乳がん手術の最新情報 乳房温存手術、乳房再建手術から予防的切除手術まで
術前薬物療法でがんが消えることもある
乳がんの治療では、術前薬物療法が行われることがある。それによって腫瘍が小さくなり、乳房温存手術が可能になることもある。ただ、術前薬物療法が効いたとしても、がんが全体的に縮小するのではなく、がんがぱらぱらと残る形で減少していくこともある。このような場合は切除範囲が小さくならないので、無理やり温存すると、がんが残ってしまう危険があり、乳房温存手術は適さない。
術前薬物療法を行った後には、画像診断をきちんと行い、がんの広がりを確認して、乳房温存手術か乳房切除手術かを決めることが大切になる。
術前薬物療法で使う薬剤は、進行乳がんの薬物療法と同様、ホルモン受容体やHER2が陽性か陰性かによるサブタイプに応じて使い分けられている。
「進歩が著しいのは、HER2陽性だった場合です。ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)やパージェタ(一般名ペルツズマブ)といった抗HER2薬が使われるのですが、これが非常によく効いて、がんが消えてしまうようなケースが増えています。このような場合、画像検査でがんが見えなくなっても、基本的にはがんがあった部位を切除する手術が行われます。がんの位置がわからなくならないように、金属のマーカーを入れておくことも行われています」(津川さん)
術後薬物療法が行われる場合もある。
ホルモンレセプター陽性の浸潤がんであれば、閉経前と閉経後で使用する薬剤が異なるが、ほぼ全例に術後内分泌療法(ホルモン療法)が行われる。
抗がん薬による術前化学療法を行った場合には、術後に点滴の抗がん薬治療を行うことはない。ただし、手術でがんが残った場合には、経口の抗がん薬を半年~1年使用することがある。手術前に点滴の抗がん薬治療を行っていない人で、リンパ節転移があった場合やトリプルネガティブの場合には、点滴の抗がん薬による術後治療が行われる。
HER2陽性で、ハーセプチンやパージェタによる術前治療を行ったものの、がんが残っていた場合には、術後治療としてカドサイラ(一般名トラスツズマブエムタンシン)が使われることがある。
「カドサイラは、トラスツズマブに抗がん薬を結合させた薬剤です。従来は転移のある進行乳がんだけに使われていましたが、2021年に適応拡大が承認され、術前療法を行ったが浸潤がんが残っていた人に対して、術後に投与できるようになっています。また、2021年にはベージニオ(一般名アベマシクリブ)も適応拡大が承認され、再発リスクの高いホルモンレセプター陽性HER2陰性乳がん患者さんの術後薬物療法で使用できるようになりました」(津川さ��)
術前治療や術後治療の進歩も、手術成績の向上に役立っているといえそうだ。
手術しない局所治療が試みられている
早期乳がんに対し、ラジオ波焼灼療法(RFA)や凍結療法といった非手術的治療の試みも始まっている。聖マリアンナ医科大学では、凍結療法が自費診療で行われている。
「早期乳がんの標準治療は切除手術ですが、どうしても乳房にメスを入れたくないという患者さんが一定数います。腫瘍が小さいことが前提とはなりますが、そういう人にとっては、選択肢の1つになります」(津川さん)
聖マリアンナ医科大学では、腫瘍が1.5㎝以下、ホルモン陽性、HER2陰性で、転移がないことが確認でき、患者さんの希望がある場合に行っているという。
乳がんのできている部分に針を刺し、液体窒素で凍結させると、直径4cmほどのアイスボールができる。1.5㎝以下の腫瘍はこの中に入ってしまうため、がんを死滅させることができる。局所麻酔で行うことができ、入院の必要もないという(図3)。

「194人を対象としたアメリカの臨床試験では、98%が再発しなかったと2021年に報告されています。当院では8例行い、2021年論文にしています。半年後に治療した部位の吸引針生検を行い、がんが存在していないか確認していますが、現在まで再発は起きていません」(津川さん)
まだ臨床研究の治療だが、治療の選択肢が広がることに貢献している。
最後に、今後の乳がん手術がどのように進歩していくのかを伺った。
「乳がんの手術は、治療を縮小していくデ・エスカレーションと、治療を増やしていくエスカレーションの両方向に進むと考えられます。デ・エスカレーションとしては、悪性度が低くて転移を起こしにくい乳がんだとわかれば、あえて手術をしないという方向性も考えられます。術前薬物療法でがんが消えてしまった場合も、手術を省略するという試みもあります。凍結療法もデ・エカレーションの1つでしょう。もちろん症例を選んでということになりますが。エスカレーションに関しては、遺伝学的検査で乳がんの新規発症リスクが高いとわかった場合、予防のための乳房切除を行うようなことが考えられます。遺伝性乳がん(HBOC)の患者さんの対側の予防手術は、2020年から保険適用となっています。これなども、エスカレーションの1例です」(津川さん)
今後、乳がんの手術は、この2つの方向に進歩していきそうである。
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