渡辺亨チームが医療サポートする:乳がん脳転移編

取材・文:林義人
発行:2006年9月
更新:2019年7月

再発しても大丈夫。「ハーセプチン+ナベルビン」療法の力

渡辺亨さんのお話

*1 薬物耐性

がんが治療薬に抵抗力を持って効かなくなることを薬物耐性といいます。抗がん剤ばかりでなく、ハーセプチンのような分子標的薬でも薬物耐性を持つことが知られています。最初から薬物に感受性がない(効かない)ものを「自然耐性」といいますが、最初は有効だったのに治療を続けていくうちに薬物が効かなくなってしまうものを「獲得耐性」と呼びます。

初回治療で治療の前後に行う抗がん剤治療によく反応して、再発を長く抑えることができていたがんは、再発した場合も抗がん剤が効きやすく獲得耐性が出にくい傾向があります。反対に初回の抗がん剤治療への反応が悪くてたやすく再発してしまったがんは、再発後の治療に対しても獲得耐性が出やすい傾向が見られるようです。

耐性を回避する薬の研究はされていますが、完成のめどはたっていません。医師のなかには、耐性ができた場合は少し抗がん剤を増やすことで回避できるという考え方もありますが、これにも限度があるというのが実情です。


*2 血液―脳関門

脳は体の中でもとくに大切な臓器なので、血液に混じっていろいろなものが入り込まないようにする血液―脳関門というバリアができています。脳では毛細血管の壁をつくっている細胞の間がぴったりと閉じているため、これまで多くの薬は、血管から脳に入るときの関門を通ることができません。そのため、脳の腫瘍を治す薬はありませんでした。そこで、転移性脳腫瘍も外科手術や放射線治療が行われるのが普通だったのです。しかし、血液―脳関門には、脳が必要とする物質はバリアを通過させる輸送システムをもっています。


*3 ハーセプチンの副作用

ハーセプチンは初回投与のときのみ、10人中4、5人の割合で38度以上の発熱が見られますが、ほとんど1日以内に落ち着きます。発熱があったときは解熱剤が有効です。その他、悪寒なども見られますが、ほとんど一時的な症状で治まります。

注意しなくてはならないのは3パーセント程度の頻度で起こる心臓への副作用です。もし心臓の機能が落ちている場合はハーセプチンが使用できません。ハーセプチンでの治療中は、4カ月に1度は心機能を検査する必要があります。

[ハーセプチンの有害事象]
図:ハーセプチンの有害事象

*4 放射線治療による脱毛

放射線を頭に照射した場合、照射を受けた部位の皮膚が炎症をおこし��毛根にまで影響がおよび、脱毛が起きます。頭以外の部位に放射線治療を行っても脱毛が起こることはありません。また、ガンマナイフ(定位放射線照射)と全脳照射では、全脳照射のほうが広い脱毛が見られ、ガンマナイフは放射線が照射された頭皮に限られます。

放射線治療を開始して2~3週間してから脱毛が始まるのが普通です。この場合も放射線治療が終わって、皮膚の炎症がおさまると、正常な皮膚が復活して、毛根の準備が整い、治療終了後、2~3カ月で毛が生え始めます。一般に放射線治療により脱毛した場合は、抗がん剤による場合に比べて、発毛の再生が思わしくありません。

*5 ナベルビン

ナベルビンは、ニチニチソウに含まれるビンカアルカロイドという化学成分をもとに合成された抗がん剤で、1990年に開発されました。日本では1995年に非小細胞肺がんの治療薬として承認されていましたが、2005年5月31日に新たに「手術不能または再発乳がん」の効能効果が保険適用されました。

この薬はがん細胞の細胞周期の中でM期(有糸分裂)と呼ばれる段階で細胞分裂を妨げてがんを死滅させる働きを持ちます。また、培養細胞を用いた研究ではハーセプチンはナベルビンと互いに効果を高め合う相乗効果があることが示されました。

アメリカでの多施設調査で、HER2過剰発現の転移性乳がんに対する第1選択薬として、ハーセプチン+ナベルビンが68パーセントの奏効率を示しました。この併用療法は、HER2陽性の進行性乳がん治療のもっとも有効な療法の1つと考えられるようになっています。

*6 ハーセプチン+ナベルビン療法の投与法

ハーセプチンの投与は、毎週1回行います。初回に体重1キログラム当たり4ミリグラムを、2回目以降は2ミリグラムを、生理食塩水250ミリリットルに溶解させて、30~90分をかけて点滴します。

ハーセプチンに併用するナベルビンは、体表面積1平方メートルあたり25ミリグラムを生理食塩水20ミリリットルに溶かして静脈へ1分以上かけて点滴します。1サイクルのうち、最初の2週は投与して1週休むようにします。この治療は効果が示される限り、続行します。

[ハーセプチンとナベルビンの併用療法]

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ハーセプチン
ナベルビン        


*7 ナベルビンの副作用

ナベルビンは針を刺した周辺や注射した血管が痛くなる・発赤が起きる・はれる・水膨れができる・違和感を覚えるなどの症状が現れる場合もあります。もし点滴中に薬剤が血管外に漏れると、正常な皮膚に炎症が起き、赤くはれたり水膨れができたり、ひどい場合には皮膚の潰瘍ができることもあります。

ナベルビンを注射して4~8時間経過したころに、吐き気や嘔吐、食欲不振などの症状があらわれることがあります。また、口内炎や全身倦怠感も現れやすいことが知られています。脱毛はあまり強く現れません。


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