渡辺亨チームが医療サポートする:炎症性乳がん編
ハーセプチンとナベルビンの併用療法で、乳房の腫れと赤みが消えた
渡辺亨さんのお話
*1 HER2タンパク
ハーセプチンはがん細胞の表面にあるHER2タンパクを標的として働く抗体を利用した薬剤です。HER2タンパクはがん細胞の増殖をどんどん進める働きがあります。ハーセプチンはこのHER2タンパクに「鍵と錠」の関係のようにぴったりと結びつくので、がん細胞は増殖できなくなります。
手術や検査でとったがん細胞の表面をしらべてみて、HER2タンパクがほとんどない(陰性の)人を0、あまりない人を1+、かなりある(擬陽性の)人を2+、たくさんある(陽性の)人を3+と分類して、3+の人がハーセプチンの治療の対象となります。全乳がんの患者さんのうちHER2タンパクが陽性の人は約20パーセントです。また、2+の人でもFISH法という検査でHER2遺伝子の増殖が見つかった場合は治療の対象となります。
ハーセプチンを単独で使った場合、奏効率(がんが小さくなる割合)は15から24パーセント、効果が持続する期間の中央値は約9カ月で、生存期間が延長することが認められています。


*2 ナベルビン
ナベルビンは、もともとニチニチソウから抽出された化学成分を合成した抗がん剤で、ビンカ(植物)アルカロイドと呼ばれるグループに属します。1990年にフランスで開発されました。日本では1995年に非小細胞肺がんの治療薬として承認されていましたが、2005年5月31日に新たに「手術不能または再発乳がん」の効能効果が健康保険適用となりました。この薬は細胞分裂を妨げることでがん細胞を死滅させる働きを持ちます。アメリカでの多施設調査で、HER2過剰発現の転移性乳がんに対する第1選択薬として、ハーセプチン+ナベルビンが68パーセントの奏効率を示しました。この併用療法は、HER2陽性の進行性乳がん治療のもっとも有効な療法の1つと考えられるようになっています。
一般名 | ビノレルビン |
---|---|
カテゴリー | 微小管阻害剤 |
世界承認 | フランス1990年 |
日本承認 | 肺がん1995年、乳がん2005年 |
開発元 | ピエール・ファーブル・メディカメン |
製造会社 | 協和発酵 |
対象患者 | 非小細胞肺がん、手術不能、再発乳がん |
用法・用量 | 肺がんでは、1回20~25mg/m2を、1週間間隔でゆっくり点滴静注。 乳がんでは、1回25mg/m2を1週間間隔で2週連続投与、3週目休薬 |
有効率 | 単剤で30% |
薬価 | 10mg 8,046円 |
副作用 | 白血球減少などの骨髄抑制、間質性肺炎、末梢神経障害、肺水腫、気管支けいれんなど |
禁忌 | 骨髄機能低下の著しい、感染症を合併している患者、 この薬に過敏症のある患者、髄腔内に投与はダメ |
*3 タキソール
タキソールはもともとセイヨウイチイの樹皮から抽出された化学成分を合成した抗がん剤です。タキソテールという薬剤と並んで「タキサン」というグループに属します。有糸分裂阻害剤とも呼ばれ、細胞が分裂する際に影響を与えて、がん細胞の増殖を抑えます。乳がん、卵巣がん、非小細胞肺がん、胃がんの治療薬として使用されている薬剤です。
アメリカのMDアンダーソンがんセンターからの報告では、乳がんの手術前に、HER2陽性の患者にハーセプチンとタキソールを併用投与すると、約67パーセントで乳がんが完全消失しました。ハーセプチンを使わなかった場合の完全消失率は約25パーセントであり、併用療法で、劇的な効果が認められています。
一般名 | パクリタキセル |
---|---|
カテゴリー | 微小管阻害剤 |
世界承認 | 米国1992年12月 |
日本承認 | 1997年12月 |
開発元 | ブリストル |
製造会社 | ブリストル |
対象患者 | 卵巣がん、非小細胞肺がん、乳がん、胃がん |
用法・用量 | 1日1回210mg/m2を、3時間かけて点滴静注。そして3週間休薬 |
有効率 | 非小細胞肺がん35%、再発卵巣がん27% |
薬価 | 30mg 16,164円 |
副作用 | 末梢神経障害、疲労、関節痛、筋肉痛、脱毛、悪心・嘔吐、口内炎、下痢など |
禁忌 | 重篤な骨髄抑制、感染症を合併している患者、この薬に過敏症のある患者、 妊婦、妊娠の可能性のある人 |
*4 ハーセプチン+ナベルビン療法の投与法
ハーセプチンの投与は、毎週1回行います。初回に体重1キログラム当たり4ミリグラムを、2回目以降は2ミリグラムを、生理食塩水250ミリリットルに溶解させて、30~60分をかけて点滴します。3週間で1サイクルとして、4サイクルを目途として投与します。
ハーセプチンに併用するナベルビンは、体表面積1平方メートルあたり25ミリグラムを生理食塩水20ミリリットルに溶かして静脈へ1分以上かけての点滴をします。1サイクルのうち、最初の2週は投与して1週休むようにします。
サイクル | 1 | 2 | 3 | 4 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
週 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
ハーセプチン | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ |
ナベルビン | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ |
*5 患者の全身状態
