乳がんの皮膚転移 この方法で臭いや痛みがグンと軽くなる!
患部の臭いを消す方法は?
メトロニダゾール軟膏が効果的。院内製剤を患者さんに処方

「がん性潰瘍の悪臭への対策として大切なのは、まず感染を防ぐことです。そのため、かつては患部の処置として、やけどの治療に用いるゲーベンクリームなどの外用薬で、患部を覆い、外からの菌の侵入を防ぐ方法などが行われていました。ただ、すでに感染している場合はこの方法ではカバーしきれないので、悪臭、出血、痛みなどに効果的な方法を模索する必要がありました」(中村さん)
中村さんは、悪臭等を改善する方法として、オムツカバーの裏に、靴底に敷く活性炭を貼ったものを用いて患部を覆うなど、試行錯誤を繰り返してきたそうです。
2005年に聖路加国際病院にブレストセンターが開設され、乳腺外科病棟が専門病棟化した前後から、中村さんをはじめとする医師や薬剤師さん、看護師さんなどのチーム医療によるカンファレンス(検討会)がスタート。カンファレンスでがん性悪臭の患者さんの悩みを知った薬剤部・渡部一宏さんからの提案により、浸出液や悪臭、出血、痛みなどを軽減する病院薬局製剤(院内製剤)を積極的に作成し、患者さんのケアに貢献しようという動きが3年ほど前から起こってきました。
この軟膏製剤の名は、「メトロニダゾール軟膏」です。このような軟膏は日本では製造されていないため、トリコモナスなどの嫌気性菌や真菌に対して、おもに婦人科領域等で使われている抗生物質「メトロニダゾール(商品名はフラジール錠)」という薬剤を用いて、ワセリンや親水性軟膏などの基材と混合し、病院内の薬局で製剤化しているものです。
「メトロニダゾールの錠剤を服用することも可能ですが、胃腸障害などの副作用が懸念されることや耐性菌のことなどを考慮すると、乳がんの皮膚転移の場合は、患部の症状緩和をはかり長期に使用するためにも、軟膏にして塗布することが望ましいと考えられます」(渡部さん)
皮膚転移の悪臭に対するメトロニダゾール軟膏の効果は、数年前から論文や看護雑誌などで発表されており、日本病院薬剤師会の製剤の本にも基本の処方が収載されていますが、まだまだ普及していないといわれています(下コラム参照)。
「軟膏の作り方としては、経口用の錠剤を砕いて基材と混ぜて軟膏にする方法もありますが、フラジール錠は表面にコーティングがほどこしてあるた���、つぶしたときに粒粒ができて、患部に塗ったときに違和感を与えてしまう可能性もあります。そこで、聖路加国際病院ではメトロニダゾールの試薬(原末)を原料として病院負担で購入し、個々の患者さんの患部の状態を考慮した軟膏またはゲルにして、患者さんに提供しています」(渡部さん)
Rp. 1% メトロニダゾール軟膏 | |
---|---|
メトロニダゾール試薬 | 1g |
プロピレングリコール | 3ml |
親水軟膏 | 96g |
Rp. 0.8%メトロニダゾールゲル | |
メトロニダゾール試薬 | 0.8g |
プロピレングリコール | 10ml |
カーボポール 934-P | 0.88g |
10%水酸化ナトリウム溶液 | 2ml |
注射用水 | 90ml |
同院では、患者さんのQOLを考えて、浸出液、痛み、出血など、それぞれの症状に合わせた薬剤の配合の検討も行っています(表1参照)。
「患部から出る浸出液対策としては、基材にワセリンなどの油溶性軟膏を使うと浸出液を吸収することができないので、親水性軟膏を基材にしたものや、浸出液が多い方用に、吸収力の高いゲル剤(ゼリータイプ)も作っています。また、痛みに対しては、局所麻酔剤などを配合しています」(渡部さん)
現在、同院では、他院からの転院者も含む皮膚転移の患者さん8人にメトロニダゾール軟膏を継続的に処方し、ほとんどの方から「軟膏を使い始めて3日~5日程度で悪臭が消えた」「症状が改善した」との報告を得ています。
「また、患者さんたちからとくに大きな副作用の報告はないので、安心して使える製剤であると考えられます。院内製剤であり保存料は入っていないため、なるべく新しいものを使うことをおすすめしています」(渡部さん)
悪臭などの症状に悩む患者さんには大きな福音といえるでしょう。
渡部一宏さんより一言
多施設へのアンケート調査の結果、メトロニダゾール軟膏の普及は不十分
メトロニダゾールの軟膏が、乳がんの皮膚転移など、がん性の悪臭に効果があることは以前から報告されていますが、日本では製品化されていないため、各医療施設で調剤した「院内製剤」を用いなければなりません。
聖路加国際病院の薬剤部で、432の日本乳癌学会認定施設(診療所を除く)を対象にアンケート調査を実施したところ、回答を寄せた313施設のうち、メトロニダゾール軟膏を院内で製剤化している施設は、わずか3割のみでした。乳がんの専門施設ですら、悪臭に対する効果的な対策がとられていない実体が明らかになりました。
また、各施設が軟膏に用いている主原料はフラジール錠(メトロニダゾールの経口用錠剤)、メトロニダゾール試薬(原末)、フラジール腟座剤など。ペースト状にするための基剤の原料は、油溶性のマクロゴール軟膏や、親水軟膏などまちまちで、濃度や添加剤にもばらつきがあり、各施設で試行錯誤していることがうかがえます。メトロニダゾールの試薬では保険請求できないため、経口の錠剤を砕いて使用し、保険請求している施設もあるようです。
今後も臨床データを蓄積し、より効果的で安価な軟膏で皮膚転移のケアができるように、研究を続けていきます。
患部の手当ての仕方は?
