渡辺亨チームが医療サポートする:再発乳がん編

取材・文:林義人
発行:2004年10月
更新:2019年7月

ホルモン受容体陽性でもハーセプチンの適応はある

閉経後の乳がんの新薬、アロマターゼ阻害剤

渡辺 亨さんのお話

*1 再発後のホルモン療法

術後ホルモン療法を行っているにもかかわらず、新たに遠隔転移が出現した場合、それまで使っていた薬剤は無効か、薬剤に対する耐性が現われている可能性があります。そこで、今までに使用していない薬剤を選択するのは一般的です。久美子さんのようにタモキシフェンが無効でも、アロマシンが効く場合があることは臨床試験でも確かめられています。


*2 アロマターゼ阻害剤

閉経後の女性では、副腎から分泌される男性ホルモンをもとにして、末梢脂肪組織や乳腺、肝臓などで女性ホルモンがつくられます。この男性ホルモンから女性ホルモンへの転換を進めるのがアロマターゼという酵素です。この酵素の働きを阻害して、女性ホルモンの生成を妨げる薬がアロマターゼ阻害剤です。したがって、閉経後の乳がんの患者さんに使われます。

[アロマターゼ阻害剤の作用メカニズム]
図:アロマターゼ阻害剤の作用メカニズム

現在、日本で認可されているのは、アリミデックス(一般名アナストロゾール)、アロマシン(一般名エキセメスタン)、アフェマ(一般名ファドロゾール)です。

この中でアリミデックスとアロマシンは、第3世代のアロマターゼ阻害剤と呼ばれ、第2世代に属するアフェマよりも効果が良いので、アフェマは現在、ほとんど使われていません。

[世代別アロマターゼ阻害剤]
世代 非ステロイド系 ステロイド系
第1世代 (アミノグルテチミド)
(日本非発売)
(テストラコトーン)
(日本非発売)
第2世代 (アフェマ(ファドロゾール) (フォーメスタン)
第3世代 アリミデックス(アナストロゾール)
フェマーラ(レトロゾール)
(日本未発売)
アロマシン(エキセメスタン)

アリミデックスとタモキシフェンとを比較した臨床試験によると、閉経後乳がんの術後ホルモン療法としては、アリミデックスのほうがより効果が高く、副作用が少ないと報告されています。特に、子宮内膜がんの増加がないとされているのは大きなメリットです。

ただ、長い間、使われてきた経験があるタモキシフェンに比べて、アリミデックスなどのアロマターゼ阻害剤は歴史が浅いので、長期間使った場合の効果や副作用についてはわかっていません。2003年にスイスのザンクトガレンで開催された国際会議���の乳がん術後補助療法の合意事項でも、標準的治療はタモキシフェンで、アロマターゼ阻害剤に切り換えることは時期尚早とされました。

しかし、最近になってアロマターゼ阻害剤とタモキシフェンとの比較試験がいくつか行われており、次のような結果が報告されています。

[タモキシフェンからアロマシンへの変更の有用性]
図:タモキシフェンからアロマシンへの変更の有用性

・タモキシフェンを5年間服用するよりも、タモキシフェンを2~3年服用したあとでアロマシンを2~3年服用すると、再発のリスクが減少し、反対側の乳がん発生も減らすことができる。

・タモキシフェンを5年服用したあとで、アロマターゼ阻害剤であるレトロゾール(日本では未発売)を5年間追加すると、さらに乳がんの再発を抑える効果が高くなる。

現在もアロマターゼ阻害剤とタモキシフェンの比較試験は続けられていますが、血栓症が懸念されるなどタモキシフェンが使えない患者さんに対しては、すでにアロマターゼ阻害剤が第一選択となっています。


*3 ハーセプチンの選択
写真:ハーセプチンを発売した際の記者会見

ハーセプチンを発売(当時の発売元は日本ロシュ)した際の記者会見

ハーセプチンは、再発した乳がんに用いられる治療薬で、これまでとはまったく違った仕組みでがんを抑える新しいタイプの薬剤です。乳がんの患者さんの20~30パーセントは乳がん細胞の表面にHER2というタンパク質をつくる遺伝子をもっていて、このタンパク質ががん細胞の増殖に関係しています。ハーセプチンは、このHER2にくっつくことでがん細胞の増殖を抑える働きがあるのです。したがって、ハーセプチンはHER2が陽性の患者さんだけに有効です。ホルモン受容体が陽性の人はHER2が陰性であることが多いことから、しばしばHER2のある・なしを検査しないケースが見られます。しかし、ホルモン受容体陽性で同時にHER2陽性という患者さんは、全体の10パーセントぐらいはいますので、きちんとした検査が必要です。


