診療ガイドラインの解説:『乳癌診療ガイドライン』から薬物療法をわかりやすく解説 乳がんは個々のタイプを見極めることが肝心!
術前療法で消えるがんも
化学療法の時期 | 手術前 | 手術後 |
目的 | 微小転移の根絶 | 微小転移の根絶 |
原発病巣の縮小 | ||
効果の確認 | 原発病巣の縮小を実感できる | できない |
副作用 | 同じ | |
放射線照射 | 温存手術をすれば必要 |
薬物療法を行う場合、実際には、手術の前に行う術前療法と後に行う術後療法がある。いずれも微小転移を根絶し、再発を防ぐという目的は同じだが、術前の場合はがんを縮小させて温存療法に持ち込む、術後に行う薬物療法の効果をあらかじめ確認できるといったメリットもある(表7)。
浸潤がんは全身病という考えから、最近は術前療法にシフトしつつある。渡辺さんによると「地域差がかなりありますが、ここでは8割が術前から薬物療法を行っている」そうだ。例えば、HER2陽性の場合、術前のハーセプチンの投与で病理学的完全奏効を示し、がん細胞が消えてしまうこともあるという。
こうなると「手術は、がんの有無をみる検査目的になりつつあります。切除範囲が狭いので、温存療法をするにしても質の高い治療ができます」と渡辺さんは語る。
また、トリプルネガティブは、ホルモン療法もハーセプチンも効かないがん。抗がん薬しか治療法はないが、術前にアンスラサイクリン系やタキサン系を含む標準的な化学療法を行うと、驚くほど効果が見られることもあるそうだ。
「トリプルネガティブにもいくつかのタイプがあるので、遺伝子解析によって分類し、将来はタイプ���とに治療法が変わるかもしれません」と渡辺さんは語る。
遺伝子診断は判断材料の1つ
乳がんの治療は手術だけでなく、化学療法を加えることで治療成績は明らかに改善した。だがその一方で、治療が必要でない患者さんにも行われている可能性があり、副作用の強い化学療法を行うべきか、その判断に迷うこともある。そこで注目されているのが、オンコタイプDXやマンマプリントといった予後を予測する遺伝子診断だ。
オンコタイプDXは、乳がんの再発に関係する21の遺伝子を調べ、リスクを低、中、高に分ける方法。一方、マンマプリントも、予後予測に関連する70遺伝子を調べ、高リスクか低リスクかを判断する手法になる。ただ、渡辺さんによると「免疫染色の結果から、化学療法を追加すべきか迷うような場合、遺伝子診断を用いても、やはり迷うことは多いのです」
つまり、遺伝子診断は今のところ治療法を決める決定的なツールではなく、判断材料の1つになる程度。ただし「いずれ遺伝子の異常から、よりがん治療の個別化が進むはず。そのためにも、遺伝子検査が導入されることは意味がある」と渡辺さんは語っている。
転移・再発にはつらくない治療
「転移・再発後の治療」の目的 |
症状緩和 |
症状予防 |
延 命 |
こうした治療を行っても転移・再発した場合、治療の目的は大きく変わってくる。
「転移・再発した場合、残念ながら治癒は目標にはなりません。治療の目標は、症状の緩和と予防、生存期間の延長になります」(図8)
薬物療法も、初期治療は完治が目的なのでたとえ副作用がつらくても我慢して続けていくことが重要だ。一方転移・再発の場合、サブタイプにしたがって薬物療法を行う点は同じだが、QOLを維持するために「なるべくつらくない治療」をするのがポイントになる。
転移・再発乳がんでは、基本的に「ホルトバギーの治療方針」に沿って、治療を進めていく。ホルモン受容体陽性であれば、効果がある限りホルモン薬を変えながらホルモン療法を続け、効かなくなったら抗がん薬に移行する考え方だ(図9)。閉経前なら、LH-RHアゴニスト製剤と抗エストロゲン薬のノルバデックス*を、閉経後ならアロマターゼ阻害薬を使い、効果がなくなったら作用の異なるホルモン薬に変更していく。

一方、ホルモン受容体陰性、あるいは陽性でもホルモン療法が効かなくなった場合には、HER2陽性であれば、ハーセプチンを中心に化学療法を併用した治療に移行する。ハーセプチンが効かなくなってきたら、同じ抗HER2療法薬であるタイケルブ*なども取り入れながら、治療を続けていくことになる。
ホルモン受容体陰性、HER2陰性のトリプルネガティブならば、アンスラサイクリン系またはタキサン系薬剤を使っていき、効かなくなれば、ゼローダ*、TS-1*、ジェムザール*、ナベルビン*、イリノテカン*、ハラヴェン*などの抗がん薬を使い、1次、2次、3次とできる限り化学療法を続けていくことになる。
*ノルバデックス=一般名タモキシフェン *タイケルブ=一般名ラパチニブ *ゼローダ=一般名カペシタビン *TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム *ジェムザール=一般名ゲムシタビン *ナベルビン=一般名ビノレルビン *イリノテカン=商品名カンプト/トポテシン *ハラヴェン=一般名エリブリン
生活を重視した治療を
ただし、あくまでも転移・再発治療の目標は治癒ではなく、病状の緩和と予防や、生存期間の延長。したがって、「転移・再発治療の場合、初期治療と同じ抗がん薬の組み合わせでも量を減らすなどの工夫が必要」と渡辺さんは言う。また、複数の薬剤を使っていくというよりも、できるだけ単剤で使っていき、今後の治療のためにもなるべく1つひとつの薬剤を大切に使っていくことも大切となる。
他にも患者さんが安心して治療を受けられるよう、薬液の漏れを防ぐためにポートを留置して点滴を行うなどの対策も必要だ。
「転移・再発治療の場合、患者さんの人生やライフスタイルを考えて治療を行うのも大事なこと。ケモホリデーを追求してもいいのでは」と、渡辺さんは提案する。ある時点で、家族や友人と楽しく過ごすためにひと月ぐらい抗がん薬治療を休んでもいいのではないか、というのである。
今後乳がん治療には、アフィニトール*やT-DM1*、ペルツズマブ*など新薬も登場する予定だ。渡辺さんは、「乳がん治療は、ハーセプチンが出て大きく変わり、サブタイプ別医療になりました。今後は遺伝子発現も含めてもっと細かく治療の個別化が進むはず。乳がん治療の未来は明るいといえます」と語っている。
*アフィニトール=エベロリムス *T-DM1=一般名 *ペルツズマブ=一般名
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