渡辺亨チームが医療サポートする:再発乳がん編

取材・文:林義人
発行:2004年10月
更新:2019年7月

術後1年、鎖骨上リンパ節に転移したがんに対する治療法は?

渡辺 亨さんのお話

*1 タモキシフェンのメリット・デメリット

タモキシフェンは、乳がんの術後ホルモン療法で、最も標準的に用いられてきた薬です。

乳がんの約6~8割は、女性ホルモンのエストロゲンやプロゲステロンとホルモン受容体が結合し、その信号ががん細胞の核に伝わり増殖が促進されます。こうしたタイプの乳がんを「ホルモン感受性が陽性である」と言い、タモキシフェンはこうしたタイプの乳がんにのみ有効です。

タモキシフェンは、エストロゲンが働く受容体をブロックして、乳がんの成長をじゃまする作用をもった薬です。このような薬を抗エストロゲン剤と呼んでいます。

1980年代以来行われてきた臨床試験で、この薬が乳がんの再発のリスクを引き下げる上で有効であることがわかっています。ホルモン感受性陽性の患者さんなら、5年間のタモキシフェン治療を受けた患者さんは、受けない患者さんより再発リスクを50パーセント低減できるといわれています。

一方、タモキシフェンを5年間内服すると、子宮内膜がん(子宮体がん)の発生が、内服していない女性に比べて2~3倍に増えるというデータもあり、このことを心配する患者さんもいます。しかし、そもそも子宮内膜がんは発生数自体が少ないし、比較的予後のよいがんといわれています。

つまり、子宮内膜がんの発生と乳がんの再発を天秤にかけると、タモキシフェンを服用するメリットのほうがはるかに高いと考えられています。帯下に血が混じるなどの異変がない場合、必ずしも婦人科での定期検査は不要と考えられており、日本では、6カ月毎など、頻回に婦人科に行くように指導する医師もいますが、そこまでしなくてもいいと思います。そのほかタモキシフェンの副作用としては、顔のほてりや腟からのおりものの増加、血栓症、抑うつ症状、まれに角膜混濁や白内障などがみられますが、一般的にはそれほど深刻な副作用はありません。


*2 フォローアップと診察

乳がん初期治療後には、定期的に病院を受診する必要があります。最初の数カ月は、毎週診察することもありますが、これは、手術の傷あと(手術創)、放射線照射後の皮膚の状態、抗がん剤の副作用などの状況をチェックし、必要な対策を講じるためです。状態が安定してくれば、3年目までは、毎月~3カ月に1回、5年目までは6カ月に1度、それ以降は、1年に1度程度の受診となります。

外来診察では、問診に加え、視診、触診、聴診、打診が不可欠です(下の表)。視診、触診、聴診、打診をあわせて、理学的診察と呼びます。理学的診察をしてもしなくても保険点数は変わらないので、忙しい外来では、ついつい省略されがちですが、とても重要な検査で���。よく患者さんが、聴診器も当ててくれない、と不満を語られますが、医師―患者関係を円滑にする、という意味でも診察は大切です。

[外来診察]
問 診 体に変調はないか、体重の変化はないか、食欲はどうか、よく眠れるか、排便は快適か、何か気になること、心配になることはないか、などを尋ねる理学的診察
視 診 手術創周囲の皮膚や温存乳房の色の変化を診る
触 診 鎖骨上下、頸部、脇の下などのリンパ節のはれ、手術創周囲の皮膚、皮下の腫瘤を手で触って検査する
聴 診 心音、呼吸音を聞き、以前と比べて変化がないかを確認する。ときに、間質性肺炎、血栓症、喘息などを見つけることができる
打 診 胸水の有無を知るのに役立つ


*3 タモキシフェンの投与期間

タモキシフェンの投与期間については、2年、5年、10年のどれがよいかを検討する臨床試験の結果、5年間がもっとも再発や乳がん死を減少させるとされました。その結果、1~2年よりも5年間の内服が、より再発抑制効果が高いことがわかりました。しかし5年以上タモキシフェンを内服すると再発率が高くなってしまうという報告がありますので、現在は、タモキシフェン単独の術後治療は、5年間と決まっています。

