骨転移の治療で患者のQOLを改善する 「骨の健康」に視点をおいた新しい乳がん治療の時代へ

監修:渡辺亨 浜松オンコロジーセンター長
取材・文:林義人
発行:2006年2月
更新:2013年4月

アレディアの登場で骨転移治療が前進

写真:アレディア

米国に10年も遅れてようやく2004年に承認されたアレディア

同じ骨転移でも、肺がんの骨転移の患者の生存期間は平均6カ月以下だが、乳がんや前立腺がんの場合は、全身薬物療法によって延命と症状の緩和がもたらされることが少なくない。そのため乳がん骨転移は、5~10年にわたり治療が必要となる。抗がん剤治療やホルモン剤治療によりがん細胞そのものを叩く一方、骨転移治療薬のアレディアを組み合わせることが常識になってきた。

アレディアはビスフォスフォネートというリン酸化合物である。従来、高カルシウム血症の治療薬として保険適応となっていた。その場合の投与量は30ミリグラム。しかし、2004年11月から高カルシウム血症がなくても、乳がんの骨転移の治療薬として、1カ月90ミリグラムを標準的に使えるようになった。アメリカでの承認に遅れること10年である。

海外で1996年に行われたアレディアに関する臨床試験を紹介してみよう。

化学療法を受けていて骨転移が見られる乳がん患者382人を対象に、アレディア90ミリグラムを3~4週間隔で24カ月間にわたって投与した群(185人)と、その間何の治療もしない(プラシーボ)群(197人)とを比較した試験である。その結果、何もしないよりもアレディアの治療をしたほうが、病的骨折などの骨合併症の発現を遅らせたり、発現までの期間を延ばしたりした。また、椎骨骨折以外の骨折や合併症を減少させたり、骨病変を改善したりなどの効果も示されている。

[アレディアの効果(骨関連合併症累積発現率)]
図:アレディアの効果(骨関連合併症累積発現率)
[アレディアの効果(骨関連合併症発現率)]
図:アレディアの効果(骨関連合併症発現率)

実際の治療例を見てみよう。

56歳の小学校教員K子さんの例だ。

2003年7月頃、腰痛を覚えて近所の整形外科診療所を受診。「ぎっくり腰」と診断され、治療を受けていたが、改善しなかった。口渇、多尿、食思不振、便秘などの症状を訴え、腎機能異常や脱水傾向があった。また、乳がんの既��があることから浜松オンコロジーセンターを紹介された。

同センターで採血および骨X線写真を撮影した結果、全身骨に多発溶骨性の骨転移が認められた。そこで、アレディアの点滴治療を始めたところ、2日後の外来受診時には、口渇、多尿などの症状は、完全に消えていた。原発乳がんのホルモン受容体が陽性であることがわかり、閉経後乳がん治療薬であるアロマシン(一般名エキセメスタン)の内服も開始。むろんアレディアの点滴も継続したところ、ついに6カ月後には腰痛も完全に消え、2004年4月からは再び教壇に復帰している。

下顎骨壊死などの副作用にも注意

「アレディアは、直接がん細胞を殺す薬ではないが、転移によって刺激された(骨を溶かす役割をする)破骨細胞の働きを抑えたりこの細胞が自殺するように(アポトーシスという)導く作用があります。これによって、破骨細胞による骨の溶解を抑えて骨を硬くし、骨転移に伴う痛み骨折などを改善、骨転移の進行を抑える作用もあります」(渡辺さん)

[骨転移が起こった場合のメカニズム(造骨細胞と破骨細胞の関係)]
図:骨転移が起こった場合のメカニズム(造骨細胞と破骨細胞の関係)

骨転移したがん細胞は、高カルシウム血症をもたらすタンパク(PTH-rP=副甲状腺ホルモン関連タンパク)を出す。それが造骨細胞を刺激し、破骨細胞を活性化する。活性化した破骨細胞は骨を溶かし、そこからTGF-β(腫瘍増殖因子ベータ)などの物質を生み出し、それらががん細胞を刺激し増殖を促す。骨転移したがん細胞は骨でこのような悪循環をもたらす。ビスフォスフォネート製剤はこの破骨細胞の骨を溶かす機能を抑制する

