長期戦の覚悟と対策を持って生き抜くために ホルモン陽性HER2陰性の乳がんは、なぜ10年経っても再発するのか
術後10年目以降は骨転移が多い
乳がんの再発は、局所再発、リンパ節再発のほかに、骨、肺、肝臓への転移が多い。とはいえ、ほとんどの場合、術後年数とともに、再発率は右肩下がりに減っていく。転移についても、肺や肝臓への転移は5年以内が多く、5年以降はグッと減るそうだ。
ところが、骨転移だけは話が別だ。骨の場合は、10年経っても、15年経っても、さほど再発率が減らないのだ。これこそが、ホルモン陽性乳がんが10年を過ぎても再発する理由と言えるだろう。
「骨には、がん細胞が死ぬことなく、休眠状態のまま、何年も潜伏できる場所があるのです」と中村さん。
それが「骨髄(こつずい)」だという。骨髄の中で何年も眠っていたがん細胞が、10年以上経ってまた増殖し始めるきっかけが何かはわからない。ホルモン療法が鍵をかける役割となり、がん細胞を閉じ込めていたとも考えられるし、何か別の刺激が加わって増殖が再び始まったとも考えられる。
いずれにせよ、骨髄という場所は、細胞レベルでがんが生き延びやすい環境であるのは確かなようだ。逆に、骨以外の肺や肝臓といった臓器は、がん細胞が休眠状態のまま長期にわたって生き延びるのは難しく、再発するなら5年以内。5年を越えての再発はほぼない。
骨転移を早期発見するために
というわけで、ここからは、何年経っても転移が懸念される骨転移について見ていこう。
健康な骨は、新しく骨を作る造骨細胞と、骨を溶かして壊す破骨細胞の働きがバランスをとって新陳代謝を繰り返している。
ところが、骨転移を起こして、骨にがん細胞が入り込むと、がん細胞が破骨細胞の活動を高める指令を出し、急激に骨を溶かしていく。その結果、骨が脆(もろ)くスカスカになり、病的骨折や強い痛みを引き起こす。
では、骨転移を早期に発見するにはどうすればよいのだろう。
「まず、症状を見落とさないことです。術後5年、10年と歳月が過ぎるにつれて、人は安心してしまうところがあります。でも、骨だけは別だという認識を頭の片隅に置いていてほしいのです。そして、腰や背中、大腿骨、肋骨、頭蓋骨など、体のどこかに痛みが出て、その痛みが続いたり、徐々に強くなってきたりしたときは、躊躇せずに乳腺外科を訪ねてください」と中村さんは忠告する。
骨転移が発見���れるのは、ほとんどが患者自身の訴えによるという。ちなみに、痛みが出るより早い段階で骨転移を見つける方法はないのだろうか?
「骨シンチグラフィを毎年受ける、という方法もあります。しかし、早い段階で転移を見つけて治療を開始した場合と、痛みなど症状が出てから治療を開始した場合で、予後(よご)に差がないことが数年前に実証されました。ですから、治療は症状が出てから開始します」とのこと。
逆に言うと、痛みがないうちから転移を見つけにいく必要はないが、痛みなど症状が出たら、それは「待ったなし」の治療開始サイン。その見極めが重要なのは言うまでもない。
現在、骨転移に使われている薬は、ビスホスホネート製剤の*ゾメタ、そして2013年に承認された*ランマークだ。
ビスホスホネート製剤は、破骨細胞が活動する場に付着して、破骨細胞自体の活動をブロックする。それに対してランマークは、破骨細胞のもとになる細胞、つまり骨髄中の、いずれは破骨細胞になるはずの前駆細胞の表面に出ているRANKL(ランクル)というタンパクに結合して成長を阻み、破骨細胞に至る手前で細胞死させるというメカニズムだ。
どちらも骨転移による破骨細胞の活性化を食い止めるという意味では同じだが、作用メカニズムは全く違い、ランマークはどちらかというと分子標的薬に近いと言えるだろう。ゾメタとランマークを比較した最近の臨床試験結果によると、ゾメタよりランマークのほうが、骨折や麻痺などの*骨関連事象(SRE)が少なくなることがわかったそうだ。
