渡辺亨チームが医療サポートする:再発乳がん編
ホルモン受容体陽性でもハーセプチンの適応はある
前田久美子さん(56)の経過 | |
2001年 4月1日 | 入浴中にしこりを発見 |
4月2日 | かかりつけの内科医で「乳がんの疑い濃厚」といわれ、T医大付属病院乳腺外科を紹介 |
4月18日 | T医大付属病院乳腺外科で2期の乳がんと確定診断 |
5月10日 | 手術でがん摘出 |
5月17日 | 腋窩リンパ節転移陰性、ホルモン受容体ER陽性・PGR陽性と診断(HER-2は未検査)。タモキシフェン療法を開始 |
2002年 5月20日 | 鎖骨上リンパ節転移を発見、医師から抗がん剤治療(CAF)を勧められる |
6月1日 | T医大付属病院でアロマシンの治療を開始 |
8月10日 | 咳が出るためT医大付属病院を受診。肺に広範囲の転移が判明、アロマシンが無効と判明 |
8月17日 | 再び第一がんセンターでセカンドオピニオンを受ける。HER2検査の結果、強陽性と判明 |
8月20日 | 第一がんセンターでハーセプチン治療を開始 |
東京・山の手に住む主婦・前田久美子さん(仮名・56歳)は、2001年5月、T医大付属病院乳腺外科で2期の乳がんのため左側乳房を全摘。
術後タモキシフェンによるホルモン療法も受けた。が、1年後、鎖骨上リンパ節への転移が見つかった。
主治医は抗がん剤治療を勧めたが、久美子さんはそれに納得せず、別の選択をし、さらに転院することに。そして治療はホルモン療法、ハーセプチン治療へと進んでいった。
副作用の強い抗がん剤治療を避けられそう
東京・山の手に住む主婦前田久美子さん(仮名・56歳)は、セカンドオピニオンを希望して、2002年5月25日、次女の早苗さんの付き添いで、第一がんセンターを訪れた。診察にあたったのは腫瘍内科のS医師。
「まずリンパ節以外に、転移があるかどうか、確認しなくてはなりません。もし、肝臓の広い範囲に転移があれば、抗がん剤による治療も必要になります。お見受けしたところ、リンパ節が腫れている以外、症状はなさそうですから、多分、細胞毒性抗がん剤をすぐには使用しなくてもいいのではないかと思います」
久美子さんと早苗さんは、「副作用の強い抗がん剤を避けられそうだ」と思い、ほっとした。S医師はさらに続ける。

