進行再発乳がんのホルモン療法 タモキシフェンよりもアロマターゼ阻害剤のほうが効果がある。そして……

監修:佐伯俊昭 埼玉医科大学病院乳腺腫瘍科教授
取材・文:柄川昭彦
発行:2007年5月
更新:2013年4月

閉経後のホルモン療法にアロマターゼ阻害剤

ホルモン療法では、エストロゲン(女性ホルモンの一種)の働きを抑えるタモキシフェン(商品名ノルバデックス等)が広く使われてきた。ところが、最近になって、アロマターゼ阻害剤という薬が注目されている。特に閉経後の乳がんに対しては、タモキシフェン以上の働きをすることが明らかになってきた。 まず、アロマターゼ阻害剤について説明しておこう。閉経前の女性だと卵巣からエストロゲンが分泌されていて、これががん細胞の増殖に利用される。タモキシフェンは、がん細胞のホルモンレセプターに作用し、がん細胞がエストロゲンの影響を受けないようにする薬だ。

閉経すると、卵巣からのエストロゲン分泌はなくなる。しかし、副腎皮質で分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)を材料に、アロマターゼという酵素の働きによって、エストロゲンが作り出される。アロマターゼ阻害剤は、アロマターゼの働きを阻害することで、エストロゲンを作れなくする薬なのだ。

アロマターゼ阻害剤には、非ステロイド系のアリミデックス(一般名アナストロゾール)とフェマーラ(一般名レトロゾール)、それにステロイド系のアロマシン(一般名エキセメスタン)がある。

「乳がんのホルモン療法は、閉経前と後では異なります。アロマターゼ阻害剤は、基本的には閉経後のホルモン感受性乳がんに対応する薬。閉経後の進行再発乳がんに対するタモキシフェンとアロマターゼ阻害剤の比較試験では、いろいろな面でアロマターゼ阻害剤が勝るという結果が出ています」

アロマターゼ阻害剤の有効性は、臨床試験でも明らかになっている。閉経後の進行再発乳がんの患者を対象に、タモキシフェンを投与した群と、フェマーラを投与した群の治療成績を比較した研究がある。

その結果、病状が悪化するまでの期間(TTP)の中央値は、タモキシフェン群で6.0カ月間、フェマーラ群で9.4カ月間だった。つまり、フェマーラを投与していた群のほうが、病状が悪化するまでの期間が長かったわけだ。

奏効率(CRとPRの割合)で見ても、タモキシフェン群が21パーセ��トなのに対し、フェマーラ群は32パーセントと勝っている。また、臨床的有用性といって、CRかPRかNC(不変・進行しないので効果があったと考える)の状態が24週以上続いた患者の割合は、タモキシフェン群が38パーセント、フェマーラ群が50パーセント。さらに、ホルモン療法から化学療法を行うに至るまでの期間では、タモキシフェン群9カ月に対し、フェマーラ群16カ月と大差がついている。「化学療法を行わずにすむ期間が長いということは、患者さんのQOL(生活の質)向上に結びつく結果になります」(佐伯さん)

[タモキシフェンとフェマーラの比較(病状が悪化するまでの期間)]
図:病状が悪化するまでの期間
[タモキシフェンとフェマーラの比較(化学療法までの期間)]
図:化学療法までの期間

アロマターゼ阻害剤はHER2陽性でも有効

アロマターゼ阻害剤に関する新しい話題もある。HER2(乳がん細胞などの表面に出る受容体タンパク)陽性の乳がんに、アロマターゼ阻害剤が期待されているのだ。

HER2陽性の乳がんは、予後が悪いことが知られている。このような乳がんに対して、化学療法ではハーセプチン(一般名トラスツズマブ)が使われるようになって効果をあげているが、ホルモン療法では、まだ模索状態。ところが、最近になって、ホルモンレセプター陽性で、HER2陽性の乳がんに対しては、タモキシフェンよりアロマターゼ阻害剤の有効性が高いと考えられるようになってきたのだ。その現象について、佐伯さんは「仮説」と断りながら、次のように説明してくれた。

「ホルモンレセプターは、がん細胞の核だけでなく、細胞膜にも存在するという説があります。だとすると、細胞膜のレセプターと結合したタモキシフェンは、同じ細胞膜にあるHER2の影響を受け、効きにくくなると考えられます。その点、アロマターゼ阻害剤はエストロゲン自体を減らすので、増殖刺激の大元を断つことになる。そのため、HER2の影響をあまり受けずに、細胞の増殖を防げると考えられています。また、タモキシフェンを長く使用したりするとレセプターに結合したとき、増殖刺激をさせるエストロゲンのような反応を示している可能性も否定できません」

閉経後の進行再発乳がんに対して、タモキシフェンよりアロマターゼ阻害剤のほうが有利であることは前述した通り。特にHER2が過剰発現している場合には、アロマターゼ阻害剤が適している可能性が高い。ただし、この点に関してはエビデンス(科学的根拠)が十分でないので、あくまで仮説である。

ホルモンレセプター陽性で、HER2陽性の場合、ホルモン療法とハーセプチンの併用を考えたくなる。これに関しては、興味深い臨床試験が報告されている。アロマターゼ阻害剤のアナストロゾール単独群と、アナストロゾールとハーセプチンの併用群の成績を比較したところ、併用群の生存期間が有意に長かったのだ。

「ハーセプチンでホルモン療法の効果が増強されたのでしょう。効かないものを効くようにしたのではなく、すでにあった効果が増強されているのです。エビデンスがあるのはアナストロゾールですが、他のアロマターゼ阻害剤でも、同様な結果が出る可能性は十分にあります」

この点に関しても、今後の臨床試験に期待したところだ。

3種の薬の中で有効性を比較する

現在、使われているアロマターゼ阻害剤は3種類。閉経後の進行再発乳がんの治療において、それぞれの薬の効果を比較した興味深いメタアナリシス(複数の研究結果を解析)が報告されている。たとえば、〈フェマーラ対タモキシフェン〉と〈アリミデックス対タモキシフェン〉という複数の比較試験を統合解析することで、〈フェマーラ対アリミデックス〉の結論を導き出してくるわけだ(下図参照)。

「この研究では、いくつもの研究結果から、アリミデックスよりフェマーラの有効性が高いという結論を導き出しています。メタアナリシスは、リーズナブルな研究方法で、信頼性が高いのが特徴。治療効果の面では、これが結論なのでしょう。ただ、これはエビデンスの1つですが、世の中のコンセンサスが得られているわけではありません。実際には、副作用なども考慮して薬を選ぶ必要があります」

アロマターゼ阻害剤には、エストロゲンを抑えることによる副作用が現れやすい。3種類のアロマターゼ阻害剤の副作用については、とくにどの薬が有利ということはないという。ただ、ステロイド系と非ステロイド系で若干の違いがあり、非ステロイド系は骨への影響がやや少なく、血中脂質への影響は大きいことが明らかになっている。

「アロマターゼ阻害剤をどう使い分けるかは、とても難しい問題です。ただ、それぞれの有効性を比較したメタアナリシスが出てくるとなると、今後は使い分けの方向に進んでいくのかもしれません」

どのような患者に、どのアロマターゼ阻害剤を使えばいいのか。それを明らかにしていくことで、アロマターゼ阻害剤による治療は、ますます進歩していくに違いない。

[アロマターゼ阻害剤の比較(臨床的有用性)]
図:アロマターゼ阻害剤の比較

2007 The Cochrane Collaboration


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