渡辺亨チームが医療サポートする:乳がん脳転移編
9個の脳転移巣を「全脳照射とガンマナイフ」治療でたたく
多湖正夫さんのお話
*1 転移性脳腫瘍の診断
脳腫瘍とは、脳や脳の周辺組織などの頭蓋骨の内部にある組織に発生する腫瘍です。一般に脳腫瘍といえば脳組織自体から発生する「原発性脳腫瘍」を意味します。原発性脳腫瘍は、あまり他の臓器に転移することはありません。
これに対して他の臓器のがんが脳に転移してくるものを「転移性脳腫瘍」といいます。転移性脳腫瘍の原発巣としてもっとも多いがんは肺がんで約半分を占め、これに続くのが乳がんや消化器系のがんなどです。転移性脳腫瘍の特徴として、転移が複数箇所認められることがあげられます。
転移性脳腫瘍の診断の中心はCTやMRIによる画像検査です。とくにMRI検査は転移性脳腫瘍の診断には最も有効であり、問診や診察による症状の確認と画像検査とでほとんどは診断が付きます。
*2 頭蓋内圧亢進と脳転移の症状

脳は頭蓋骨という限られたスペースの中に収まった臓器なので、この中に脳以外の大きな占拠物(腫瘍や血腫)ができたり、脳そのものが腫れたり(脳浮腫)すると、正常な脳の組織が圧迫されて様々な症状(頭蓋内圧亢進症状や局所の神経症状)が出ます。
頭痛も重要な頭蓋内圧亢進症状の1つですが、特徴的なこととして、朝、目がさめたときに痛みのピークのある頭痛が現れます。一定の頻度で精神症状の出現を認めることも特徴です。
また、例えば転移性脳腫瘍が脳の左前頭葉にある運動野にできた場合には、右側の手足を動かす機能が侵されるため右半身の運動マヒが起こります。けいれん発作が見られることもあります。前頭葉に腫瘍ができたときには他に無気力、認知症のような行動、性格の変化、尿失禁、言語障害などが現れることがあります。
腫瘍が脳の中心部分の下垂体や視床下部にできると眼を動かす神経に障害が起こって物が二重に見える、視力が低下するなどの視覚異常が現れたり、無月経などの内分泌障害が起こることがあります。
さらに小脳や脳幹部分に脳腫瘍ができると、ふらつき、めまい、平衡感覚障害、手足のマヒなどの症状が出ることがあります。
*3 転移性脳腫瘍の治療と予後
転移性脳腫瘍の中で、腫瘍の大きさが3センチを超える場合、基本的に手術による摘出が優先されます。しかし、摘出困難な場所に腫瘍がある場合や、全身状態の悪い人や生命予後があまり期待できない人は腫瘍の摘出をせずに、放射線治療か点滴による脳圧コントロールのみがとられているのが現状です。また、腫瘍が3センチ以下の場合には、外科手術と同じ意味を持つ定位放射線照射(→*5)と呼ばれる放射線治療が選択されることが多くなっています。
原発性脳腫瘍は治療法が進歩したため全体の5年生存率は7~8割となっています(ただし、良性か悪性かなどの脳腫瘍の種類に非常に依存します)。一方、転移性脳腫瘍を来たした患者さんの平均的な余命は6~12カ月くらいで1年生存率は30~50パーセント程度です。予後を左右するものは、主に全身状態がいいかどうか、脳以外の病変がどの程度進んでいるかということの2つの要素です。乳がんや肺がんで多発性脳転移を来たした場合でも、例外的に転移巣が治ってしまって10年以上元気な人もいます。
(脳腫瘍全国統計委員会1981-1996)
診断時の状態 | 1年生存率 | 2年生存率 |
---|---|---|
無症状 | 59.4% | 40.7% |
軽度の頭痛など | 56.7% | 36.5% |
意識障害あり | 28.3% | 13.1% |
(脳腫瘍全国統計委員会1984-1996)
全国集計 | |
---|---|
肺がん | 52.3% |
大腸がん | 9.3% |
乳がん | 8.9% |
腎/膀胱がん | 6.1% |
胃がん | 5.2% |
頭頸部がん (含甲状腺がん) | 4.9% |
子宮/卵巣がん | 2.6% |
その他 | 10.7% |
(症例数) | 10071例 |
*4 転移性脳腫瘍の放射線治療

