大きく変わる乳がんのホルモン療法 アロマターゼ阻害剤という新しい概念の薬剤が乳がん治療の主役になる日
術後ホルモン療法の主役に名乗り出た薬剤


アロマターゼ阻害剤。このホルモン剤については、すでにご存知の方も多いと思います。転移性乳がんでは、*効果持続期間(TTP)で見た場合、従来のタモキシフェンよりもアロマターゼ阻害剤のほうが優れていることが各種の臨床試験によって明らかにされ、すでに標準治療の薬になっているからです。ただ、術後の治療では、まだ効果が確認されていませんでした。
実は、アロマターゼ阻害剤といっても、現在出ているのは、改良を重ねて送り出されてきた第3世代と呼ばれるものです。当初開発された第1世代、第2世代の薬はターゲットのアロマターゼに対する選択性があまりよくなく、臨床試験でも思うような治療効果が得られませんでした。
第3世代のアロマターゼ阻害剤には、現在3種類あります。大きく二つの系統に分かれていますが、非ステロイド系としてアリミデックス(一般名アナストロゾール)、フェマーラ(一般名レトロゾール)、ステロイド系としてアロマシン(一般名エキセメスタン)があります。ただし、フェマーラは日本ではまだ発売になっていません。非ステロイド系とステロイド系とでは働き方が少し違っていますが、これらの優劣はまだ明らかになっていません。
このアロマターゼ阻害剤が、閉経後の乳がん患者の再発予防を目的とした術後ホルモン療法として、従来のタモキシフェンよりも優れている、再発抑制効果が強いということが、最近、大規模な臨床試験で明らかになってきています。
*効果持続期間=タイム・トウ・プログレッション(TTP)という。薬が効いている期間
専門家も驚くほどの結果が出た
この臨床試験の結果について報告しますが、その前に、乳がんを手術した後、なぜホルモン療法や化学療法をする必要があるのかは、前にも記したとおり、水面下に潜んでいる微小がんを大きくなる前に叩き潰しておくためです。つまり、再発を防止するのがこの治療の目的です。
最初の臨床試験は、アリミデックスの有用性を調べたものです。ATACと呼ばれる試験です。
手術、放射線、抗がん剤治療を終えた閉経後の乳がん患者に対して、アリミデックスを5年間服用する群とタモキシフェンを5年間服用する群と、この両者を5年間併用する群の三つにランダムに分けて、無病生存期間(手術後再発するまでの期間)や生存期間(手術後生存している期間)を目安に、どれが優れているかを調べたのです。

[フェマーラの有用性が確認された臨床試験結果]

試験前はアリミデックスとタモキシフェンの併用が一番いいのではないかと予想されていたのですが、結果は、その予想が外れて、アリミデックスだけを服用するのが一番再発を抑える力が強いことがわかったのです。とくに反対側の乳房に乳がんが発生するリスクも抑えることができる点は重要です。
問題は副作用です。アロマターゼ阻害剤で心配なのは骨粗鬆症ですが、これを表す筋・骨格障害は、確かにタモキシフェンよりもアリミデックスのほうが多めでした。もっとも、骨粗鬆症に対しては、現在はビスフォスフォネート製剤やエビスタ(一般名ラロキシフェン)という新薬による治療の手がありますので、それほど心配する必要はない、という考え方もあります。
2番目の臨床試験は、フェマーラの効果を調べた試験です。MA17と呼ばれます。手術、放射線、抗がん剤治療を終えた閉経後の乳がん患者が5年間タモキシフェンを服用した後、偽薬(プラシーボ)を5年間服用する群と、フェマーラを5年間服用する群とにランダムに分け、無病生存期間や生存期間を目安に、どちらが優れているかを調べたのです。
この結果は2003年11月に初めて報告されましたが、がんの専門家も驚くようなものでした。タモキシフェンを5年間服用した後、フェマーラを5年間追加して飲むと、さらに再発抑制の効果が強まり、約4割の患者が再発から逃れることができたというものです。
功を奏したホルモン剤の変更
3番目の臨床試験は、アロマシンとタモキシフェンの効果を比較した試験です。IESと呼ばれる試験です。閉経後の早期乳がん患者が手術、放射線、抗がん剤治療を終えると、その後タモキシフェンを5年間服用するのが標準ですが、このタモキシフェンを2~3年飲んだところで、引き続きタモキシフェンを服用する群と、薬をアロマシンに変更して、残りの2~3年、合計5年間にわたって服用する群とにランダムに分けて、どちらが優れているかを調べたのです。

世界で最も権威のある「ニューイングランド医学誌」に掲載されたIES臨床試験
[タモキシフェンからアロマシンへの変更の有用性が認められた臨床試験結果]
[乳がんでは術後の治療が必要な理由]
その結果、途中でタモキシフェンからアロマシンに薬を変更したほうが、タモキシフェンを5年間続けて服用するよりも再発を3割抑えることができました。しかも再発の低下は、局所の再発や遠くの臓器への転移だけではなく、反対側の乳房に乳がんが発症するリスクも半分に減らすことができたというのは非常に重要です。
むろん、問題点もまだあります。この薬剤変更がよかったからといって、この服用の順番に意味があるのかどうかは、まだわかりません。逆に、最初にアロマシンを服用し、途中からタモキシフェンに変更するとどうなのかなどは、今後もっとよく調べる必要があるでしょう。
また、再発を抑制する効果だけではなく、患者の生存期間や生存率、死亡率などでいい影響が出るかどうかも今後の課題です。今のところ、観察期間が4年と、まだ十分ではないので、もう少し長く見守る必要があるでしょう。薬の副作用についても同じように、長期間服用した場合の影響を見る必要があります。ただ、アロマシンの場合、構造的にステロイド骨格を持っているため、男性ホルモンに似た生物学的特性があると考えられるので、骨粗鬆症の害は比較的少ないと推測されますが、まだ検証されたわけではありません。
このように、ここに挙げた三つの大規模な臨床試験のいずれでも、従来の標準治療薬であるタモキシフェンよりもアロマターゼ阻害剤のほうが、再発抑制の効果が優れているということが明らかになったのです。
では、患者の立場から見た場合、このような臨床試験結果をどのように受け止めたらよいのでしょうか。 すでに術後のホルモン療法として、タモキシフェンを数年服用している人は、アロマシンに切り替えることについて担当医に投げかけてみてはどうでしょうか。5年近くタモキシフェンを飲んでいる人なら、今後さらに5年間アロマシンかアリミデックスを服用する、またこれから新しくホルモン療法をしようという人は、タモキシフェンから開始するという手もあるし、新しいアロマシンやアリミデックスから開始する手もあります。いずれにしても、こうした薬剤のベネフィットとリスクについて十分に考慮・検討し、担当医ともよく相談されたうえで治療に臨むことが大切です。
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