ステージⅣ乳がん原発巣を手術したほうがいい人としないほうがいい人 日本の臨床試験「JCOG1017試験」に世界が注目!
最後になったが結果が注目を集めている日本の試験
「実は、JCOG1017試験を除く4つの臨床試験はすでに終了し、結果が報告されています。しかし、日本の試験が遅すぎて意味がないのかというと、決してそうではないのです。すでに発表された試験には、それぞれ問題があって、最後に残った日本の試験の結果が出るのが待たれている状況です」(枝園さん)
最初に結果が出たのはインドの試験で、「手術をしてもしなくても治療成績は変わらない」という結果だった。しかし、薬物療法で使われている薬は古くからある抗がん薬だけで、分子標的薬など、日本で日常的に使われている薬剤が使われていない。薬物療法なしで切除したほうがいいかどうかを検討していたという問題があった。
トルコの試験では、「手術で生存期間が延びる」という結果が出た。ただし、薬物療法が効くかどうかを調べる前に2群に分けている点と、両群の患者背景に偏り(手術群にホルモン陽性が多く、非手術群にトリプルネガティブが多い)がある点が、問題として指摘されている(図3)。

欧州の試験は、500例以上の登録を計画していたが、実際には90例しか集められず、統計学的な信頼性が低くなってしまった。結果は「手術をしても生存期間は変わらない」というものだった。
米国の試験は、やはり登録数が予定に達していなかったが、まずまず信頼できる結果が出ていた。やはり、「どちらでも生存期間に差はない」という結果だった。
「日本のJCOG1017試験は、当初の計画通りに患者登録を完遂し、1次登録が570人、2次登録が407人になりました。ステージⅣ乳がんの原発巣切除の意義については、世界的にも、日本の試験の結果が出るのを待って最終的な判断をくだしましょう、ということになっています」(枝園さん)
海外の4つの試験でわかってきたこと
もっとも、これまでに発表された4つの試験結果から、ほぼ明らかになってきたこともある。それは、ステージⅣ乳がんの患者さん全員に、原発巣切除手術をしたほうがいい、あるいは手術しないほうがいい、と言えるような結果にはならないだろうということだ。
たぶん、ステージⅣ乳がんでも、手術で原発巣を取ったほうがいい人と、取っても意味のない人がいる。では、取ったほうがいいのはどんな人なのか、取らないほうがいいのはどんな人���のか、という点が重要になりそうなのだ。
取らないほうがいいと考えられるのは、効果的な薬物療法が行えない症例である。このようなケースでは、手術を行うことで、かえって予後が悪化する可能性がある、ということがわかってきた。
「ステージⅣ乳がんに対する原発巣手術は、それ単独で効果があるのではなく、薬物療法がよく効くことが前提で、それに追加する治療として手術を行うというのが基本です。薬物療法が効かない人に手術をすると、逆に悪い結果を招いてしまう可能性があります」(枝園さん)
取ったほうがいいと考えられるのは、次の2つだという。1つは、原発巣による出血や痛みなどの症状がある場合。こうした症例が6~19%程度あって、局所コントロールを目的として手術が勧められる。もう1つは、「オリゴ転移」(小さくて数の限られた転移)の場合である。
「オリゴ転移というのは、オリゴメタスタシスの通称です。たとえば肺だけ、あるいは肝臓だけというように、限られた臓器に小さな転移があって、数も少ないような場合に、それをオリゴ転移と呼んでいます。こうしたオリゴ転移を伴うステージⅣ乳がんに対しては、原発巣手術が生存期間を延ばす可能性がある、と考えられています」(枝園さん)
海外の4つの臨床試験の結果から、こうしたことがわかってきた。今後、JCOG1017試験のデータが出ることで、これらの問題に結論が出されることになるだろう。JCOG1017試験の結果が出た後には、他の臨床試験との統合解析が行われ、細かい検討が行われることになっている。
「JCOG1017試験の結果が出ることで、ステージⅣ乳がんの患者さんに対して、あなたは手術で取ったほうがいいですよ、あなたは取らないほうがいいですよ、というエビデンス(科学的根拠)に基づいた情報を提供できるようになります。そういう意味で、JCOG1017試験の結果を世界中が注目していると言えるでしょう」(枝園さん)
前述したとおり、今年8月には追跡期間が終了し、その後、データの解析が始まることになっている。結果に注目したい。
オリゴ転移に対する臨床試験が始まる
この試験に引き続き、オリゴ転移を有する進行乳がん(診断時にステージⅣの乳がんと、術後に遠隔転移を起こした乳がんを含む)を対象にした臨床試験の計画が進んでいる。
標準治療は薬物療法だが、それに根治的局所療法(原発巣と転移巣に対する手術や放射線治療)を加えることに意味があるか、ということを調べる臨床試験である(図4)。

「小さな転移がたった1個あるだけでも、薬物療法だけではそれをゼロにするのは困難で、がんと共存していく治療になってしまいます。そういうオリゴ転移の症例に、原発巣も転移巣も手術で切除し、免疫治療まで含めた薬物療法を加えることで、薬物療法単独より生存期間を延ばせるのではないか、場合によっては完治も目指せるのではないか、ということを探っていく試験です」(枝園さん)
この試験の結果も、乳がんの治療を大きく変える可能性がありそうである。
同じカテゴリーの最新記事
- 高濃度乳房の多い日本人女性には マンモグラフィとエコーの「公正」な乳がん検診を!
- がん情報を理解できるパートナーを見つけて最良の治療選択を! がん・薬剤情報を得るためのリテラシー
- 〝切らない乳がん治療〟がついに現実! 早期乳がんのラジオ波焼灼療法が来春、保険適用へ
- 新規薬剤の登場でこれまでのサブタイプ別治療が劇的変化! 乳がん薬物療法の最新基礎知識
- 心臓を避ける照射DIBH、体表を光でスキャンし正確に照射SGRT 乳がんの放射線治療の最新技術!
- 術前、術後治療も転移・再発治療も新薬の登場で激変中! 新薬が起こす乳がん治療のパラダイムシフト
- 主な改訂ポイントを押さえておこう! 「乳癌診療ガイドライン」4年ぶりの改訂
- 乳がん手術の最新情報 乳房温存手術、乳房再建手術から予防的切除手術まで
- もっとガイドラインを上手に使いこなそう! 『患者さんのための乳がん診療ガイドライン』はより患者目線に