また骨転移の局所の症状が強いときや圧迫骨折などの心配があるときは、放射線治療や外科的治療、鎮痛薬の投与により症状を和らげるようにする。ただし、骨転移が多発している場合は放射線治療を行わずに痛み止めだけの治療を行う。

「病的骨折の心配がある場合など、予防的に金属プレートで固定するような整形外科的な補強のための手術が行われることもあります。あるいは骨セメント(生体に使うことのできる特殊な樹脂製のセメント)というものを注入する方法も出てきました」

ただし、アレディアにも、いくつかの副作用がある。そのうちの1つは、虫歯があったり歯を治療中の患者に、下顎骨壊死という問題が起こることだ。発生頻度は5パーセント前後とされるが、食べられなくなるので、歯科に通院中の患者は、アレディアの治療を受けるときその旨を医師に伝える必要がある。

また、腎機能障害の問題もある。日本ではアレディアの点滴は4時間以上かけることが求められており、アメリカでも2時間以上かけて投与することになっている。その理由は短時間に急速に投与すると、腎臓に負荷がかかりすぎるためである。

さらに、アレディアの初回投与で、2割くらいの患者が38度を超える発熱を来たす。普通は2回目以降の発熱はなくなるが、まれにそれ以降も発熱する場合があり、この場合は治療を続けることができない。

「アレディアはすでに痛みがあり、溶骨性の骨転移の患者さんには必須アイテムとなっています。おかげで昔に比べれば骨転移はかなりコントロールしやすくなりました。アレディアは治療を始めたら、可能な限り持続することとなっています」

骨を強くする効果が847倍の薬

写真:ゾメタ

いいことずくめのゾメタはなぜ承認されない?

アメリカではすでにアレディアの改良版ともいえるビスフォスフォネート製剤のゾメタ(一般名ゾレドロン酸水和物)が骨転移の治療に使われている。日本では現在、ゾメタは高カルシウム血症治療薬としては承認されているものの、乳がん骨転移治療薬としては保険適用の承認審査中だ。

「ゾメタの場合は点滴時間も15分で終わり、アレディアより簡単に使えます。薬価もアレディアは約7万円なのに対して、ゾメタは日本円に換算すると4万円強です。さらにゾメタが骨を強くする効果は、アレディアの847倍ともいわれます。このように患者さんにとってはいいことずくめなのですが、まだ厚生労働省が厳密に適応症を守るよう指導をしていて、骨転移には使うことができません」

日本で行われた臨床試験でも、すでにゾメタの有効性が確認されている。プラシーボと4ミリグラムの比較を行った2重盲検比較試験で、ゾメタを使った群はプラシーボ群(治療しない)に対して病的骨折や疼痛などの骨合併症を抑えることができることがわかった。今後ゾメタが承認されれば、乳がん骨転移対策の有力なツールがまた加わることになる。

[アレディアとゾメタ]

商品名
(一般名)
骨を丈夫にする
効果の強さ
点滴の
所要時間
投与間隔
※※
適応※※※
(治療の対象となる病気)
アレディア
(パミドロネート)
1倍 4時間以上 4週間に1回
(国内)
乳がんの溶骨性骨転移
(国内)
ゾメタ
(ゾレドロネート)
847倍 15分以上 3~4週間に1回
(海外)
乳がん、前立腺がん、
その他のがんの溶骨性骨転移
(海外)
骨吸収抑制能を大黒ネズミで評価。
※※高カルシウム血症の治療には、1週間間隔で投与される場合もある。
※※※高カルシウム血症の治療には、がん種を問わない。

乳がん治療では、アロマターゼ阻害剤などホルモン剤の利用が増えてくるとともに、これらの副作用としての骨粗鬆症の頻度も多くなっている。渡辺さんは、骨転移の問題も合わせて、乳がん治療の新しい視点が必要であると提唱する。

「従来乳がん治療に取り組んできた外科の医師などから、骨粗鬆症や骨密度のことなどはあまり認知されてきませんでした。これからは、乳がん治療の新たな展開として、『骨の健康』をテーマとして取り組んでいくべき時代です」


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