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渡辺亨チームが医療サポートする:乳がん編

取材・文:林義人
発行:2004年4月
更新:2019年7月

手術前に化学療法を受けたら、しこりが消えた!

46歳の島田典子さんは、ある日シャワーを浴びていて、乳房にしこりがあることに気づいた。

病院で検査を受けたところ、大きさが直径3センチ超、リンパ節にも転移が見られ、「2B期」の診断。

乳房全摘を勧める医師から逃れ、乳房を温存する道を模索した。

術前化学療法で温存手術を可能に

2003年2月、右乳房に2B期の乳がんが見つかり、全摘手術を勧められた島田典子さん(仮名・46歳)は、乳房温存手術はできないものかと思い、自宅で、夫にインターネットの使い方を教わりながら、乳房温存手術についていろいろ調べてみた。すると、そんなに遠くないところに、この療法に積極的に取り組んでいるKという病院があることがわかった。早速K病院に電話して乳腺科の受診予約をする。

典子さんは担当医に「セカンドオピニオン*1)を聞きに行きたい」と申し出て、渡された紹介状とレントゲン写真などの資料を携え、初めてK病院を訪れる。診察室へ入るとT医師が「どうぞお掛けください」と迎えた。

「X病院では乳がんとの診断で、『乳房切除術が必要』といわれたのですね?」

T医師は、前医からの紹介状に目をやりながら、まず確認した。

「ええ、そうなんですけど、お乳を残すような手術はできないのかなって、思いまして……」

最初は T医師も、ちょっと難しそうな顔を見せる。

「う~ん、紹介状によりますとね、しこりの大きさからみて、温存手術をしても、結局切除する部分が大きくなり、いい形の乳房を残すことはできないと思います(*2乳房温存手術の適応)」

典子さんは、手のひらにじっとりと汗を感じた。が、T医師は説明を続ける。

「ただ、術前化学療法*3)というのをやってから手術という方法だと乳房温存手術ができるかもしれません」

典子さんは、インターネットでその言葉を見たことがあった。

「また、脇の下のリンパ節に転移があるということは、局所の治療よりも全身治療*4)のほうが大切だと思います」

「全身治療?」

初めて聞く言葉に典子さんは首を傾げる。T医師は、穏やかな口調で説明する。

「島田さんの場合、ホルモン受容体が陰性なので、ホルモン剤は使いません。当院では、術前化学療法後、約2割の患者さんでは、しこりの大きさが変わらないか、化学療法中にかえって大きくなり、温存手術ができません��、8割の患者さんでは、乳房温存手術を行っています」

説明を終えたT医師は、「治療にはいくつかの選択肢がありますから、よくお考えになって決めるのがいいと思います。今日のご説明内容を、担当の先生宛にお手紙を書きますから、よくよく相談してみてください」と言って返信状を渡してくれた。

典子さんは、目の前が少し明るくなったような気がしていた。

フローチャート:手術法の選択

24週間かけて治療する

夫と相談した結果、典子さんは「8割の可能性」にかけて、K病院で術前化学療法を受けることに決めた。いったん前医のもとに出かけてT医師との話の内容を報告し、借りていたレントゲン写真などを返している。その足でK病院の外来を受診し、改めてT医師から治療の詳しい説明を受けた。この日は夫も同席してくれ、典子さんはとっても頼もしく感じている。

「術前化学療法の治療期間は、24週間を要します。3週ごとに4回、ファルモルビシン(一般名エピルビシン)とエンドキサン(一般名シクロフォスファミド、この二つを合わせてECと呼ばれる)という抗がん剤を組み合わせて投与し、その後、タキソール(一般名パクリタキセル)を12週間にわたり投与します」

さらに、起こりそうな副作用や、その予防方法などについて、わかりやすい説明があった。典子さんは、T医師によるインフォームド・コンセント*5)ではじめて、「自分の病気と向かい合うことができた」という気がしている。

[術前化学療法と術後化学療法]