[タモキシフェン投与群と非投与群のリンパ節転移状況別の生存率]
図:タモキシフェン投与群と非投与群のリンパ節転移状況別の生存率

*4 乳がんの再発
[乳がんの再発・転移しやすい臓器]
図:乳がんの再発・転移しやすい臓器

乳がんの再発というと、乳房温存術をした原発側の乳房や、原発側とは反対側の乳房にまたがんができることというふうに考えるかもしれませんが、それだけではなくリンパ節や肺、骨、肝臓など他の臓器に転移し、そこで増殖するがんも再発と呼びます。乳がんの術後10年以内に再発する人は約3割です。1期ならば再発率は10パーセント以下ですが、2期になると20~30パーセント、3期以上になると半分の人が再発します。


*5 再発の経過説明

がん手術を受け、その後、抗がん剤、ホルモン剤などの薬物療法を受ける人は、理論的に3つのグループに分かれます。

まず1つは「再発する可能性がまったくない人」。微小転移がなく、手術、あるいは放射線照射による局所治療だけで、完全にすべてのがん細胞が取り除かれます(局所疾患型)。

目には見えない微小転移を伴っている人は、全身疾患型という分類に入ります。

このグループは、さらに2つに分かれます。全身の微小転移が薬物に感受性があり、再発を免れるグループ(薬剤感受性型)と、薬剤に感受性のない微小転移が存在するため、結果的に再発をきたすグループ(薬剤耐性型)です。

この3つのグループのどれに属しているかは、薬物療法を行う前にはわかりませんから、すべての人が薬物療法を受けることになります。ですから、薬物療法が効いたから再発しないのか、最初から再発する可能性が全くなかったから再発しなかったのか、それは誰にもわからないのです。

また、術後薬物療法中の患者さんに、「私の治療は効いているのでしょうか?」と尋ねられても、私たち医師にもそれはわかりません。

乳がんで手術を受けたすべての患者さんは、多かれ少なかれ再発のリスクはあります。

ある程度の再発のリスクが見込まれる人に対しては、術後の薬物療法を行い、再発のリスクを小さくする努力をしますが、薬物療法を行っても再発のリスクは、決して「ゼロ」にはなりません。

しかし、「やれるときにやれることをやっておく」という姿勢で臨むと、あとになって、「あのとき、抗がん剤を受けておけばよかった」など、くよくよ悩むことは少なくなるように思います。医師もそのあたりの、不確実性を十分に理解し、患者さんにもよく説明する必要があります。

久美子さんの場合も、K講師はホルモン療法単独と、抗がん剤治療を組み合わせた場合、どちらが有効性が高いか、なぜホルモン療法単独を選択したかを前もって説明しておく必要があったと思います。そして、再発した場合も、医師はなぜそうした経過をたどることになったかを、患者さんや家族にできる限り納得のいく説明をすることが必要です。

[乳がんの進展の分類]
  微小転移の有無 治 療 法 治 療 結 果
局所疾患型 微小転移がない 手術 or 放射線照射
による局所治療
治癒の可能性
全身疾患型 薬剤感受性型 全身の微小転移が
薬剤に感受性がある
薬物療法 再発を免れる
薬剤耐性型 薬剤に感受性のない
微小転移が存在する
薬物療法 再発をきたす


*6 転移性乳がんの治療

転移した乳がんの治療では、すでにがんは全身に回っているため、ホルモン療法や抗がん剤療法などの全身療法を行います。がんを治癒させることは困難なので、治療の目的は症状を和らげ、QOLをよくして、少しでも長く生きてもらうようにすることです。

したがって、この状態では、ホルモン剤やハーセプチンなど、できる限り副作用の軽い治療の適応があれば、それを優先して選択し、CAFなどの細胞毒性の強い治療法はなるべく後回しにするのが原則です。

そして、リンパ節、皮膚、肺、肝臓などに対しては、外科手術は行いません。ただし、出血や痛み、感染など局所の症状がある場合に限って、これをコントロールするために放射線治療や外科手術などの方法が用いられます。


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