[ハーセプチン治療対象症例選択のためのHER2検査フローチャート]
図:ハーセプチン治療対象症例選択のためのHER2検査フローチャート


*4 通院による抗がん剤治療

多くの施設では、抗がん剤治療は入院で行われています。確かに抗がん剤の中には長い時間をかけて点滴しなければならないものもあるし、また副作用の強いものもあるので、病状によっては入院したほうがいい場合もあります。しかし、大部分の患者さんは、抗がん剤治療だけのために入院する必要は全くありません。入院費が日本とは比較にならないほど高いアメリカでは、抗がん剤治療は通院で行うのが常識です。

再発乳がんの場合、治療の最大の目的はQOLを維持することだと思います。できるだけ住み慣れた自宅で過ごしていただいたり、それまでの仕事を続けながら治療を進めることができるように、最近では外来通院での抗がん剤治療が多くの病院で行われるようになってきました。

転移した場合、局所に治療する意味はない

渡辺 亨さんのお話

*5 ハーセプチンの効果と副作用
[ハーセプチンと抗がん剤との併用療法の効果]
図:ハーセプチンと抗がん剤との併用療法の効果

HER2陽性患者さんを対象にした臨床試験では、ハーセプチンを単独で使用した場合、15~24パーセントの奏効率が得られ、効果が継続する期間は約9カ月でした。従来の抗がん剤と併用すると、奏効率は上昇し、抗がん剤単独に比べ生存期間の延長が認められています。ハーセプチン単独と、ハーセプチンに従来の抗がん剤を併用した場合、どちらが生存期間延長効果が高いかということはわかっていないので、現在試験中です。

ハーセプチンを単独で使った場合は、主な副作用は悪寒と発熱です。しかしこの副作用は、初回投与時のみに認められることが多く、2回目以降の投与ではあまり発現しません。他の抗がん剤によく見られるような骨髄抑制による白血球減少、脱毛はみられず、吐き気や嘔吐なども少なくなっています。

もちろん他の抗がん剤と併用した場合は、それが原因と考えられる副作用が増えます。なかでも、アントラサイクリン系の抗がん剤との併用により、心機能低下が認められる場合があります。

ハーセプチンの投与は、週1回1時間の点滴注射で行います。外来でも安全に使用することができます。


*6 再発・転移部位への治療

乳がんの再発が、原発巣やそれに隣り合ったような部位なら切除手術や放射線手術が有効であることが少なくありません。しかし、がんが遠隔転移をきたしている場合にはすでにがんが全身に広がっているとみることができるので、再発部位への手術や放射線治療は意味がないし、実際治療をしてもほとんど予後がよくなることはよくありません。とくに肺に転移したがんへの放射線治療は、副作用ばかりが出るということになりがちです。ただし、転移したがんがその臓器の本来の機能を著しく障害する場合、QOLの改善のために、その部位の治療を行うことがあります。

*7 病理ブロック
[乳がんの病理標本]
写真:乳がんの病理標本

病理標本は病理ブロックを数ミクロンの厚さにスライスして作られる

手術で切除したり、生検で採取されたがん組織はまずホルマリン液に1~2日間つけられ変性しないような処理をします。これを固定といいます。ホルマリンで固定されたがん組織は、ろう(パラフィン)の中に包んで、数年~数十年間、保管できるようにします。

このパラフィンの中に包んだ病理組織を病理ブロックと呼びます。医療法では、病理ブロックの保管は5年間と義務づけられていますが、乳がんの場合には、手術後10年以上経って再発することもあるので、がん専門病院ではほぼ永久に保管されます。病理診断のためには、この病理ブロックを数ミクロンの厚さにスライスして、病理標本を作成し、顕微鏡で見て病理専門医が診断します。



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