渡辺亨チームが医療サポートする:乳がん骨転移編
新世代ホルモン剤とビスフォスフォネート剤で乳がん骨転移との長期共存生活へ
村山佳代子さんの経過 | |
1992年 6月 | D総合病院で1期乳がん発見。乳房全摘術とリンパ節郭清を受ける |
1994年 8月 | 術後補助療法のタモキシフェン服用を終了 |
2004年 6月 | 腰痛を自覚 |
7月 5日 | 腰痛治療のため接骨院へ |
21日 | 整形外科を受診。MRI検査を勧められる |
28日 | D総合病院整形外科でMRI検査の結果、骨転移と診断 |
8月11日 | セカンドオピニオンを求めてW大学病院を受診。骨転移の合併症の高カルシウム血症が診断され、点滴治療を受ける |
22日 | 病理組織検査に基づき、骨転移の治療を開始 |
9月 | 画像上骨転移が消滅 |
12年前に手術した乳がんが骨に転移した小学校教員の村山佳代子さん(52歳)は、薬物治療の専門家の意見を求めてW大学腫瘍内科に転院した。
新世代のホルモン剤と骨転移治療薬として新登場のビスフォスフォネート製剤を取り入れた治療が始まる。
乳がんの再発という重い現実の中で、村山さんは新しい治療法の恩恵を感じることができた。
転移はあるが、悪性度は高くない
8月22日、村山佳代子さんはW大学病院腫瘍内科へCT検査や病理組織検査の結果と今後の骨転移の治療方針について説明を聞きに行った。高カルシウム血症治療薬のアレディア(一般名パミドロン酸二ナトリウム)の点滴を受けると、口の渇きやムカムカ、お腹の張る感じはすぐ取れ、その上1週目あたりから腰痛も軽くなっている。しかし、がん再発の精神的なショックはまだ引きずっており、体重64キロの肥満体型もほとんど解消されておらず、歩くと足腰に負担がかかる。タクシーを使い、杖に頼り、猛暑の中を汗まみれになりながらなんとか9時半頃に病院にたどり着いた。腫瘍内科の待合室で待つと、予約した10時ちょうどに、U医師の待つ診察室に呼ばれる。
「お加減はどうですか?」
こう聞きながら、U医師は佳代子さんの顔色や肌の色つやを確かめている。
「おかげ様で、あのときの症状がうそのように気分がよくなり、便秘も治りました。気のせいか、腰の痛みも軽くなったような気がします。腰以外にとくに具合が悪いところはありません」
佳代子さんの答えにU医師は
「そうですか。順調なんですね」とうなずく。
「それで、先日のCTやMRIの検査の結果ですが、転移は内臓にはなく、骨だけであることがわかりました。ただその骨転移は、第2腰椎と第3腰椎で圧迫骨折の状態です。また、肋骨に数カ所、第10、11、12胸椎にも転移があります」
「えっ、そんなにたくさん転移しているのですか?」

高カルシウム血症の治療薬であるアレディア
「痛いところに対しては放射線照射を行い、同時にアレディアという薬を使いましょう。アレディアは、がんで骨が溶けるのを抑える役目を持つ薬です」(*1乳がん骨転移の治療)
佳代子さんは必死で耳を傾けている。
「それから、手術の際の病理組織の検査から、ホルモン受容体は陽性、HER2は陰性であることがわかりました。がんは生物学的におとなしい性質のもので、悪性度はグレード2とそう高くありません(*2初期治療の病理組織から得られる情報)。急に進行するようなことはないと思います」
グレード1 | 正常からのへだたりが小さい、おとなしいがん細胞(悪性度が低い) |
---|---|
グレード2 | 中間 |
グレード3 | 正常からのへだたりが大きいがん細胞(悪性度が高い) |
どうやら希望が持てそうな気はしたが、佳代子さんには気にかかっていることがあった。
「でも、先生、転移したがんは治ることはないのですか? 私は助からないのでしょうか?」
U医師の口調はいっそう明確になった。
「そうですね。残念ながら、再発・転移したがんは治ることはありません。ただ、悪性度が高くないということはお薬でコントロールしやすいということです。慢性の病気と考えて、長時間の治療は必要ですが、ホルモン剤だけでがんはコントロールできると思います」
佳代子さんにはU医師は何でも話してくれ、自分にとって最良の治療を考えてくれる人に見えた。

新世代のホルモン剤アロマシンが選択された
「12年前に手術を受けた先生からは、ホルモン受容体についての説明も受けていませんでした。なのに、手術のあと2年間タモキシフェンというホルモン剤が出されていたんですよ。『これで再発しない』と私も思い込んでいたのに、再発してしまったわけです。そうなると、また新しくホルモン剤を飲んでも効くのかどうか、心配になりますが……」
