渡辺亨チームが医療サポートする:乳がん骨転移編
骨転移は高カルシウム血症という合併症を引き起こしていた
渡辺 亨さんのお話
*1 腫瘍内科
日本のがん治療はこれまで外科主導で、外科が手術後も抗がん剤治療を担当するのが普通でした。こうしたことから、日本のがん治療は外科手術、診断技術においては、世界に誇れる水準にありますが、抗がん剤治療の専門医の質、数は、放射線治療医とともに世界から大きく遅れています。とくに再発、進行がんの患者さんは、適切な抗がん剤治療を受けられないということが少なくありません。
進行がんや再発がんなどの抗がん剤治療を専門とする診療科が腫瘍内科です。日本には腫瘍内科医のいる医療施設はきわめて少なく、このことはがんの患者さんの不安の種になっています。
がんの中でもとくに乳がんは抗がん剤治療が進歩したために、早期がんに対しても有効な内科治療が可能になってきました。しかし、乳がんに対して適切な内科治療を行うことができる乳腺専門医はきわめて不足しているのが現状です。
*2 高カルシウム血症
骨は大半がカルシウムでできているので、骨転移があると骨が血に溶け出し、カルシウム濃度が高くなります。このカルシウム濃度が高い血液が体の中を回ると、意識障害とか便秘、口の中が乾くといった症状を示すことになるのです。
症状 | 血液中のカルシウムの濃度が異常に高くなる病気 のどの渇き、食欲不振、吐き気、頭痛、骨の痛み、脱力感、意識障害など |
---|---|
原因 | 体内のがん細胞から産み出される物質によって、破骨細胞のはたらきが活発になり、骨から溶け出すカルシウムの量が多くなったり、尿として体外に出される余分なカルシウムが腎臓で血液中に戻ったりして起きる。また、がんが骨に転移した場合、転移したがんによって破骨細胞が刺激され、骨から溶け出すカルシウムの量が増え、血液中のカルシウム濃度が上がることも |
検査・診断 | 血液中のカルシウムの濃度を測定 |
治療法 | ・補液(輸液)(点滴) ・利尿剤 ・カルシトニン(注射) ・ビスフォスフォネート(注射) |
*3 高カルシウム血症の治療

骨転移や高カルシウム血症の治療薬であるアレディア
高カルシウム血症の治療には、ビスフォスフォネート製剤(商品名:アレディア、ビスフォナール、オンクラスト、テイロック、ゾメタ)が使用されます。同時にそれまでに起きていた脱水や電解質バランスを補正するため、���理食塩水等の補給は欠かせません。もちろんがんの骨転移によって高カルシウム血症がもたらされているときはがんそのものをコントロールすることが不可欠です。
商品名 | 一般名 | 投与方法 | 適応 | 相対力価 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
骨粗鬆症 | 高Ca血症 | 骨転移 | ||||
ダイドロネル | エチドロネート | 経口 | ○ | 1 | ||
クロドロネート | 経口 | 10 | ||||
チルドロネート | 10 | |||||
アレディア | パミドロネート | 静注 | ○ | ○ | 100 | |
ビスフォナール | インカドロネート | 静注 | ○ | 500 | ||
ボナロン | アレンドロネート | 経口 | ○ | 1,000 | ||
フォサマック | アレンドロネート | 経口 | ○ | 1,000 | ||
オンクラスト | アレンドロネート | 静注 | ○ | 1,000 | ||
テイロック | アレンドロネート | 静注 | ○ | 1,000 | ||
イバンドロネート | 静注 | 10,000 | ||||
ゾメタ | ゾレドロネート | 静注 | ○ | 承認待 | 100,000 |
*4 腫瘍マーカー
がんの進行や再発に伴い、血液中の特殊なタンパク質の量が増えることがあり、これを進行や治療効果を知る目安として利用するのが腫瘍マーカーです。血液を採るだけで簡単に検査できるため、広く行われている検査です。ただし、腫瘍マーカーはがん細胞が増えなくても高い数値が出ることもあれば、数値が低くても進行している場合もあるので万能ではなく、とくに早期発見にはほとんど役に立ちません。乳がんに対する特異性(乳腺以外のがんでは異常値を示しにくいということ)が比較的高い腫瘍マーカーとしてはCEAやCA15-3が代表的です。
CEAの血液検査の正常範囲は5ナノグラム/ミリリットル以下(検査機関によっては2.5ナノグラム/ミリリットル以下)、CA15-3の正常範囲は27U/ミリリットル以下です。このほか乳がんの腫瘍マーカーとしてNCC-ST-439、BCA225、TPAなどが使われます。
*5 タモキシフェンの術後補助療法
乳がんの約6~8割は、エストロゲン(女性ホルモン)によって増殖が促進されるという性質があります。これを「女性ホルモン感受性」といいます。乳がんを手術したあと、女性ホルモン感受性があることがわかった場合、がんの再発を防ぐ目的で、これまで抗エストロゲン剤「タモキシフェン」が1970年代から欧米や日本で広く使われてきました。タモキシフェンはエストロゲンが乳がん細胞に結合するのを妨害する役目をする薬です。これまでの分析から、術後5年間の服用で50~70パーセントの再発を抑制することが分かっています。
最近では、アロマターゼ阻害剤という新しい薬が、タモキシフェンを上回る成績を次々と示すようになってきました。近い将来、アロマターゼ阻害剤が主流になりそうな勢いになっています。
重要な情報が得られる病理標本
渡辺亨さんのお話
*6 パラフィンブロック

パラフィンの中に封じ込められた乳がんの病理標本
がんの手術や治療前の生検で摘出した病理組織の標本は、がんの種類、広がり、悪性度、ホルモン受容体や遺伝子検査など正確な診断を下す上で欠かすことができません。手術、生検で採取した組織をホルマリンに漬けて傷まないような処理をした後、パラフィン(ろう)の中に封じ込めることにより、半永久的に組織を保存することができます。これをパラフィンブロックと呼びます。
このような病理診断に用いた顕微鏡標本、パラフィンブロック、写真などは、「保険医療機関および保険医療担当規制」という法律で、それぞれの医療施設が決めた一定期間、保管・管理するものとされています。多くの病院では半永久的に保存しています。
そして、新しくがんが見つかったとき、それが原発か転移かどうか決めるために、病理診断医は、顕微鏡で見た腫瘍の標本を検査します。
過去にがんのために治療を受けた患者さんで新しく発症したのが見つかる場合、新しい腫瘍は多くの場合別の原発性ではなく転移性のものです。転移したがんの治療法を決定する上でも保存してある標本から重要な情報が得られます。
パラフィンブロックを他施設に提供する場合は、厚さ3~5ミクロンにスライスした未染色標本といわれるものが10~20枚用意されます。
*7 骨シンチ
骨シンチは骨転移や骨折など骨再生のある部位に取り込まれる性質を持つアイソトープ(放射能を持つ同位元素)を含んだ検査薬を注射し、ガンマカメラと呼ばれる放射線を感知する装置で撮影する検査です。
注射すると、薬は約3時間で骨の代謝や反応が盛んなところに集まるので、骨の腫瘍や骨の炎症、骨折の観察ができます。
従来の骨レントゲン写真よりも鋭敏に病気の広がりを見つけることができるのです。
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