渡辺亨チームが医療サポートする:乳がん脳転移編
リンパ節、肺、肝、脳。次々に起こる転移に患者は途方に暮れる
渡辺 亨さんのお話
*1 術後薬物療法の選択
乳がんの中には、発見された時点で微小ながん細胞がすでに全身に転移していると考えられる場合があります。手術や放射線などで原発部分に対する治療だけでは、不十分であることが少なくありません。そのため、これらの治療と合わせて、抗がん剤やホルモン剤を用いてがん細胞を叩く全身療法を行う必要があります。
ただし、微小転移がありそうかどうかを、いまだに完璧に推測することはできません。薬物治療の必要性があるかどうかを知るためには、「わきの下のリンパ節への転移があるかどうか」「がんの顔つき(悪性度)」「がんの大きさ」などがポイントとなり、これらを「予後因子」と呼びます。
また、どのような治療法が適しているかについては、「ホルモン受容体が陽性かどうか」「HER2タンパクが陽性かどうか」というがんのタイプから判断します。これを「予測因子」といいます(→*2参照)。術後の薬物治療はこれらの因子から選択するのが一般的です。
*2 乳がんのタイプと術後薬物療法の種類
乳がんの約3割は、エストロゲンやプロゲステロンと呼ばれる女性ホルモンが、がん細胞の増殖スピードに影響するタイプのがんです。手術で取った乳がん組織中にあるエストロゲンやプロゲステロンを受け入れるホルモン受容体というものを検査して、これがあれば女性ホルモンに影響されやすい乳がんであるということになります。こうしたタイプの乳がんをホルモン受容体陽性といい、術後薬物治療では女性ホルモンの働きを抑えるホルモン剤を取り入れて治療を行います。
ホルモン受容体が陰性のタイプの乳がんに対する術後薬物治療については、従来の細胞毒性(正常細胞にもダメージを与える)の抗がん剤を用います。抗がん剤は、がん細胞を直接死滅させる薬です。作用の違う薬同士を組み合わせたり、単独で使ったり、投与方法もいろいろです。一般に、補助抗がん剤治療の場合は、経口剤の単独投与か、すでに決められた組み合わせで投与します。
2年に1度、世界の乳がん専門医が集まり、乳がん治療の方針を決定する国際会議「ザンクトガレン」のガイドラインでは、次の条件のいずれか1つに当てはまる場合は再発のリスクがあると判断され、術後抗がん剤治療を必要としています。
(1) しこりの大きさが2センチを超える
(2) がん細胞の顔つきが悪い
(3)年齢35歳未満
(4) ホルモン感受性がない
リスク カテゴリー | 内���泌反応性 | 内分泌非反応性 |
---|---|---|
低リスク | 腋窩リンパ節転移陰性、*ER、*PRいずれか陽性で病理学的腫瘍浸潤径<1cm 〈または〉 腋窩リンパ節転移陰性、ER、PRいずれか陽性で以下のすべての項目をみたす ●病理学的腫瘍浸潤径<2cm ●グレード1 ●年齢 35歳以上 ●広汎な脈管浸潤なし ●HER2の過剰発現/増幅なし | 該当しない |
中リスク | 腋窩リンパ節転移陰性、ER、PRいずれか陽性で以下の項目のうち1つ以上該当 ●病理学的腫瘍浸潤怪>2cm ●グレード2、3 ●年齢 35歳未満 ●広汎な脈管浸潤あり ●HER2の過剰発現/増幅あり 〈または〉 腋窩リンパ節転移1~3個陽性、ER、PRいずれか陽性で以下のすべて該当 ●広汎な脈管浸潤なし ●HER2の過剰発現/増幅なし | ER、PR陰性で左の諸条件をみたす |
高リスク | 腋窩リンパ節転移1~3個陽性、ER、PRいずれか陽性で以下のいずれか該当 ●広汎な脈管浸潤あり ●HER2の過剰発現/増幅あり 〈または〉 腋窩リンパ節転移4個以上陽性、ER、PRいずれか陽性 | ER、PR陰性で左の諸条件をみたす |
[術後薬物治療の治療指針]
リスク カテゴリー | ホルモン 感受性あり | ホルモン 感受性不明 | ホルモン 感受性なし |
---|---|---|---|
低リスク | ホルモン療法 | ホルモン療法 | |
中リスク | ホルモン療法単独 or 化学療法→ホルモン療法 (化学療法+ホルモン療法) | 化学療法→ホルモン療法 (化学療法+ホルモン療法) | 化学療法 |
高リスク | 化学療法→ホルモン療法 (化学療法+ホルモン療法) | 化学療法→ホルモン療法 (化学療法+ホルモン療法) | 化学療法 |
*3 CMF療法
CMF療法は、日本では1994年に承認されて以来、現在も広く用いられている乳がんの術後抗がん剤治療です。エンドキサン(一般名シクロホスファミド)、メソトレキセート(一般名メトトレキサート)、5-FU(一般名フルオロウラシル)という薬剤を組み合わせて投与する方法です。4週間(28日)を1サイクルとして、エンドキサンを経口で1~14日に服用し、その間メソトレキセートと5-FUの点滴を1回40分程度で2回行います。これを6サイクル繰り返すのが1コースということになります。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | ・・・・・・・・・ | 27 | 28 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