東大病院放射線科
放射線は体の中を通過するときに少しずつ吸収されて細胞死を招きます。がん細胞など活発に細胞分裂をしている細胞ほど放射線に弱いとされています。脳腫瘍の治療にはよく放射線治療が用いられます。原発の脳腫瘍への放射線治療は根治または長期安定を目指すものですが、脳へ転移してできた腫瘍への放射線治療は症状の予防や緩和(QOLの確保)が目的です。転移を来たしたがんは、いまの医学では根治はかなり困難と考えなければなりません。
原発性脳腫瘍の患者さんはほとんどすべて脳神経外科を受診しますが、転移性脳腫瘍の患者さんはそれまでの診療科から放射線科を紹介されるケースが多くなります。ですから、転移性脳腫瘍の治療は、主に放射線科で行われています。
*5 定位放射線照射
放射線治療では、できるだけ正常細胞を傷つけないようにするために照射範囲を必要最小限にする工夫が行われてきました。脳腫瘍への定位放射線照射(定位照射)もその1つです。この治療は、誤差が1ミリ以下というように極めて正確に位置を保ちながら(このことを「定位」といいます)、3次元的に放射線を集中させて外照射を行います。メスで頭を切り開くことはありません。定位放射線照射の中で1回照射の場合を「定位手術的照射(stereotactic radiosurgery)」、何度かに分けて行う分割照射の場合は「定位放射線治療(stereotactic radiotherapy)」といいます。
定位放射線照射に最も適応する腫瘍は、一般に次のような条件と考えられています。
(1)直径30ミリ以下の小さな病巣を持つ例
(2)周囲の正常組織との境界がはっきりしていて画像診断で確認できる病巣を持つ例
*6 ガンマナイフ

東大病院で使われているガンマナイフ装置
転移性脳腫瘍の治療では、コバルト60からのガンマ線を用いて1回照射で治療する「ガンマナイフ」とよばれる頭部の定位照射専用装置を使った定位手術的照射もよく行われるようになってきました。ガンマナイフはヘルメット状の装置に頭を固定して、腫瘍に向けて放射線を様々な方向から照射します。
ごく最近のデータによると、日本でガンマナイフを受けている患者さんは年間1万3000~4000人で、このうち約60パーセントが転移性脳腫瘍とされています。さらにそのうち原発が肺がんの患者さんが50~60パーセント、乳がんが10~15パーセントくらいです。
しかし、実際にはガンマナイフの使い方は施設によってまちまちで、たとえば腫瘍が20個も30個もあってもガンマナイフを使う例もあります。そして、それがどのような利益やリスクをもたらすのかはっきりしていません。今後専門家の間で統一した見解を示していく必要があります。

頭を固定するためのフレームをつけたところ

ガンマナイフに使用されるヘルメット


工業用ロボットとリニアックを組み合せたサイバーナイフ
また、直線加速器(リニアック)を用いてガンマナイフと同様に定位放射線照射を行う方法もあります。工業用ロボットとリニアックを組み合わせたサイバーナイフという装置も登場しました。これらはガンマナイフのようにフレームで頭をがっちり固定せずに定位照射を行うことも可能です。また、1回照射だけでなく複数回に分割して照射できる融通性もあります。リニアックを用いた定位照射は主に放射線科で行われます。
ガンマナイフもリニアックも定位放射線照射による治療を行うという意味では、ほとんど機能的な違いはありません。ただ、2006年4月以降、治療費は前者が50万円、後者が63万円となっています。どちらも保険診療で行うことができます。
*7 全脳照射
腫瘍をピンポイントで照射するのではなく、脳全体に放射線を照射する放射線治療を「全脳照射」といいます。転移性脳腫瘍に対する治療といえば、従来はこの方法が主体でした。定位放射線照射が行われるようになった現在でも、一般的に多数の転移巣がある場合などは、全脳照射が選択されるのが普通です。また全脳照射は分割照射で行われます。逆に転移巣が少数の場合は、定位照射(ガンマナイフなど)が選択されることが多いようです。さらに両者を併用する場合もあります。最適な治療法は転移の個数や全身状態等から総合的に判断しますが、どのような照射法がよいのか科学的に証明された病状はごくわずかです。
北海道大学放射線科が主導して東京大学放射線科他が参加して行った日本の臨床試験で、「定位照射」と「全脳照射+定位照射」を比較したところ、後者では1年後に脳転移の89パーセントがコントロール(消失、縮小、不変)されていたのに対し、前者の定位照射だけで行った場合は73パーセントでした。しかしながら、生命予後やQOLは両群で差はありませんでした。この結果、場合によっては定位照射だけの治療でも(全脳照射を省いても)大きくは問題にならないことがわかったわけです。
*8 脳への放射線治療の副作用
ガンマナイフなどの定位照射は、腫瘍をピンポイントで治療しようとするものですが、やはり周囲の正常組織が放射線を浴びてしまいます。この場合、脳のその部分が支配する機能に障害(運動マヒ等)が生じる場合もあります。脳の浮腫(腫れ)が生じて、これがさらに症状の原因となることもあります。
一方、全脳照射は定位照射ほど局所に強い放射線が当たるわけではないので、マヒのような局所の副作用が現れることはほとんどありませんが、脳全体にかかることによる頭髪全体の脱毛や皮膚が広い範囲で赤くなるなどの現象が生じます。また、治療から1年くらい経過して、10~20パーセントの人に記憶の障害等が出ることがわかっています。
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