がんの患者さんの肉体的・精神的な状態の指標となっているのが、パフォーマンス・ステータス(PS)というものです。ECOG(Eastern Cooperative Oncology Group)のパフォーマンス・ステータスと呼ばれるものは、PS0~4の5つのレベルに分けられていて、3~4の症例は普通薬物治療の対象になりません。
*6 ハーセプチン+ナベルビン療法の副作用
ハーセプチンの最も現れやすい副作用は発熱です。投与の最初に10人中4、5人の割合で38度以上の発熱が見られますが、ほとんど1日以内に落ち着きます。発熱があったときは解熱剤が有効です。その他、それほど割合として多くありませんが、悪寒、全身倦怠感、熱感、戦慄、吐き気、嘔吐、食欲低下、頻脈(どきどき感)、肝障害が見られます。また、まれに骨痛、ほてり、頭痛、筋肉痛、胸部痛、上腕痛、しびれ、咳、目やに、耳鳴りなど報告がありますが、いずれの副作用も一時的な症状でおさまると予想されます。注意しなくてはならないのは心臓への副作用であり、もし心臓の機能が落ちている場合はハーセプチンが使用できません。
一方、ナベルビンは注射した血管が痛くなるという静脈炎症状が表れる場合もあります。それをふせぐために、1~2分ですばやく注射します。またもし薬剤が血管外に漏れると、正常な皮膚に炎症が起き、赤くはれたり水膨れができたり、ひどい場合には皮膚の潰瘍ができることもあります。
ナベルビンを注射して4~8時間経過したころに、食欲不振などの症状があらわれることがありますが、それほど多くはありません。また、口内炎や全身倦怠感も表れやすいことが知られています。
*7 腫瘍マーカー
がんの進行や再発に伴い、血液中に特殊なタンパク質の量が増えることがあり、これを進行や治療効果を知る目安として広く利用されているのが腫瘍マーカーです。乳がんの腫瘍マーカーとしてCEA、CA15-3、NCC-ST-439、BCA225などが使われます。なかでも、CEAとCA15-3は、比較的乳がんの感度が高いことが知られています。複数の腫瘍マーカーを組み合わせることにより、進行・再発乳がんは6~8割をとらえることができます。しかし、明らかに進行がんがあっても2~4割は異常をとらえることができません。ただし、腫瘍マーカーは万能ではなく、がん細胞が増えなくても高い数値が出ることもあれば、数値が低くても進行している場合もあることを知っておかなければなりません。CEAの血液検査の正常範囲は5.0ナノグラム/ミリリットル以下(検査機関によっては2.5ナノグラム/ミリリットル以下)、CA15-3の正常範囲は、27U/ミリリットル以下です。
CEA carcinoembryonic antigen(がん胎児性抗原) | 消化管がんを中心に、もっとも汎用的に用いられる血中腫瘍マーカー。腺がんで主に産生される物質で、分子量約18万の糖タンパク。診断補助および術後・治療後の経過観察の指標として有用。良性疾患やヘビースモカーでも疑陽性となる。基準値5.0ng/ml以下 |
CA15-3 carbohydrate antigen 15-3 | 乳がんの再発・転移のモニタリングに有用な血中腫瘍マーカー。早期症例の陽性率は低いが、再発乳がんや転移性乳がんにおいて血中レベルの上昇が著しい。反応性の違いからCEAとの併用は陽性率を高めるのに有用。基準値27U/ml以下 |
NCC-ST439 national cancer center-ST439 | 消化器がんや肺腺がん、乳がんに有効な血中腫瘍マーカー。がん患者血清中に出現する。CA19-9などよりがん特異性が高いとされている。40歳以下の若年女性の場合には正常でも20~30 U/ml程度の高値を示す例も。基準値7.0U/ml以下 |
BCA225 breast cancer antigen-225 | 乳がんの血中腫瘍マーカー。乳がん術後のモニタリングや再発乳がんに対する治療効果判定に有用。再発乳がんでは極めて高い陽性率を示す。基準値160ng/ml以下 |
*8 ハーセプチン+タキソール併用療法の投与法
ハーセプチンに併用するタキソールは、体表面積1平方メートルあたり80ミリグラムを、毎週投与します。
[ハーセプチンとタキソールの併用療法の投与スケジュール]
サイクル | 1 | 2 | 3 | 4 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
週 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
ハーセプチン | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ |
タキソール | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ |
*9 タキソールの副作用
タキソールを点滴した3週間前後に、ほとんどの人に脱毛が表われます。脱毛は、頭髪だけでなく、まゆ毛などを含む全身の体毛に及びますが、治療が終了すれば6~8週間で回復するのが普通です。
また、吐き気や嘔吐があらわれることがありますがあまり多くはありません。下痢や口内炎が見られることもあります。さらに点滴して2~3日後に、多くの患者さんが関節や筋肉に痛みを感じますが、通常、1週間程度で軽快してきます。
タキソールは神経に障害を与えるため、治療回数が多くなるとともに手のしびれや痛み、足の裏に玉砂利を踏んでいるような感覚異常などがあらわれることが知られています。多くの場合は、軽度から中等度の症状が注射して3~5日後にあらわれますが、治療を完了して数カ月程度で回復するのが普通です。
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