シャワー後、ガーゼに軟膏を塗り、朝晩2回程度交換する
患部の手当てをするときは、軟膏を塗る前に、シャワーで患部をよく洗い、清潔なガーゼかタオルで水分をふき取ります。ガーゼにメトロニダゾール軟膏を塗って、患部に貼り、テープで固定します。メトロニダゾール軟膏の使用量は、患部の大きさや浸出液の量にもよりますが、平均1週間に100グラム程度使用の方が多いそうです。
浸出液が多い場合は、頻繁にガーゼを交換するほうがよいでしょう。浸出液の漏れを防ぐため、授乳パットをあてている患者さんもあります。患部が大きいときは、カットした軟らかい紙おむつや尿取りパッドなどをガーゼの上からかぶせて、漏れを防ぐという方法もあります。
同院では、看護婦さんが「浸出液を吸収し、漏れも防ぎ、患部に貼りつかないガーゼ」を研究中です。
使用済みのガーゼなどを放置すると臭いの原因になりますから、ポリ袋などに入れて密閉し、ゴミとして処理します。また、手当てをした後は換気をして部屋用の消臭剤などをスプレーしておくと、ご家族も気持ちよく過ごせます。
「皮膚転移をした患者さんにとって一番気になるのは、その臭いです。その強烈な臭いのために、同居のご家族、入院中なら同室の人、医療者とのつき合いにまで影響を及ぼすことも考えられます。なかには、臭いのせいで外来での診察を躊躇してしまう患者さんもいるといわれます。メトロニダゾール軟膏によって臭いがなくなれば、患者さん自身のQOLが向上するばかりでなく、社会生活や診療へのモチベーションも高まると思われます」(渡部さん)
中村さんも、こう呼びかけています。「医療者の方々も、基本処方(表1参照)を参考に、院内製剤を工夫していただきたいと思います。ご家庭でのガーゼ交換は大変ですので、ご家族も看護師さんに習って患者さんの処置を手伝ってあげていただきたいですね」
中村清吾さんより一言
事例1
Aさん(49歳・独身)は、2002年から左乳房のしこりが徐々に増大、皮膚に潰瘍をつくるようになって、2003年暮れに当院を受診。がんは乳房全体に広がり、皮膚浸潤も2カ所に認められました。ホルモン療法もハーセプチンも効かない、抗がん剤も効きにくいトリプルネガティブと呼ばれる難治タイプ。抗がん剤治療(CEF)を開始して1週間目に発熱し、潰瘍からの浸出液も増え、悪臭と痛みを伴うため感染が強く疑われて緊急入院。抗生物質を投与し、局所麻酔剤を配合したメトロニダゾールゲルで、浸出液を吸収しながら痛みも抑える処置を続けたところ、約1週間で炎症も悪臭もおさまりました。CEF4コースの後、ウイークリー・タキソールを外来で投与。ときどき入退院をしていますが、その後もメトロニダゾール軟膏で局所の炎症と痛みはコントロールできています。
事例2
2004年2月に他県の病院で右乳房に乳がんが発見されたとき、肝転移を起こしていたBさん(45歳)。手術不能でしたが、ホルモン感受性はER、PGRともに3プラスで、ホルモン療法を受け、骨転移もあったので、ビスフォスフォネート(アレディア)も使用していました。2006年4月にホルモン療法の効果がみられなくなり、当院に紹介されて来院。黄疸が出るほど肝機能が悪化していたのですが、ナベルビンのウイークリー投与で肝機能がやや改善しました。皮膚への浸潤もあったため、浸出液が増える前にメトロニダゾール軟膏でのケアを始めたところ、感染が予防でき、高熱や悪臭などの症状には至らずにいます。
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