加えて、静脈注射のゾメタに比べ、皮下注射のランマークのほうが患者の負担も軽いとあって、骨転移の治療薬としては、ランマークが主流になっている。というわけで、現在、骨転移の治療は、ランマークを使いながら、通常の再発治療を同時に行うことになる。
万が一、再発しても慌てないために
では現在、ホルモン陽性HER2陰性乳がんが再発した場合、治療の流れはどうなっているのだろう。
術後10年、15年経ってから再発したとき(晩期再発)、とくに骨転移だけの場合は、アロマターゼ阻害薬を使っていた人ならば、*フェソロデックスに移行することが多いそうだ。フェソロデックスは、別名ピュア・アンチ・エストロゲンと言い、エストロゲン作用のない抗エストロゲン薬。アロマターゼ阻害薬とは全く違うメカニズムのホルモン薬なので、アロマターゼ阻害薬が効かなくなっても、効果が期待できる。
ちなみに、閉経前でタモキシフェンを長期服用していて晩期再発した場合は、生理があるならば*LH-RHアゴニストで生理を止めて、アロマターゼ阻害薬に切り替え、それが効かなくなったらフェソロデックスへ移行、という流れになる。
ホルモン陽性乳がんの場合、再発治療も、やはりホルモン療法が根幹になるが、特記すべきは、近年、そこに分子標的薬が加わってきたことだ。
「2014年に保険承認された*アフィニトールに続き、昨年、新たに*イブランスが保険適用になりました。フェソロデックスにイブランスを併用するとさらに効果が上がることも、最近、実証されたところです」
アフィニトールとアロマターゼ阻害薬の併用はすでに結果を出しているので、イブランスとアフィニトール、どちらの分子標的薬を先にすべきか、いつすべきか、どの組み合わせで併用するかなど、臨床的には悩むこともまだ多いのが事実。これらは、今後の臨床試験で明らかにされることだろう。
そのうえで確実に言えることが1つある、と中村さんは続けた。
「ホルモン陽性HER2陰性乳がんの再発治療については、ここ数年、新薬がいくつも登場し、選択肢の幅も広がり、組み合わせも増えています。患者さん1人ひとり、病状とそれまでの経過に合わせて、治療法の順番や組み合わせを選択できるようになったのです。つまり、術後5年、ないし10年(7年)のホルモン療法を終えた後、万が一再発したとしても、化学療法に移行する前に、ホルモン療法で踏みとどまれるチャンスがたくさんある、ということです。たとえ再発したとしても、そこから長期生存が十分可能。決して絶望することはありません」
油断は禁物。けれども、過剰な不安は必要ない。1年に1度、もしくは半年に1度の定期検診を受けて健康状態をチェックしていれば、あとは前向きに楽観的に生きていこう。そして、もし体のどこかに痛みを感じ、その痛みが続くときは、整形外科ではなく、乳腺外科へ。それだけは覚えておいていただきたい。
●ホルモン(内分泌)療法薬
*タモキシフェン=一般名ノルバデックス(抗エストロゲン薬) *リュープリン=一般名酢酸リュープロレイン(LH-RHアゴニスト薬) *フェソロデックス=一般名フルベストラント(抗エストロゲン薬) *アロマターゼ阻害薬=アリミデックス、フェマーラ、アロマシンの総称 *アリミデックス=一般名アナストロゾール(非ステロイド系) *フェマーラ=一般名レトロゾール(非ストロイド系) *アロマシン=一般名エキセメスタン(ステロイド系)
●ビスホスホネート製剤
*ゾメタ=一般名ゾレドロン酸
●分子標的薬
*アフィニトール=一般名エベロリムス(mTOR阻害薬) *イブランス=一般名パルボシクリブ(CDK4/6阻害薬)
*ランマーク=一般名デノスマブ(ヒト型モノクローナル抗体製剤)
*オンコタイプDX検査=乳がんの再発リスクを測定し、術後化学療法の有効性を判定する検査法
*骨関連事象(SRE)=病的骨折、脊髄圧迫、放射線治療、高カルシウム血症、整形外科治療など
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