渡辺亨チームが医療サポートする:再発乳がん編

取材・文:林義人
発行:2004年10月
更新:2019年7月

腫瘍の大きさ3センチ、リンパ節への転移なし。術後の抗がん剤治療は不要?

渡辺 亨さんのお話

*1 ホルモン補充療法と乳がんの罹患
[アメリカにおけるHRT大規模臨床試験の結果]
(相対発症率)

心筋梗塞 29%増
脳卒中 41%増
静脈血栓症 約2倍
乳がん 26%増
大腸がん 37%減
骨折 34%減

ホルモン補充療法(HRT)は、飲み薬や張り薬を用いて女性ホルモンであるエストロゲンを補う治療法です。エストロゲンの単独療法と、プロゲステロン(黄体ホルモン)との併用療法があり、更年期症状の緩和とともに、骨粗鬆症、狭心症や心筋梗塞などの心臓病、アルツハイマー病の予防や治療にも効果があるとされてきました。

ところが、アメリカで行われていた大規模臨床試験で、HRTを受けている人は偽薬を飲んでいる人に比べて狭心症や心筋梗塞などの心臓病の発症が29パーセント、乳がんも26パーセント多くなることがわかってきたのです。このため2002年7月、この臨床試験のうち併用療法の試験が中止されました。

まだ、日本人女性のホルモン補充療法に関するデータはありません。しかし、従来のように安易にホルモン補充療法をするという状況はかなり減ってきました。ホルモン補充療法を受けるかどうかについては、専門医と十分相談してください。


*2 手術待ちの時間

最近は、「1日ですべての検査が終わる」と利便性をうたった乳がんの検査施設が増えています。こうした施設では、がんが見つかった場合、その場で何週間かあとの入院の予約をして帰り、手術前日に入院するまで外来の必要がないということになっています。何回も病院に行かなくて済むので、患者さんにとってはよいシステムと考えられていますが、本当にそうでしょうか?

患者さんにとって、がんの告知を受け入れるということは、たいへんなことです。患者さんはがんという病気や自分の病状、治療法について、できるだけ詳しく知りたいのですから、その場で入院の決断や治療の選択をするということはなかなか難しいでしょう。自分でいろいろ情報を調べたり、人に相談するためにもっと時間がほしいというのが普通です。「早く手術をしないと手遅れになる」と脅迫めいたことを言って患者さんの決断を急がせる医師も少なくありませんが、がんが見つかった段階で治療までに多少の時間のずれが生じても、予後に影響することはほとんどありません。決断を待ってほしい場合は、その旨をはっきり医師に告げるべきです。

また、「入院待ちまで外来の必要はない」といっても、「受診してはいけない��ということではありません。入院を待つ何週間かの間に、いろいろ疑問点も出てくるかもしれないし、体調の変化が出てくる可能性もあります。そうした場合は、ぜひ遠慮なく受診し、十分納得した上で治療を受けるようにしましょう。

*3 細胞診の穿刺と転移への影響

細胞診のためにがんの腫瘤に直接針を刺すことで、がん細胞を撒き散らし、転移を促進するのではないかということについては、以前はずいぶん論議されました。しかし、現在では、針を刺すことにより遠隔転移が引き起こされるという心配をするよりも、正しい診断をつけることによって正しい治療を行うことができるメリットを重視するのが一般的です。

*4 ホルモン受容体とホルモン剤の適応

乳がんの手術では、術後がん組織中のホルモン受容体を検査して、女性ホルモンに影響されやすいがんかどうかを調べます。乳がんの6~8割は、エストロゲン受容体が陽性です。エストロゲンは、受容体にちょうど鍵と鍵穴のようにぴったりと結合し、その結果、乳がん細胞の増殖が促進されるのです。この性格を「ホルモン受容体」と呼びます。

また、エストロゲンが作用した結果作られるプロゲステロン受容体が陽性であれば、さらに女性ホルモンによりがんの増殖が進むことになります。そこで、この二つの受容体を同時に検査する必要があるのです。