ステージ1~3の乳がん患者に対して手術前に化学療法をするグループと手術後に化学療法をするグループに分けて、どちらが優れているかを比較する臨床試験が行われた。再発率、生存率では両群に差はなく、術前化学療法群で乳房温存率が向上した。術前化学療法は世界的な流れになっている。
術前化学療法 術後化学療法
腫瘍の縮小により乳房温存手術の可能性 大きな腫瘍では乳房切除のみ
抗がん剤の効き目がわかる 抗がん剤の効き目がわからない
治療前の病期診断が不正確になる 予後因子による予後の予測が可能
低リスク群では過剰治療になる恐れも 予後の予測に基づいて治療できる

副作用は軽いので仕事も可能

写真:タキソール

乳がん治療のキードラッグの一つ、タキソール

写真:エンドキサン、ファルモルビシン

EC療法に使われる抗がん剤。左がエンドキサン、右がファルモルビシン

新しい主治医に信頼感を持つことができ、術前化学療法に希望を持てるとわかってくるとともに、典子さんにはだんだん気になってくる問題があった。治療費のことと週に3~4日出かけているパート・タイマーの仕事を続けることができるかどうかということである。こんな面でもT医師は率直に話してくれそうだった。

「がんの治療は、お金がかかると聞いています。乳房温存療法はどのくらいかかるのでしょうか? パートの仕事は、続けられるでしょうか?」

典子さんは思い切って聞いてみた。

「抗がん剤は約120万円ぐらい、手術は入院費もいれて、大体80万円ぐらいです。そのあと、放射線照射が、大体50万円ぐらいかかります。これらは、すべて社会保険、国民保険の対象となります。また、一定額以上の自己負担分は、高額医療補助の対象となり、2カ月後に医療費が戻ってきます。もっと詳細をお知りになりたければ、医事課担当者にお尋ね下さい。抗がん剤治療は、すべて外来通院でできますし、副作用も普通はそれほど強くないので、今までどおりのお仕事は続けることができると思います」

そして、T医師は、抗がん剤治療で現れる副作用*6)について次のように説明してくれた。

「ECとタキソールは必ず脱毛します。最初の点滴をしてから、16日目ぐらいから、びっくりするぐらいに抜けてしまいます。それは結構ショックですが、抗がん剤治療が終われば、ほぼ元通りに生えてきます。その間、かつらやスカーフ、お帽子などを用意してください。ECでは、吐き気がありますが、吐き気予防の薬を使用しますから、せいぜい、つわり程度と皆さんおっしゃいます。タキソールでは、指先、足の裏にしびれがでます。指先のしびれのため、細かい作業はできなくなる場合もあります」

しこりがなくなった

2003年3月上旬、典子さんは生まれて初めての抗がん剤点滴を受けた。

恐れていた副作用も、確かにつわり程度、食欲もあったが、T先生から、点滴の日の夕食は、とにかく軽く、軽く、翌日からも3~4日、カロリーメートやウィダーインゼリー、おかゆみたいなものだけのほうがいい、といわれたので、そのとおりにしたのもよかったのかもしれない。

そして、15~16日を経て、いっきに脱毛が始まる。家の中でも、パート先へも頭にスカーフを巻くようにした。1カ月後には、まだ髪の生えそろわない赤ん坊のような頭になった(*7化学療法による好中球減少)。

しかし、4月初めに2回目の抗がん剤点滴を受けるために病院を訪れたとき、T医師の診察を受けると、心強い言葉をかけられた。

「ずいぶん小さくなりましたね。これならまず温存手術はできるでしょう。がんばって治療を続けましょうね」

2003年7月、島田典子さんは、最後の抗がん剤治療を終えている。

その翌週、梅雨明け直後のまぶしい朝だった。典子さんは自分でがんを見つけたあの日のように、朝のシャワーを浴びている。入浴の度に指にボディ・ソープをつけて胸を探るように洗うと、「あれっ?」と思った。ついこの前まで小さくてもはっきりわかったしこりが、すっかり消失して、まったく指先に感じなくなっていたのだ。島田さんの気分は、今日の天気のように晴れ晴れとしていた。


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