「できない」いい治療を患者の立場に立って「病診連携」で解決 再発乳がんの最先端治療を待ち時間少なく、快適に

取材・文:林義人 医療ジャーナリスト
写真:塚原明生
発行:2003年11月
更新:2019年7月

病気とつきあうには毎週投与法が理想

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大学病院などの大病院ではCT検査も何日も待つことが多いが、このクリニックでは待たずに行われる

佐藤医師と國富院長の病診連携は、治療手順(プロトコール)に対する二人のディスカッションから始まった。なかでも、最初にあがってきた問題は、タキソールの毎週投与法についてのものだったという。

「タキソールは3週間に1回の投与が標準とされていますが、これでは副作用のため大きな白血球の減少や激しい神経障害が現れることが多い。これを外来でサポートするのは非常につらい。その結果、投与量を減らし、そのため効果が十分に現れないということが起こりがちです。一方、埼玉県立がんセンターや防衛医大など、埼玉県下の11の医療機関では、乳がん治療の医療レベルを底上げして、標準治療をつくろうと協議しており、その中ではタキソールの毎週投与法を有効としています。そこで、國富先生に、タキソールの毎週投与法が適応と考えられる患者さんの治療をお願いすることになったわけです」

間違いが起こらないような対策

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抗がん剤治療の前に患者さんから採血。血液検査は俊敏に行われる

現在、くにとみ内科外科クリニックに通院する約30名の再発乳がんの患者は、すべてタキソールの毎週投与法を受けている。

佐藤医師はタキソールの毎週投与法が適応の患者を、バージョン1~6の6つに区分し、それぞれに応じて治療手順を定めている。佐藤医師から國富院長への紹介状には、必ずこのバージョンを示したカードが添付され、絶対に投薬の間違いが起こらないよう配慮されている。

國富医師は治療手順に沿って、個々の患者の毎週の治療を進めるとともに、たえず検査データをメールやファックスで佐藤医師に送信する。もちろん何かトラブルなどがあれば、電話で報告する。さらに、患者は月に1回防衛医大病院で診察を受けて、佐藤医師が治療の進み具合をチェックする。佐藤医師は話す。

「ほとんどの患者さんには、喜んでこのやり方を受け入れてもらっており、『いやだ』という人は今のところ、一人もいません。今や國富先生は、日本で指折りのタキソールのユーザーです。こうした経験の中から、タキソールの毎週投与が、患者さんが病気とつきあっていくことのできる、体にやさしい療法だとわかってきました」

劇的な効果も病診連携のお陰

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國富医師から「肝臓から黒い影が消えた」と説明を受ける藤本美紀さん

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初診時のCT検査で肝臓に20数個の転移がんが見られた(最上段)が、2クールの治療後は黒い影が消えている(最下段)

東京都東村山市に住む藤本美紀さん(58)は、2001年9月に市内の病院で乳がんの切除手術を受けた。術後乳製品販売の仕事に復帰し、同病院で抗がん剤(アドリアマイシン)とホルモン剤の併用療法を受けながら、3カ月に1回の検査を受けている。

ところが、昨年暮れから全身の疲労感が著しくなり、肩に痛みを覚えるようになった。同病院の診察で、「今度入院したら出られませんよ」と再発を告げられ、仕事をやめている。そこで新たに防衛医大への紹介状をもらい、佐藤医師を受診した。

初診時のCT検査で、肝臓に20数個の転移がんがとらえられている。腫瘍マーカー(CA153)は160台を示した。通常なら「余命数カ月」といってもいい状態である。佐藤医師の提案を受け、くにとみ内科外科クリニックで、タキソールとハーセプチンの毎週投与に入った。

2クールの治療を終える5月末、藤本さんは体がラクになり、肩の痛みがすっかり消えているのを感じていた。CT画像からは肝臓の黒い影が消えて、腫瘍マーカーは10台と正常値になっている。

「今では、孫も抱けるようになって、『仕事をやめるんじゃなかった』と思うくらい。タキソールの副作用で手足にちょっとしびれがありますが、これがひどくならないように祈っています」と、藤本さんは自らの元気ぶりをアピールしている。佐藤医師もこう話す。

「毎週投与法は、臨床試験の結果に基づいてやっており、がんが消えたからといって奇跡が起こったわけではありません。それにしても、前医の施した化学療法は感心しません。アドリアマイシンの投与回数が多い割には副作用の出方が少ないので、『なぜだろう』と思って問い合わせたところ、投与量が基準値をはるかに下回っていました。これではまったく抗がん剤投与の意味がありません。それに抗がん剤とホルモン剤の併用は相互の効果を弱めてしまう可能性もある。基準を無視して、医師個々の勝手なさじ加減で投薬するのは適切な医療とはいえないのではないでしょうか」

病気をかかえながらも、長生きする

狭山市に住む小沢洋子さん(仮名・40)は、2001年10月、右乳房のしこりが気になって防衛医大病院を受診した。見つかった腫瘍は2センチと小さかったが、手術をしたところすでにリンパ節に3個の転移があり、術後外来でアドリアマイシンを含む抗がん剤の投与を受けた。

今年になって、風邪を引いたわけでもないのに咳が出るようになった。CT検査をしてもらうと肺に影が写っており、再発が確認された。佐藤医師のアドバイスで、くにとみ内科外科クリニックでハーセプチンとタキソールの毎週投与に入っている。

1クール目を終えたところで、佐藤医師の診断を受けると「よくなってきていますよ」と告げられた。現在、2クール目を終えるところだ。

「今受けている化学療法の副作用は、アドリアマイシンに比べるとずっと軽いです。狭山茶の製造工場に勤めていますが、仕事を続けていられるのはとても助かります」

小沢さんは、現状にひとまずほっとしているようだ。佐藤医師は、これら再発乳がんの患者の闘病の心構えとして、いつも糖尿病の話をするそうだ。

「再発の乳がんは治るのは厳しいけれど、そうかといって『あきらめなさい』ということではありません。糖尿病も治りませんが、合併症を起こさせないようにコントロールしていけば、QOLも維持できるし、長生きすることもできます。再発乳がんも完治できなくても、肺転移などの広がりをできる限り抑えられるようにコントロールし、病気をかかえながらも生活できるわけです」

つまり、糖尿病などの慢性疾患に病診連携が必要なのと同じように、再発乳がんをコントロールするにも病診連携が必要ということなのだ。

とはいえ、病診連携は患者に身近なクリニックが担い手にならなければ意味がない。佐藤医師は、そんな連携が広く普及するためのカギを話す。

「がんの病診連携は、任せる病院側のリーダーシップやきちんとした治療方針、受け入れるクリニック側のやる気や医療基盤の底上げがなければ成立しません。加えてメーカーのMR(医療情報提供者)からの症例報告や副作用報告も必要。そして最終的には、患者さんの『こういう治療が受けたい』という声が後押しする。病診連携が普及するカギはここにあります」

そのためには、クリニックの医師たちが集まってがん治療や化学療法についてのセミナーなどの学習会を全国各地で開く、一般患者への啓蒙活動を積極的に展開していくなどが必要というのだ。患者がいい治療を受けられるようになるためにも、是非この病診連携が広く普及してほしいものだ。


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