閉経後の乳がんに対する新薬のアロマシン
「ホルモン受容体が陽性ですから、タモキシフェンがだめだからといって��ホルモン療法すべてがだめということにはならないと思います(*1再発後のホルモン療法)。私はアロマターゼ阻害剤(*2)のアロマシン(一般名エキセメスタン)をお勧めします。それが効かない場合には、ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)という薬が使えるかどうかを検討すべきではないかと思います(*3ハーセプチンの選択)」
久美子さんは、S医師の段取りを見据えた説明をよく理解できたし、そのような方針での治療を受けていきたいと感じた。
「でも、T医大病院で、そのような治療をしてもらえるんでしょうか」
久美子さんはやや不安げな様子だ。S医師は笑顔で答える。
「K講師に、私からお手紙を書きましょう。今、お話したことをまとめて書きますから、ちょっと待合室で待っていて下さいますか」
わかりやすい説明、丁寧な態度に、「どうして最初から、この先生に診てもらえなかったのかしら」、「今からでもこの先生に診てもらえないのかしら」と、母子は同じことを考えていた。紹介状を受け取るときS医師がこう言ってくれた。
「何かお力になれることがあったら何でもおっしゃってくださいね」
本当に患者のことを思いやった言葉のように感じられ、久美子さんの目には涙があふれてきた。それをぬぐおうともせず、何度も何度も頭をさげる。
ところが、この意見をK講師のもとに持ち帰ると、反応は少々冷ややかだった。
「この時点で、治療で期待できる効果はアロマシンも*CAFも大差はないと思いますけどね。ただ、せっかくのS先生のご意見ですから、尊重しましょう。ハーセプチンはどうかなあ……。ホルモン受容体が陽性の人は、ハーセプチンを使えないことが多いんですよ。あと、他の臓器の検査をやったほうがいいと私も思いますから、CTと骨シンチについて検査の予約を取って下さい」
検査の結果、肺に直径0.5~1センチ程度の影があり、肺転移があるという。そうであっても治療方針は変わらないということは、久美子さんはS医師からも聞いていたので納得して治療を受けることができた。
*CAF=エンドキサン、アドリアシン、5-FUの3剤併用療法
再発乳がんの治療目的はQOLを維持すること
こうして6月1日からアロマシンによる治療が始まった。もっともこれも錠剤の飲み薬なので、久美子さんにとっては薬が変わっただけのことにすぎない。「こんなことで、怖い再発に勝てるのかしら」と、タモキシフェンが効かなかった久美子さんは、なかなか不安を消し去ることができなかった。
そして、2カ月後、久美子さんの不安は的中することになる。鎖骨のところにできていたしこりは急に大きくなり、「コホッ、コホッ」と空咳まででるようになっていた。
早苗さんを伴って出かけた定期検査で、久美子さんはこの症状をK講師に訴える。すぐにX線検査が行われた。
「あー、肺の影が悪化していますね。アロマシンも無効でした。やっぱりCAFだったかもしれないですね。次はCAFを始めましょう。これは副作用が強い治療だし、前田さんは白血球の数が少ないので、入院していただければなりませんね(*4通院による抗がん剤治療)。治療は8週間から9週間で3クールの予定です」
久美子さんにとっては、またもどきっとするような告知である。これまで受けてきた治療が、次々と裏目に出ているようで、「自分の病気はどうしようもないのかもしれない」と、塞ぎこみたい気持ちになる。
久美子さんと早苗さんは「CAF治療に入るかどうか、1週間ほど考えさせてほしい」とK講師に告げた。病院からの帰り道、早苗さんが言った。
「お母さん、もういいよ、S先生に診てもらいましょ。だって、全然違うもん、言ってることも、態度も」
「そうね、お母さんもそう思っているの。第一がんセンターに電話してみるわ」
ハーセプチンが適応とわかった
8月17日、久美子さんは、早苗さんに付き添ってもらい、再びセカンドオピニオンを受けるために、第一がんセンターを訪れた。診察室にS医師が待っている。
「アロマシンは効かなかったようです。T医大では抗がん剤が必要、すぐにもCAF療法を始めたいということでした。でも、私は前回うかがったとき、先生からとても納得のいくようにご説明をいただいたので、今度もぜひ先生のご意見をうかがいたくて、やってきました。ご意見をうかがうだけでなく、今後はこちらの病院で治療を受けられないかとも、考えています」
久美子さんは、T医大病院で受けた説明内容を自分でパソコンでまとめたメモをS医師に渡すとそう話した。S医師はしばらく考えて返事をする。
「そうですか。アロマシンは効かなかったのですか。それは残念でしたね。でも、乳がんはいろいろな選択肢があります。この段階ではハーセプチンが有効かどうかを検討する必要があると思います。HER2があるかどうかを検査して調べましょう。ハーセプチンが適応であるかどうかは別にして、うちへ転院していただくことは構わないと思います」

ハーセプチンという薬の名前は、すでに前回S医師から聞かされていたので、あらかじめ早苗さんがインターネットを使って調べていた。久美子さんは「再発の乳がんでも寛解が得られることが多い上、副作用が少ない画期的な薬らしい(*5ハーセプチンの効果と副作用)。それに週1回の点滴なので、通院で治療を受けられる」と聞かされていたのである。
そこへ早苗さんが脇からS医師に質問する。
「転移している肺のほうは、どうなのでしょうか? S先生は『このまま様子を見よう』とおっしゃっていましたが、どうしてCTに写っている腫瘍をそのままにしておくのでしょうか? 放射線などで積極的に治療をしたほうがいいのではないのでしょうか?」
それに対しても、S医師はちゃんと答えてくれた。
「山下さんのがんはすでに全身病となっているので、肺に出ている腫瘍を放射線治療してもモグラたたきにしかなりません。予後をよくすることに結びつかないばかりか、肺に放射線による障害が出ることにもなりかねないのです。ここは薬物による治療に期待して、全身のがん細胞を攻撃することを考える必要があります(*6再発・転移部位への治療)。HER2の検査をするには、昨年T医大で手術した乳がんの病理標本が必要です。T医大から病理ブロック(*7)を借りてこちらの病院で検査するように、K講師にお願いしてみましょう」
S医師はK講師に手紙を書き、HER2検査の段取りが進められた。
8月20日、S医師は久美子さんにHER2陽性であること告げる。1回目のハーセプチンの点滴が行われることになった。

免疫組織化学染色法でHER2タンパクを検出

FISH法でHER2遺伝子を検出
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