渡辺亨チームが医療サポートする:炎症性乳がん編
抗がん剤に続く、放射線治療により元の乳房に回復。髪も再生
渡辺亨さんのお話
*1 薬剤の投与量
がん治療に使われる抗がん剤や分子標的薬の投与量は、体重当たりとか体表面積当たりで定められます。体表面積は、身長・体重から計算しますが、対数を使ったちょっとやっかいな計算が必要です。例えば体重50キロ、身長160センチなら、体表面積はおよそ1.5平方メートルです。
↓
体表面積(BSA m2)= W(体重kg)0.425 × H(身長cm)0.725 × 0.007184
ちなみに大橋真由美さんが使った薬剤は、ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)、ナベルビン(酒石酸ビノレルビン)、タキソール(パクリタキセル)です。ハーセプチンは毎週1回打つ方法で、初回が体重1キロあたり4ミリグラム、次からは2ミリグラムです。ですから、大橋さんには、初回200ミリグラム、2回目以降23週にわたって100ミリグラムが投与されることになります。ナベルビンは体表面積1平方メートルあたり25ミリグラムなので大橋さんには40ミリグラム、タキソールは体表面積1平方メートルあたり80ミリグラムなので120ミリグラムを、それぞれ12週投与することになります。
もちろん薬剤の投与量は、このような計算だけで機械的に決められるものではありません。患者さんの状態や副作用の出方を見ながら調節する場合もあります。
*2 高額療養費制度
高い治療費で経済的な負担が大きくなることを抑えるために設けられた制度です。1カ月の自己負担額が一定額を超えた場合、その超えた額が払い戻されます。本人や家族の申請により利用できるもので、1カ月単位の医療費で申請し、過去2年までさかのぼって請求できます。詳しいことは、受診している医療機関や加入している健康保険組合まで問い合わせると教えてもらえます。
大橋真由美さんの場合、薬価からいうと、ハーセプチンは150ミリグラム入り瓶が1本約7万8000円で、初回にはこれを2本使用し、2回目以降が1本。ナベルビンは10ミリグラム入り瓶が1本約7700円で、1回に3本使用。タキソールは30ミリグラム入り瓶が1本約1万5600円で1回に3本使用し、大橋さんの治療費は薬剤費だけでも約280万円で、保険診療ではこの3割を自己負担することになります。
70歳未満の人の自己負担限度額は、被保険者(健康保険等に加入している人)も、被扶養者(主に被保険者の収入によって生活しており、被扶養者として認められた人)も、自己負担の限度額は所得に応じて、下の計算式で算出されます
生活保護受給者��市町村民税非課税世帯などの人 | 35,400円 |
月収56万円以上の人、その被扶養者 | 139,800円+(医療費-466,000円)×1% |
上記のいずれにも該当しない人 | 72,300円+(医療費-241,000円)×1% |
払い戻し額の計算例
1カ月に健康保険の3割負担で30万円(総医療費100万円)支払ったときの払い戻し額
一般者
300,000円-[72,300円+(1,000,000円-241,000円)×1%]=220,110円
高額所得者(月収56万円以上の人やその被扶養者)
300,000円-[139,800円+(1,000,000円-466,000円)×1%]=154,860円
*3 放射線治療
放射線にはがん細胞を死滅させる効果があります。放射線治療は放射線照射を行った部分にだけ効果を発揮する局所療法です。炎症性乳がんでは薬物療法でがんを叩いた後も、とくに乳房やその領域に目に見えない微小ながんが残っていると考える必要があります。そこで、この部分を選んで放射線を照射してできるだけ残っているがんをやっつけようとするものです。
乳がんの放射線照射は、1回に2グレイという放射線量で、肺や心臓になるべく放射線がかからないように左右2方向から胸壁に対して接線方向になるように行います。

*4 放射線治療の副作用
放射線治療では吐き気、嘔吐、下痢などの胃腸症状および全身倦怠感といった「放射線宿酔」のほか、照射部の日焼け、かゆみなどを伴うことがあります。また、病巣周囲の正常組織にも放射線がかかることによって、その領域に含まれる皮膚や消化管などの臓器に炎症など特有の副作用が出現することがあります。
- 皮膚が赤くなったり黒ずんだりしてくる。このとき皮膚に痒みや痛みを伴うことがあり、症状が強い場合には潰瘍(かいよう)化も
- 背骨や骨盤骨への放射線治療の場合、骨髄細胞が死んで、白血球が減少、熱が出たりする。さらに骨髄細胞がやられると、赤血球や血小板が減少し、貧血や出血傾向の症状も
- 頸部への放射線治療では、のどや食道の表面が「日焼け」を起こし、痛みが出る。食べ物や飲み物がのどを通らなくなることも。治療終了しても2週間程度はこの症状が続く。また、唾液腺に放射線があたった場合は、唾液分泌が低下し、口が渇くようになり、それに伴って味覚も変化したりする。回復には一般に半年から数年かかる
- 通常、同じ部位に2回以上、放射線治療を行わない限り、後遺症が出ることはない
*5 がん難民
がんにかかりながら適切な治療や納得できる説明を受けられないために、各地の医療機関をさまよう患者さんたちのことをがん難民と呼ぶようになりました。がんの標準治療や抗がん剤に対する知識が十分行き渡っていないために、医療不信に陥る患者さんも少なくありません。炎症性乳がんは稀ながんなので、知識はあっても実際に診ていない、もしくは治療したことがないというがんの専門医もいます。がんの患者さんは「自分の体は自分で守る」という意識をもち、自分で正しい知識を仕入れる努力をすることが必要です。
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