アバスチンの適応拡大が、進行・再発乳がん治療にもたらす意義とは? 症状を抑え、QOLを高く保つ再発乳がん治療の基本を目指す
トリプルネガティブ乳がんにおける期待
乳がんの中には、女性ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)の受容体をもつタイプがあり、このホルモン受容体陽性乳がんには、ホルモン療法が有効だ。また、HER2タンパク質が多いHER2陽性乳がんには、ハーセプチンなどの抗HER2療法が有効である。
ホルモン受容体陰性で、HER2陰性の乳がんを、トリプルネガティブ乳がんという。ホルモン療法も抗HER2療法も効果がなく、化学療法が行われることになる。
「日本では、トリプルネガティブ乳がんに対して、海外で標準的に使われている薬が使えない状況が続いていました。アバスチンという新たな治療手段が加わったことで、選択肢の幅が広がりました」
従来は、トリプルネガティブ乳がんに対しても、ウィークリー・タキソールが行われていたが、治療成績は必ずしも良くなかった。一方、アバスチンを併用することで、無増悪生存期間が延長し、奏効率が向上する症例も認められた。
「アバスチンは他の抗がん剤と異なる作用をもっているため、抗がん剤だけでは十分な効果が期待できないトリプルネガティブ乳がんに対して、上乗せ効果が得られる可能性があります」
トリプルネガティブ乳がんの治療に、このアバスチンによる治療手段が加わったことは、患者さんにとって朗報で ある。

ホルモン療法が効かなくなった後での可能性
ホルモン受容体陽性乳がんは、ホルモン療法が効いている間は、ホルモン療法を続けるのが基本である。そして、ホルモン療法をやり尽くした場合や、ホルモン療法では、がんの勢いをコントロールできなくなった場合には、化学療法に切り替える。
「化学療法を行う場合には、タキソールとアバスチンの併用療法も選択肢の1つに加わりました���とくに、肝臓や肺に多発転移があり、近い将来症状が出てきそうな場合や、すでに症状が出ている場合は、アバスチンとの併用療法は候補の1つです」
タキサン系抗がん剤をすでに使っている場合は
タキソールとタキソテール(*)を含むタキサン系抗がん剤は、術前術後の治療で使われることが多い。そのような治療を受けている場合に、後に再発しても、タキソール+アバスチン併用療法は有効なのだろうか。
タキソール単独療法とタキソール+アバスチン併用療法を比較したいくつかの臨床試験結果を、さまざまなグループ別に解析した。その結果、術前術後の治療として、すでにタキサン系抗がん剤の治療を受けた患者さんでも、期間が限定している場合は、効果が得られる場合もあることがわかった。
*タキソテール=一般名ドセタキセル
アバスチン特有の副作用に注意!

血管新生阻害という特殊な作用をもつアバスチンは、副作用も他の抗がん剤とは異なっている。患者さんが普段から気をつけたい副作用には、高血圧、タンパク尿、出血(主に鼻出血)がある。
では、これらの副作用に対し、どのように対処すればいいのだろうか。
「きちんと血圧をチェックし、高血圧になった場合は、内科医と連携して降圧剤による治療を行います。降圧剤は、腎臓の保護作用があるアンジオテンシン受容体拮抗薬を使うのが望ましいでしょう。日常生活の注意は通常の高血圧の患者さんと同じです」
タンパク尿に関しては、アバスチンを投与する2週間ごとに尿検査を行い、タンパクが出ていないかをチェックす る。タンパクが出ていた場合には、休薬して回復を待つこともある。
「検査をせずに治療を続けていると、アバスチンの治療を継続できないような状況に陥る可能性があります。きちんとチェックしていれば、大きな問題にならずに治療を継続できます」

出血を起こしそうな疾患がないかを確認する
出血に関しては、
「鼻出血はよくみられますが、基本的には圧迫することで、自然に止まります。しかし、15分ほどしても止まらない場合には、病院に連絡しましょう」
その他の部位からの出血については、アバスチンの治療を開始する前に、出血を起こしそうな疾患があるかどうかを確認しておく。
「例えば胃潰瘍がある場合には、どの程度のものかを事前に調べ、治療を開始してよいかどうかの判断が必要となり ます」
一見、乳がんとは関係のない疾患でも、それをうまくコントロールしなければ、思わぬ副作用が出てしまうことがある。
前述した国内の臨床試験には、高血圧、タンパク尿、出血により、どのくらいの患者さんがアバスチン治療を中止したかを調べたデータがある。副作用でアバスチンを中止しなければならない患者さんは、それほど多くはなかった。しかし、血圧が高い場合などは、日常生活において、いわゆる生活習慣病対策が必要だ。
高額療養費制度について通院先に問い合わせを
アバスチンに限らず、分子標的薬は高価な薬が多く、使い続ける患者さんにとって、経済面の負担が大きい。
このような場合、高額療養費制度の利用が勧められる。この制度は、いったん支払った自己負担額のうち、限度額を超えた金額が高額療養費として後で払い戻されるというものである。自己負担限度額は、年齢や所得などで決まり、どの患者さんも同じというわけではない。
「この制度については、医療者側が患者さんにわかりやすく説明することが大切です。とはいえ、必ずしもどの医療者でも説明できるわけではないのが現状です。病院には、高額療養費制度について患者さんに説明できる部署があるはずですので、患者さんの側からもぜひ問い合わせてみてください」
具体的には、病院の医事課や、医療ソーシャルワーカーのいる医療相談室などが、高額療養費制度についての相談窓口になっている場合が多いという。
再検討の臨床結果が待たれる
FDA(米国食品医療局)では、「複数の試験で無増悪生存期間は延長するものの、全生存期間延長は認められな かった」ということを主な理由として、アバスチンの乳がんへの適応を削除した。
一方、米国にて診療ガイドラインを策定しているNCCN(*)は、タキソールとアバスチンの併用に限り、カテゴリ2A(十分なエビデンスはないが、パネルメンバーが全員一致で賛成)としてガイドラインに残すとの見解を変えていない。
日本では、米国での再検討の結果、および、国内での臨床試験の治療成績を含めて評価し、厚生労働省は最も無増悪生存期間の長かったタキソールとの併用においてのみ、2011年9月に正式承認した。
現時点では、ハーセプチンに対するHER2検査のように、どのような患者さんに有効かを予測する検査法がないために、適用に際しては慎重な判断が必要となる。また、副作用が強ければ、QOLの向上は望めず逆効果となる。今後も、どのような患者さんに最も良い適応となるのかについて、現在米国で計画されている臨床試験の結果が待たれる。
*NCCN=世界の21の主要がんセンターのNPO団体。National Comprehensive Cancer Network
タキソールとの併用が効果を示した一例
Aさん(46歳)は、6~7㎝の大きな腫瘍があり、頸部リンパ節も腫れていて手術できなかった。しかもトリプルネガティブ乳がんであるため、タキソール単剤では効かない可能性があり、アバスチン併用療法を開始。現在2コースを終了したが、腫瘍は短期間で縮小し、手で触れてもわからない程度になっている。
「局所進行乳がんで、なんとか手術に持ち込みたいと始めた治療ですが、ダウンステージングは今のところうまくいっています」
今後、アバスチンの最も良い適応を見い出す臨床試験の結果が、待たれるところである。
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