エンドキサン | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ||||
メソトレキセート | ↓ | ↓ | ||||||||||||||||
5-FU | ↓ | ↓ |
*4 乳がんの腫瘍マーカー
乳がんの腫瘍マーカーとしてよく用いられるのは、CEA、CA15-3、ST439などですが、術後再発を早期発見する上ではそれほど感度が高くありません。このうち比較的感度が高いのはCA15-3ですが、このマーカーは乳がんに特異的に反応するわけではないので、他のがんがあった場合、その陰に隠れてしまうこともあります。
*5 乳がんの再発と転移
再発とは、乳がんの診断が行われた時点で、すでに全身に微小転移していたがん細胞が目に見える形になって現れることをいいます。乳がんの場合、手術から再発までわずか数カ月と早いこともあれば、10年以上経過して再発することもあります。「がんは早期に治療すれば安心」といいますが、その性格は様々であり、例外も少なくありません。
乳がんの再発というと、多くの人は原発のがんができた乳房またはその反対側に腫瘤ができると考える方が多いようです。確かにそれも再発であり、「局所再発」とも呼びます。これに対して、わきの下のリンパ節や鎖骨上のリンパ節、脳、骨、肝臓などに遠隔転移したものも再発ですが、これらは「転移」とも呼びます。このように、初発がん発見からの時間と場所によって、一応再発と転移を区別しています。
乳がんは全体の30~40パーセントが再発します。1期ならば再発率は10パーセント以下ですが、2期になると20~30パーセント、3期以上になると半分が再発します。

*6 アントラサイクリン系抗がん剤
アントラサイクリン系抗がん剤には、アドリアシン(一般名ドキソルビシン)やファルモルビシン(一般名エピルビシン)などがあります。そして、これらの抗がん剤を用いた術後補助抗がん剤療法として、
AC療法(アドリアシン、エンドキサン)
CAF療法(エンドキサン、アドリアシン、5-FU)
CEF療法(エンドキサン、エピルビシン、5-FU)
と呼ばれるメニューがあります。たとえば、AC療法はCMF療法の半分の期間(3週間)でこれと同一の効果を上げることができるといわれており、またCEF療法はCMF療法よりやや強い効果を得られるといわれています。
最近の『ニューイングランドジャーナルオブメディシン』でも、HER2強陽性の例で、CEF療法はCMF療法よりよい効果を上げられることが指摘されました。
しかし、一般にCMF療法の副作用はそれほど強くありませんが、アントラサイクリン系の薬剤を含む治療は脱毛、嘔気、白血球減少は強い傾向があるので、患者さんはそのことを理解した上で治療を受ける必要があります。また、医師は副作用に対する支持療法が必要とされます。
*7 HER2タンパクとハーセプチン
全乳がんの約3割はHER2 (Human Epidermal Growth Factor Receptor Type 2)というタンパクを持っています。このタイプの乳がんは、HER2から栄養を取り入れて育ちます。がん細胞にHER2がどのくらいたくさん出ているかによって、プラス1、プラス2、プラス3とランク付けし、プラス2、プラス3を「強陽性」といいます。HER2タンパク陽性のがんのホルモン受容体はほとんど陰性です。
このHER2タンパクを狙い打ちしてがんの成長を抑える効果を持つのがハーセプチン(一般名トラスツズマブ)という薬剤です。がん細胞が栄養を取り入れられないようにしてがんを殺します。
ハーセプチンはこれまで、転移性の乳がんの治療薬と考えられてきましたが、最近では早期の乳がんの術後薬物療法としても有用であることがわかってきました。2006年のASCO(米国臨床腫瘍学会)で、標準的な化学療法の後に分子標的薬のハーセプチンを投与すると、23カ月目の段階で死亡のリスクが34パーセント低減できると報告されています。HER2陽性の症例には、術後の補助抗がん剤療法にハーセプチンが加わることが標準的になると見られます。

*8 脳転移の症状
乳がんが脳に転移した場合、頭痛やものがダブって見える複視、ものが考えられなくなったり記憶をなくする失見当識などの症状が現れます。脳転移が生じてしまった患者さんの予後は一般的には不良ですが、時には多発脳転移でも治ってしまい、10年以上元気な人もいます。
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