佳代子さんは「何でも聞ける先生だから」と考え、U医師に素朴な疑問をぶつけてみた。U医師はこう答えている。
「そうですね。タモキシフェンはホルモン剤ですね。D総合病院のカルテでは手術の後は2年間内服していますね。ここでもう1回タモキシフェンの治療を行ってもいいかもしれません(*3初期治療の情報)。しかし、今回は、閉経後の女性用に開発されたアロマシン(一般名エキセメスタン)(*4)というホルモン剤をお勧めします。このお薬のほうがタモキシフェンよりがんを抑える力が強いことがわかっています」
この説明に納得して、佳代子さんはアロマシンによるがん治療を受けることにした。U医師は、「では今日からお薬を出しますから、帰りに院外薬局へ寄ってください」と話す。さらにそのあと、「放射線の先生にも話しておきますから、このあと放射線科に行って治療の相談をしてください」と言った。
放射線科での話し合いで、放射線照射はその翌日8月23日から行われることになる。腰の患部へ1日3グレイで連続10日間、合計30グレイが照射される予定である。
こうして佳代子さんの転移乳がんへの治療が始まる。アロマシンは1日1回服用の経口薬で、副作用もほとんど心配がないので、家庭生活の上ではまったく支障を来たすことはない(*5アロマシンの副作用)。アレディアの点滴は、高カルシウム血症の治療のために行われた4週後の9月8日から始まり、その後も4週ごとに行われることになっている。(*6乳がん骨転移に対するビスフォスフォネート製剤の効果)
体が動く限り、自分らしく教職をまっとうしたい
2004年9月1日、村山佳代子さんは、新学期を迎えた小学校へバスに乗って出勤した。W大学病院へはまだ放射線照射に通っているが、治療開始から1週間で腰痛はもうあまり感じなくなっていた。夏休み前に腰痛がひどくなり、乳がんの骨転移とわかったときには、「もう教壇には立てないかもしれない」と思うことさえあったのだから、まるで「奇跡の生還」をしたような気分である。
ひと昔前は「がんは死に至る病」と考えられていたし、現在でも「がんは再発したらおしまい」などといわれている。夫も夏休み中に苦労しながら通院する佳代子さんを見て、こんなふうに言ったことがある。
「お前も長い間働き続けてきたし、大きな病気もしたんだから、そろそろ疲れが溜まってきたのかもしれないな。9月から休職扱いにしてもらって来年の3月で退職したらどうだ? うちだってもうそれほど経済的に困っているわけじゃないんだから」
佳代子さんは夫の優しさを感じたが、だからといって簡単に教職を離れることはできない。大勢の子どもたちに囲まれながら仕事ができる喜びを捨てる気にはならなかったのである。とはいえ、がんの再発という重たい現実は、佳代子さんにこんな思いも抱かせている。
「自分は医師から“治らない病気”にかかっていると宣告されてしまった。もしまた病気が進んで、途中で倒れるようなことになったら、学校にも子どもたちにも迷惑をかけることになる……」
9月8日、佳代子さんはアレディアの点滴を受けるためにW大学病院を訪れる。2週間ぶりに会ったU医師にこんなふうに聞いてみた。
「先生、アロマシンやアレディアは、どのくらい効くものなのでしょうか。私はこれからどのくらい生きられるのでしょうか?」
U医師はすぐに答えてくれた。
「いつまで生きられるかは誰にもわかりませんよね。それはがんでない人も同じでしょう。村山さんは初発のがんから再発まで12年もかかりましたよね。普通はこんな方はがんの進行が遅いと考えられています(*7初期の治療から再発までの期間)。治療の効果はまだわかりませんが、少なくとも今やっている治療で痛みがとれたわけだから、それは喜ばしいことですよ。こういうような症状なので、1日1日を大切に過ごしていただくことがいちばん重要です。その結果、気がついたら1年、2年、5年、10年と経過したということになると思います」
佳代子さんは深くうなずいていた。
その日、家に帰ると佳代子さんはインターネットの検索を始める。ある乳がんの患者会のホームページを見ると、乳がんで骨転移を来たしながら10年も20年も会の活動を続けている人がいることがわかってきた。U医師の言う通り、がんだからといって「いつまで生きられるか」ということばかりにとらわれていては、こんな活動は成り立つはずがない。佳代子さんは、「体が動く限り教壇に立ち続けよう」と決意を新たにしていた。
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