術前、術後治療も転移・再発治療も新薬の登場で激変中! 新薬が起こす乳がん治療のパラダイムシフト
【転移・再発乳がんの治療】HER2陽性の概念がくつがえされる時代に!
●HR陽性HER2陰性
ベージニオかイブランスのどちらを使うか
ホルモン療法に、CDK4/6阻害薬のベージニオまたイブランス(一般名パルボシクリブ)を併用するのが標準治療。その場合、ベージニオかイブランスのどちらをどう使い分けるかについて、明確な基準はない。近年のトピックとしては、第Ⅲ相臨床試験の全生存期間(OS)のデータが出てきており、議論がなされている。
病気の進行が急速な場合や、腫瘍の量が多い場合などでは、ホルモン療法ではなく、化学療法から始めることもある。
1次治療でアロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬を使った場合、2次治療として日本では、フェソロデックス(一般名フルベストラント)単独療法か、アロマシン(一般名エキセメスタン)+アフィニトール(一般名エベロリムス)併用療法のどちらかが標準治療として使用されている。
「海外では、日本で未承認の薬が使われています。日本で使えるCDK4/6阻害薬は、ベージニオとイブランスだけですが、海外ではリボシクリブ(一般名)が承認されています」(尾崎さん)(図3)

●HR陰性HER2陽性
●HR陽性HER2陽性
エンハーツがより早い段階で使用可能になる⁉︎
抗HER2薬と抗がん薬の併用が標準治療となっているが、このサブタイプの治療法は年々変っている。〝今日の標準治療〟は、1次治療では、ハーセプチン+パージェタ+タキサン系抗がん薬の併用療法。そして、2次治療としてはカドサイラ、3次治療としてはエンハーツ(一般名トラスツズマブデルクステカン)が使われている。2次治療、3次治療で使われている薬は、抗体薬のハーセプチンに抗がん薬を結合させた抗体薬物複合体(ADC)である(図4)。

「エンハーツは日本で開発された抗体薬物複合体で、非常に優れたスーパースターのような薬剤です。添付文書では、カドサイラの治療歴がある人に用いることになっているのですが、2次治療において、カドサイラよりエンハーツのほうが治療効果が高かったというデータが出ています。近いうちに、エンハーツが2次治療で使われるようになると考えられます。さらに、エンハーツによる1次治療の第Ⅲ相試験も進行中です。結果次第ですが、数年後に1次治療で使われるようになっている可能性もあります」(尾崎さん)
エンハーツは、現段階ではHER2陽性に対して使われる薬だが、従来HER2陰性とされてきた乳がんでも、治療対象になることがわかってきた。
「HER2を判定するためには免疫染色を行うのですが、(1+)(2+)(3+)という3段階の結果が出ます。このうち(3+)と遺伝子増幅のある(2+)がHER2陽性と判定され、それ以外の(1+)と(2+)かつ遺伝子増幅がない場合(HER2低発現)は、HER2陰性と判定されていたのです。最初に開発された抗HER2薬のハーセプチンが、HER2高発現の症例に効いたからです。ところが、エンハーツはHER2低発現のがんにも効くことがわかってきました(図5)。

例えば、従来の判定ではトリプルネガティブでも、HER2の低発現があれば、エンハーツが効くということです。実際、HER2低発現の患者さんを対象にした臨床試験では、抗がん薬よりエンハーツのほうが有効であることが証明されました。今年のASCO(米国臨床腫瘍学会)で最も注目された研究の1つです。この試験結果を受け、ごく近い将来、エンハーツはHER2低発現の乳がんにも使えるようになると考えられています」(尾崎さん)
HER2低発現に効く薬剤が登場してきたことで、従来のHER2陽性の概念が変わらざるを得なくなってきた。それに伴い、従来のサブタイプ分類にも、変更が加えられることになりそうだ(図6)。

●HR陰性HER2陰性
TROP2という新規の抗体薬物複合体の登場が待たれる
免疫チェックポイント阻害薬が使えるかどうかで、標準治療が違ってくる。PD-L1が陽性の場合は免疫チェックポイント阻害薬を使用でき、キイトルーダ+抗がん薬、あるいはテセントリク(一般名アテゾリズマブ)+抗がん薬のどちらかが選択される。
PD-L1が陰性の場合は、抗がん薬による化学療法が標準治療である。
「トリプルネガティブの中で、PD-L1陽性は4割程度ですが、この人たちは免疫チェックポイント阻害薬が使えるようになって、予後が改善しています」(尾崎さん)
日本では免疫チェックポイント阻害薬が使えないと化学療法になるが、海外では化学療法以外でもトロデルヴィ(一般名サシツズマブゴビテカン)という薬が使われるようになっているという。
「これは新規の抗体薬物複合体で、がん細胞にあるTROP2(トロップツー)というタンパク質を標的とする抗体に、抗がん薬を結合させてあります。世界ではすでに標準治療ですが、日本では第Ⅰ相、第Ⅱ相の臨床試験を行っている段階なので、承認までにはまだ時間がかかりそうです」(尾崎さん)
ただ、トロデルヴィと同様にTROP2を標的とした薬が日本で開発中だという。
「エンハーツを開発した日本の製薬企業が、ダトポタマブデルクステカン(一般名)という薬を開発しました。TROP2に対する抗体に、エンハーツの抗がん薬部分のデルクステカンを結合させた薬剤です。この薬の第Ⅲ相試験が世界中で行われており、大きな期待が寄せられています」(尾崎さん)
トロデルヴィもダトポタマブデルクステカンも、TROP2を標的タンパクとしているので、この標的さえあれば、サブタイプに関係なく効果を発揮する。トロデルヴィは、トリプルネガティブが世界で承認されていて、HR陽性HER2陰性タイプでも有効性を証明するデータが今年のASCOで報告されている。ダトポタマブデルクステカンは、HR陽性HER2陰性タイプで第Ⅲ相試験が進行しており、さらにトリプルネガティブに対する第Ⅲ相試験も開始されている。
「この2つの薬剤は、従来のサブタイプ分類とは関係なく使用することができます。こうした薬が登場してくることで、乳がんの薬物療法はさらに複雑化していくことになりそうです」(尾崎さん)
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