ホルモン感受性がある場合には、術後療法としてホルモン剤を使用します。閉経後ならノルバデックス(一般名タモキシフェン)やアロマターゼ阻害剤であるアリミデックス(一般名アナストロゾ―ル)、アロマシン(一般名エキセメスタン)という薬を使って女性ホルモンの働きを抑えることにより、がんの増殖を抑えます。

しかし、実際には、乳がんといってもモザイクのようにいろいろながん細胞が混じっており、すべてのがん細胞にホルモン剤が効くわけでもないし、逆にまったく効かないがん細胞ばかりであるということもまれです。そこで、基本的には受容体のあるがん細胞が10パーセント以下ならば感受性はマイナスというように基準を設定しています。

*5 リンパ節転移陰性の乳がん患者の予後

乳がんの手術では、がんとともに腋窩リンパ節を郭清し、転移の有無を顕微鏡による病理検査で調べます。腋窩リンパ節転移があるかないか、いくつのリンパ節転移が見つかるかは、乳がんの予後を推測する最も重要な因子であると考えられています。

乳房のリンパの流れは80パーセントが脇の下(腋窩)リンパ節に流れます。ですから、乳房内のどこにがんがあっても、腋窩との距離に関係なく、腋窩リンパ節が最も重要なポイントです。残る20パーセントは乳房内側のリンパの流れは傍胸骨リンパ節に流れ、乳房内側のがんの場合こちらが問題になります。

*6 抗がん剤治療の必要性

乳がん手術をして腋窩リンパ節転移陰性の患者さんのうち、10年以内に再発・転移をするのは約2割です。このためかつては「腋窩転移陰性なら予後がいいので、抗がん剤治療は不要」と考えられていました。しかし、腫瘍の大きさ、細胞の異型度、ホルモン受容体などが再発のリスクに関わることがわかってきました。どういう人が再発・転移しやすいかについて国際的合意がなされ、どこの施設でもその評価ができるようになっています。抗がん剤治療で再発を抑えるベネフィット(利点)と、副作用のリスクのバランスを考えて、治療をすべきかどうかを考えなければならなくなっています。高リスクの人は、ホルモン受容体が陽性でも、抗がん剤治療が推奨されるようになりました。

スイスのザンクトガレンという都市では、従来は3年に1回、2003年からは2年に1回、世界中の乳がん治療の専門家が集まり、さまざまな臨床試験の結果を吟味して、術後補助療法の治療指針を作成して公表しています。

ここで示される治療指針は、その時点での世界の標準治療とされ、日本の多くの専門医もこれに準じて術後補助療法の内容を決定しています。

この指針により、乳がんのリスクは、上の表のように低リスク群と高リスク群が定められ、それぞれの術後化学療法は下の表のように定められます。前田久美子さんは閉経後なので、下の表から抗がん剤治療を検討する必要があります。

[予後因子別リスク分類-ザンクトガレン2003-]

予後因子 低リスク群
(以下の因子をすべて満たす)
高リスク群
(以下の因子が1つでもある)
腫瘍径 ≦2cm >2cm
エストロゲンレセプター
and/or
プロゲステロンレセプター
陽性 陰性
異型度 グレード1~2 グレード2~3
年齢 ≧35歳 <35歳
組織学的and/or核異型度
[乳がんに対する術後補助療法]
患者群 リンパ節転移陰性乳がん患者 リンパ節転移陽性患者
低リスク群 高リスク群
閉経前 エストロゲンレセプター
or
プロゲステロンレセプター陽性
・タモキシフェン
orなし
・卵巣機能抑制
(ゴナドトロピン放出ホルモンアナログ など)
・タモキシフェン±抗がん剤
・上記の組合わせ
・卵巣機能抑制
(ゴナドトロピン放出ホルモンアナログなど)±タモキシフェン
・タモキシフェン+抗がん剤
・上記の組合わせ
エストロゲンレセプター
and
プロゲステロンレセプター陰性
・抗がん剤 ・抗がん剤
閉経後 エストロゲレセプター
or
プロゲステロンレセプター陽性
・タモキシフェン
orなし
・タモキシフェン±抗がん剤 ・タモキシフェン±抗がん剤
エストロゲンレセプター
and
プロゲステロンレセプター陰性
・抗がん剤 ・抗がん剤


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