長期戦に臨むための治療戦略と、心の病気の早期発見が大切 乳がんの再発・転移――確かな治療法と心のケアの重要性を知ろう
アロマターゼを阻害する力はフェマーラが強い

3種類のアロマターゼ阻害剤を比較して、どれが最も治療効果が優れているかという結論は出ていない。しかし、薬の作用の強さを比較した試験の結果は報告されている。
アロマターゼというエストロゲンの合成に働く酵素をブロックする力をみた試験で、アリミデックスを使っていた人がフェマーラに切り替えるとアロマターゼを阻害する力が強くなり、フェマーラからアリミデックスに切り替えるとその力が弱くなる、という結果が出ているのだ。
「アロマターゼを阻害し、エストロゲン濃度を低下する力が最も強力なのがフェマーラだということが、この試験からわかります。薬自体のパワーとしては強いということが言えるのではないでしょうか」
厳密にいえば、その強さが治療効果に結びつくかどうかは確認されていない。しかし、再発・転移乳がんをこれからアロマターゼ阻害剤で治療するという場合、最初にフェマーラが使われることは多いようだ。
再発・転移では心のケアも大切
がんと診断されると、治療はもちろんのこと、それと同時に心のケアも重要となってくる。埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科教授の大西秀樹さんによれば、とくに再発・転移が明らかになった場合には、心のダメージは初発のときよりも大きいという。
「再発・転移になると、これまで治療を頑張ってきたのに、という落胆の気持ちも大きいと思います」
がんの患者さんにおけるうつ病と適応障害の有病率は、10~40パーセントだという。適応障害とは、ストレスによって抑うつ的になる病気で、うつ病より軽度な状態だ。
また、がんの患者さんだけでなく、家族にうつ病などが見られるケースも少なくない。埼玉医科大学国際医療センターの精神腫瘍科では、こうした人たちの治療も行っている。
がんの患者さんの心の治療に関しては、日本サイコオンコロジー学会が2010年にも「精神腫瘍登録医制度」を始めることになっている。がんの患者さんの心の��療を行う医師の名簿が、学会のホームページで調べられるようになるそうだ。
心の風邪などではなくもっと苦しい病気
- 精神症状そのものの苦痛
- 生活の質(QOL)の低下
- 適切な意思決定障害
- 自殺
- 家族の精神的苦痛
うつ病は“心の風邪”と言われることがあるが、それは正しくないと大西さんは言う。
「誰にでも起こりえるという点では風邪に似ていますが、患者さんのつらさや苦しさはまるで違います。風邪のような軽い症状の病気ではなく、うつ病は苦しい病気です。日本では年間3万人が自殺しますが、その7割はうつ病が関係しています。風邪で自殺はしませんからね」
あまりにも苦しいため、うつ病になるとがんの治療にも悪影響が出ることがある。術後化学療法のデータだが、うつ病がなければ治療を受ける人が9割に達するが、うつ病になると5割になってしまうというのだ。
「がんと闘う意欲も失われてしまうのでしょう。うつ病はそのくらい苦しい病気なのです」
5つ以上の症状がそろえばうつ病と診断する
精神症状 | 身体症状 |
---|---|
1 抑うつ気分 2 興味・意欲の低下 3 自責感 4 希死念慮 | 5 食欲低下 6 全身倦怠感 7 制止 8 不眠 9 集中困難 |
1,2のどちらかは診断に必須である 上記9つの症状のうち、5つ以上が2週間以上にわたって認められる場合にうつ病と診断する |
うつ病になると、左下の表に示したような特徴的な症状が現れる。言葉が難しいので、解説してもらった。
興味・意欲の低下というのは、きれいな紅葉を見てもきれいだと思えない、見たいという気も起らない、といった状況。自責感は、こうなったのは自分のせいだという感覚。希死念慮は、消えてなくなりたい、死にたい、という気持ち。制止とは、頭の回転が遅くなることだ。
「この1~9の症状のうち、1と2のどちらか、あるいは両方を含んで、5個以上の症状がそろっている場合にうつ病と診断します」
こうした症状によって、本人がうつ病に気づくこともあるが、それはあまり多くはない。多くの場合、うつ病になっていても、本人はそれに気づかないまま苦しんでいる。
「うつ病で体がだるいのに、がんのためだと思っていたり、治療の副作用だと思っていたりすることがよくあります」
うつ病の発見には、周囲の人たちの“気づき”も重要だと大西さんは言う。「なんか変……」と感じたら、医師や看護師に相談してみるといいだろう。
早く回復するためにも家事をしないことが大切

うつ病と診断がついた場合には、精神療法と薬物療法が行われる。適応障害なら薬を使わないこともあるが、うつ病なら抗うつ剤による治療が必要になる。
精神療法とは、いわゆるカウンセリングによる治療。患者さんの話をよく聞くことが基本で、ありのままを受け入れ、現実的な範囲で助言を与える。
薬物療法では抗うつ剤が使われる。副作用によって、その患者さんに合った薬が選ばれるのだという。
「少しよくなると、もう薬はいらないと考える人がいますが、よくなったときの服用量で6カ月間続け、そこから少しずつ量を減らしていきます。これが抗うつ剤の使い方の基本です」
うつ病の治療で薬は重要だが、薬さえ飲んでいれば治るというものではない。とくに初期の段階では、安静がきわめて重要だ。
「初期は家事をしないことですね。家族が代わりに行い、患者さんができるだけ安静にできるように心がけます。とくに朝は起きないでじっとしていることが大事。朝食を作って夫を送り出さなければと考える人が多いのですが、そういった無理がうつ病を長引かせることにつながります」
家事は家族が行うのが基本で、やってくれる人がいなければ、掃除も洗濯もやめる。家事は最低限度にして、なるべく寝ているほうがいいのだ。このように、うつ病の初期には安静が大切なのだが、この点に関しては誤解している人が多い。
「外出して気晴らししたほうがいいとか、散歩すればよくなるなどと言って、連れ回すのはよくありません。逆効果です」
うつ病の治療では、日常生活で気をつけるべきことが多い。家族や周囲の人も、しっかり学んでおく必要があるようだ。
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