した後、肉体的にも精神的にも明るい毎日を過ごせるように、ボディイメージの変容に対するサポートをすることもとても大切な仕事です。
渡辺亨さんのお話
*4 ホルモン治療の副作用
閉経前の乳がんの術後ホルモン治療としては、一般にホルモン受容体にエストロゲンの代わりにくっついてエストロゲンの働きを抑えるタモキシフェンと、卵巣からのエストロゲンの分泌を抑制する働きをするLH-RHアゴニスト(LH-RHアナログともいう)という薬を組み合わせて用います。
タモキシフェンの副作用としては、更年期症状(寝汗、顔のほてり、女性器のかゆみ、分泌、乾燥など)、抑うつ症状が知られています。頻度は少ないがより深刻な副作用として、肺塞栓、深部静脈血栓症、子宮内膜がん(体がん)があります。
一般に子宮体がんの発生率は800分の1の確率で、タモキシフェンを5年間投与することで、子宮体がんの発生が2倍(400分の1)になるといわれています。乳がんの再発の危険性を考えれば、タモキシフェンを服用するメリットのほうがずっと高いと考えられます。
LH-RHアゴニストは、閉経前の人の卵巣機能を抑制し、卵巣からのエストロゲンの分泌を抑制します。ですから、閉経後の人や閉経状態の人には使われません。強制的に閉経状態を作る薬のため、副作用はもっぱら更年期症状です。更年期も人によって強弱様々であるように、この薬の副作用も人それぞれです。主に、ほてり、のぼせ、発汗、頭痛、肩こり、倦怠感、骨量低下、関節痛などがあります。原則として月経は止まります。重い副作用として、うつになる場合もあります。

阿部恭子さんのお話
*5 ホルモン治療を受けている患者へのケア
ある病院でホルモン治療を受けている乳がんの患者さんに対して、どんなことに悩んでいるかについてアンケートを行いました。この結果最も多いのが抑うつの問題、2番目は更年期障害の問題、3番目が頭痛・吐き気の問題、4番目が性機能障害の問題が挙げられています。

『プラナリア』(文藝春秋刊)
これらのなかで、医師から軽視されたり無視され、治療やアドバイスをほとんど受けることができないのは性機能障害の問題です。直木賞を受賞した山本文緒さんの『プラナリア』という小説には、この問題について表現されていました。乳がんを持った20代の主人公はホルモン剤の注射を受けると、3日くらい後にひどい頭痛が起こって仕事に行けなくなり、様々な更年期症状に苦しめられます。そして、ボーイフレンドとの性交渉のシーンでは、次のように描かれているのです。
《ホルモン注射のせいなのか、私にはかつて売りたいほどあった性欲が今やまったくなく、結構苦痛である》
ホルモン治療では卵巣機能が抑制されるために、生殖器に影響が現れます。腟の潤いが減少するために性交渉時に痛みを覚え、なかなかパートナーの要求に応えられないということが起こりがちです。また、既婚の男性などでは、「子供を生む機能を失った妻とセックスしない」といった対応をすることがあります。さらに「セックスでホルモン機能を刺激すると、再発の危険が高まるのではないか」といった勝手な思い込みから性交渉を尻込みするという男性もいるそうです。
もちろん個人差がありますが、性機能障害の問題は一般にとても難しい問題といえます。「恥ずかしいため」とか「相手に嫌われたくない」との思いから、苦痛を我慢したりパートナーに病気を隠したりすることが少なくありません。
しかし、「パートナー」は、本来お互いを丸ごと受けとめてくれる者同士であるはずです。まず真実を語り合うことから、上手な解決策が生まれてきます。乳がん看護認定看護師は、そうした場合の具体的な知恵を提案していきたいと考えています。
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