トリプルネガティブ乳がんに、PARP阻害薬、PD-1阻害薬などの新薬も登場

監修●向井博文 国立がん研究センター東病院乳腺・腫瘍内科医長
取材・文●半沢裕子
発行:2015年4月
更新:2015年7月


BRCA遺伝子変異タイプはオラパリブが第Ⅲ相試験中

注目すべき新サブタイプの第1は、BRCA1またはBRCA2遺伝子に変異があるサブタイプだ。BRCA遺伝子はもともとDNAの傷を修復する遺伝子だが、この遺伝子に変異があるとDNAの傷が修復できず、がん発症のリスクが高まるという。

「そうした性質があるので、DNAを破壊するタイプの抗がん薬や分子標的薬を使うと、このタイプのがん細胞はより効率的に死滅に導けると考えられています。PARP阻害薬と呼ばれるカテゴリーの薬で、最も代表的と言われているのはオラパリブ。BRCAに変異のある初発の患者さんを対象に、オラパリブ単独、期間1年間の第Ⅲ相臨床試験(最終段階の臨床試験)が現在行われていますが、結果が出るのはまだ先になりそうです」

BRCAの変異に対しては、既存薬による臨床試験も行われている。昨年(2014年)12月に開催されたサンアントニオ乳がんシンポジウム(SABCS2014)では、遺伝子変異のある患者に対するカルボプラチンとドセタキセルの効果の比較試験の結果が発表された。

乳がんにおいては効果の乏しさから、プラチナ系抗がん薬は(HER2タンパク受容体を持つ乳がん以外には)使われていなかったが、BRCAに変異のあるタイプに対し、アンスラサイクリン系より効果が高い可能性が示され、日本でもカルボプラチンが保険適用外ではあるが、乳がんに使いたいと考える医師が増えていた。

今回、転移のある、または再発の局所進行性トリプルネガティブ乳がんで、BRCAに変異のある患者さんは、抗腫瘍効果、無増悪生存期間(PFS)とも、ドセタキセルよりカルボプラチンのほうが有意に優れていると推測された。

「カルボプラチンは現状では、トリプルネガティブ乳がんには保険診療では使えませんが、BRCA変異がある場合は大変効果的であると考えています」

オラパリブ/olaparib=商品名Lynparza カルボプラチン=商品名パラプラチンなど

免疫のブレーキを外し、腫瘍を攻撃させる

注目すべき新サブタイプの2つ目は、免疫に関係がある。トリプルネガティブ乳がんの一部は、免疫と非常に関係が強いという。

「体内で発生する異常な細胞は、免���細胞(T細胞など)によって殺滅されますが、これらの免疫細胞は活性化しすぎて暴走しないよう、自らの細胞の表面にブレーキとなる分子を発現しています。こうした分子を『免疫チェックポイント』と呼びます。この免疫チェックポイントが働かないように阻害すると、免疫細胞が最大限の力を発揮し、がん細胞を死滅させるという考え方です」

免疫チェックポイントの1つに、PD-1と呼ばれる抗体がある。これを阻害すると、T細胞などの働きが減弱せず、がん細胞などの異常な細胞を攻撃すると考えられている。PD-1阻害薬として有望なのはペムブロリズマブ。皮膚がんのメラノーマ(悪性黒色腫)をメイン・ターゲットに登場した抗がん薬だが、SABCS2014では、再発または転移を有する進行トリプルネガティブ乳がんに有用である可能性が明らかにされた。

この試験はまだ第Ⅰ相(Ⅰb)試験だが、「免疫のチェックポイント阻害薬は、とてもよく効く可能性があります。今後、日本でも、PD-1抗体が陽性で再発または転移を有する進行トリプルネガティブ乳がんの患者さんに対し、第Ⅱ相試験が行われる予定です」と向井さんは語る。

ペムブロリズマブ/pembrolizumab=商品名Keytruda

何が効くかわからない 希望を持って治療を

注目すべき新サブタイプの3つ目は、最も際立った特徴をもつサブタイプだ。

「女性ホルモンのエストロゲン受容体が陰性で、ホルモン療法で効果が得られないと考えられるタイプにもかかわらず、ホルモンにコントロールされた経路を持ち、アンドロゲン受容体遺伝子をたくさん発現しているタイプです。

そのため、前立腺がんの治療薬である抗アンドロゲン薬のエンザルタミドは、早期の臨床試験の結果から、このサブタイプに有望な治療戦略になるのではないかと推測されています。

また、このタイプはPI3Kという情報伝達経路の活性化や変異を伴っていることから、この経路の伝達を阻止する分子標的治療が有望という可能性もあります」

このように、「ホルモン治療も抗HER2治療も効かない予後の悪いがん」と一括りにされてきたトリプルネガティブ乳がんには、実はたくさんのサブタイプがある。その成り立ちが少しずつ解明され、がんの原因となる因子をピンポイントで攻撃する新薬が開発中であったり、異なるがん種に使われている既存薬が使えるようになってきている。

残念なのは、新薬まで行きつくには時間を要するということ。特に、こうした標的薬が効果的に使えるためには、その患者さんのがんが標的となる遺伝子変異や性質を持っていることを明らかにしなければならない。つまり、病理検査(診断薬)とワンセットの新薬開発となるため、時間も費用も莫大で、なかなかスムースには進まないのだ。

今すぐに使用できる治療法が次々出てきてくれないのは、患者さんにとって苦しいことだ。それでも、希望はあると向井さんは言う。

「まず、確かに近未来のことにはなりますが、トリプルネガティブ乳がんでもサブタイプを特定し、それに見合った治療が受けられるのは確実ということ。トリプルネガティブ乳がんは様々なサブタイプを一括りにしたものであるので、別の捉え方をすると、思いがけない治療法が効くこともあるということです。

1つの薬が使えなくなっても、医師と相談し、希望を持って治療を続けていただきたいと思います。また、ご自身に条件が合いそうな臨床試験(治験)があるならば参加できるよう、医師に聞いてみるのも1つの方法でしょう」

エンザルタミド=商品名イクスタンジ

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